DIVE5「イッツマイフレンド」
森の中を、一匹の赤いスライムが進んでいく。
この先に、風鳴り草が生える「ラングオルラ」というダンジョンがあるという情報を手に入れた俺は、コンテンツを解放しにきたのだ。
木々の匂いが湿っぽく香り、風に擦れる葉の間からはかすかに日差しが差し込んでいる。
自然を間近に感じさせるのどかな風景に、俺は心安らぐ気持ちで歩む。
しかし、そんな俺の安楽は急変した。
「きゃっ!」
甲高い叫び声を聞きつけた俺は、慎重にその出所へと近づいていった。
そこには、三人のゴブリンに囲まれているリリーの姿があった。
「へっへっへ……お嬢ちゃん、悪く思うなよ」
「俺たちのサンドバッグになってくれれば、それでいいんだ」
彼らはみなモンスターPCであり、敵対している人間PCを襲うならまだしも、同じモンスター陣営のPCを狙うメリットはないはずだ。
それなのに、なぜか奴らは彼女を襲っている。理由は分からないが、危険な状況であることは確かだった。
俺は物音を立てないよう慎重に木陰を進んでいく。何とかして助ける方法はないだろうか。
「や、やめてください……!」
「やめろと言われてやめるかよ!」
三人組のうち痩せ型のゴブリンが、棍棒でリリーに殴りかかった。
少しだけHPバーが削れ、リリーは一歩後ずさる。もし物理耐性のアビリティがなかったら、今ごろ大ダメージを食らっていただろう。
「痛っ……!」
「ちっ、スライムはやっぱり固てぇな。お前ら、一気に片づけるぞ」
「「おう!」」
三人が一斉に殴りかかろうとした瞬間を見計らって、俺は木の上から飛び降りた。
狙いは、三人の中で一番緩慢な動きをしている太っちょゴブリンだ。
「へぶっ!?」
俺は太っちょゴブリンの顔面に着地すると、そのままへばりついた。
〈粘着〉のアビリティが男の皮膚を捉えて離さない。呼吸ができず、太っちょゴブリンは両手をばたつかせて暴れた。
「テメェ、何しやがる!」
痩せゴブリンはこちらに方向転換して斬りかかってきた。
俺は上手いこと体重移動を利用して太っちょゴブリンをよろめかせ、同時にその顔から離れた。
すると、太っちょゴブリンが闇雲に振り回している棍棒が、痩せゴブリンの肩口を打ち据えた。
「痛ってぇ!」
「わ、悪い!」
太っちょゴブリンは痩せゴブリンに謝りながら、慌ててその無事を確かめる。
そんな二人の様子を見て慌てふためくチビゴブリンが無防備になっているのを、俺は見逃さなかった。
渾身のタックルを股間に向けて食らわせると、チビゴブリンは体を九の字に折り曲げた。
「おぉうっ……!」
未だ事態を飲み込めていないリリーの下に俺は駆け寄ると、その手を取った。
「今のうちに逃げるぞ!」
「え、あ、はいっ」
俺たちは草むらに潜り込むと、必死に跳ねながらその場から走り去った。
背後で何やら叫び声が聞こえるが、振り返っている余裕はない。二匹のスライムは息の続く限り走り続けた。
やがて、森を抜けてアムナックの外縁部に着いた俺たちは、ようやく息を整えることができた。
ここまで来ればもう追ってはこないだろう。屈強なウェアウルフの兵士が街を守っているからだ。
リリーは落ち着きを取り戻すと、俺に向かって器用に頭を下げた。
「本当にありがとうございます! 私、まさかあんな風に狙われるなんて思ってなくて……!」
「あいつら、PKのためにわざわざ潜んでたんだろう。経験値は入らないし性向値は下がるし、普通は考えないことだよ。災難だったな、リリーさん」
気休めの言葉ではなく、実際にそうなのだから仕方がない。そう言って慰める俺に対し、リリーは食い気味に言葉を紡いだ。
「あ、あの! リリー、でいいです! それと……」
「うん?」
「私と、フレンドになって、くれませんか……?」
上目遣いでおずおずと尋ねるリリーに、俺は微笑みかけた。その申し出を断る理由はどこにもない。
「もちろん!」
こうして、ゲーム開始初日にして俺は最初のフレンドを得ることになったのだった。