DIVE42「〈ブレイク〉の真価」
ギルドハウスに集まった俺たちは、得た情報を四十万と共有することにした。
俺はソファに腰かけると早速、例のバグったゴブリンについて、四十万にその一部始終を報告した。
俺が話している間、四十万は驚いた様子で、時折うなずきながら話を聞いていた。
「ほう、そんなゴブリンがいたのか」
「ああ。あんな現象は初めて見た」
「なるほど。それもまたバグの影響ということかもしれないな」
四十万は顎に手をやりながら、「ふむ」と考え込む。
「しかし、警備兵に倒せなかったゴブリンを君たちが倒せたというのはどういうことなんだろうな」
「さあ。プレイヤーだったら倒せるんじゃないか?」
「あの、そのことについて少し考えてたことがあって」
リリーが手を挙げながら発言する。
「もしかしたらブレイクの効果が出たんじゃないかな、って」
システム外スキル〈ブレイク〉。「アクセル」の作用を沈静化するために、四十万ら運営スタッフによって作られたスキル。
俺たち三人は「アクセル」事件を解決する際にアバターにインストール済みだ。
「そうか。『アクセル』とその根源を同じくするゴブリンなら、『アンチアクセルシステム』が効果を発揮するということは十分に考えられるな」
リリーの推測が正しければ、俺たち三人だったからこそあのゴブリンを倒せたということになる。もし他のプレイヤーが襲われていたらと思うと、ぞっとしなかった。
「よし、分かった。とりあえず〈ブレイク〉を警備兵NPCたちにも実装してみよう。それで効果が出るなら、その仮説は成り立つということだ。ありがとう、リリーくん。君のおかげでさらに一歩調査が進展したよ」
「いえ、私はただ思いつきを言っただけですから」
リリーは照れながらうつむいた。ときどきズバッと的確なことを言うリリーを、俺は密かに尊敬している。
「とはいえ、それはその場しのぎの対応にすぎない。バグがいつどこにどうやって発生するのか、その仕組みを探らない限りはいたちごっこになるだけだ」
確かに、ただ手をこまねいていただけではバグによる異常現象が広がるばかりだろう。バグが発生するのはクアール砦だけとは限らないのだから。
「何かあれば連絡する。君たちは引き続き、プレイヤーへの聞き込みや実地調査を進めてくれ」
「分かった。ただ実地調査っていっても、どこを調べればいいのか分からないぞ」
四十万はそれを聞いてふっと笑う。
「ようは、普通にこのゲームを遊んでいてほしいということだ。そして少しでも怪しいことがあったら、すぐ私に報告してほしい」
「了解!」
今まで通りに遊べばいいということなら、話は早い。
「それじゃ、またストーリークエストでも進めておくか?」
「そうだな。それがいいと思う」
俺たちが立ち上がってギルドハウスを出ていこうとしたそのとき、入口から一匹のアルミラージが切羽詰まった様子で駆けこんできた。
そのアルミラージは俺を見つけるなり、一心不乱に俺の腕にすがりついた。
「『ケオティック』のジャオーを倒したっていう、カヲルさんですよね!? お願いします! どうかお兄ちゃんを救ってください!」
「ちょ、ちょっと」
「お願いします!」
「分かった、分かったからいったん離れて、ね」
俺はなだめすかしながらなんとか彼女を引き離した。目に涙を浮かべながら、アルミラージ――ミルルは俺の顔を見上げる。
「落ち着いて話をしてくれ。一体何があったんだ?」
俺はミルルの肩を優しくつかみながら、その顔をのぞき込む。すると、彼女は涙をこらえながら、なんとか説明してくれた。
「お兄ちゃんが……ノイズが走ってるすごい強い魔物にやられて……それから、帰ってこなくなっちゃったんです……」
「ノイズが走ってる魔物……!?」
俺たちは一斉に顔を見合わせる。それはついさっきまで話していたバグったゴブリンと同じ現象であるように思われた。
「やられた場所は!?」
「あの、案内します! どうかお兄ちゃんを助けてください!」
「ああ、必ず助ける! 四十万、あとは頼んだ!」
「お兄さんの状態についてはこちらで調べておくから、安心して行っておいで」
俺はその声を聞き終えるが早いか、ミルルを連れてギルドハウスを飛び出した。
「ちょっと、待ってください! 私たちも行きます!」
そんなリリーの声が背後で聞こえたが、気持ちがはやる俺の勢いはもう止められなかった。




