DIVE41「“初月前線”のネイル」
首都ヘネクに戻ってきた俺たちは、ギルドハウスに向かう帰路へと着いていた。
いつ来ても賑やかなこの街は、昼間から多くの人通りがある。この喧騒に包まれると、ああ今日もホームタウンに帰ってきたんだな、という実感が湧いてくるものだ。
街の市場で必要な買い物を終えて通る道すがら、俺はふと気になることがあって、急にその足を止めた。
前を歩いていたリリーたちは立ち止まると、何事かという様子で戻ってきた。
「どうした、カヲル」
「いや、あれ」
俺が指差した先には、演説をしている小柄な妖精――ピクシーがいた。
そのPC名はネイル。所属ギルドは「初月前線」となっている。
右手には「PK反対! 初心者狩りをなくそう!」と書かれた看板が持たれている。
彼の小さな体に比してとても大きなその看板は、彼の主張の強さを物語っているようだった。
「みなさん! PKをなくしましょう! これ以上、不要な悲しみを増やすべきではありません! お互いのことを思いやる気持ちこそ、いまの『The Fang』に必要なものなのです!」
青い手袋をつけた拳をぐっと握りしめながら、ネイルは熱弁している。ずいぶんと気合の入った様子だ。
そんな高尚なことを言うやつもいるんだな、と思いながら遠巻きに眺めていると、そのうちリリーが口を開いた。
「私は彼に賛成ですね。PKってあまりいいイメージがありませんし、やられるのは誰だって嫌ですから」
すると、それに続いて02が口を開く。
「ふぅん。俺はどっちでもいい派かな。好きなようにやったらいいと思ってるから」
「ええっ!? じゃあPKされてもいいんですか?」
02は頭の後ろで手を組みながら、驚くリリーを見やる。
「そりゃあ絶対に嫌だけど、もしされたらそのときは仕方がないって思うだろうな。その場合、俺が相手より弱いのが悪いんだし」
「そんなの変ですよ! 弱くってもこのゲームを遊ぶ資格はあるんですから!」
プリプリと憤慨するリリーを俺が「まあまあ」となだめていると、ネイルがこちらに気づいて歩み寄ってきた。
彼は真っ先に俺の前に来ると、胸の前で手を合わせながら笑顔で声を掛けてきた。
「あなた、もしかしてカヲルさんですか? あの『ケオティック』を壊滅状態に追い込んだっていう」
「ああ、そうだよ」
俺が首肯すると、ネイルは目を輝かせながら手を差し出してきた。
「うわぁ、一度お目にかかりたいと思っていたんです! 会えて嬉しいなぁ! 握手、いいですか?」
「ああ、いいけど……」
こうも有名人扱いされると、なんだか照れくさいしやりづらい。そこまで大したことはやっていないつもりなんだけどな。
しかしそんなことは露知らず、ネイルは嬉しそうに俺の手を握ると、再び口を開く。
「僕のギルドはいま、初心者を支援する活動をしているんです。良かったらカヲルさんにも手伝ってもらえませんか?」
「えっ、俺が?」
俺が驚きながら自分自身を指差すと、ネイルは大きくうなずいた。
「はい! PKギルド『ケオティック』にも負けない強さを持つカヲルさんが来てくれたら、初心者の人たちも安心してこのゲームを遊べると思うんです! どうでしょうか!?」
「うーん……」
ずずいと身を乗り出されて、俺は思わず顔を逸らした。
初対面でいきなりそう言われても、少々扱いに困る。自分のことを頼ってくれる気持ちは嬉しいものの、俺はきっぱりと断ることにした。
「生憎、こっちもギルド活動が忙しくてね。悪いけど他を当たってもらえないか」
するとネイルは気を悪くするでもなく、笑顔でうなずいた。
「そうですよね。急に無理を言ってすみませんでした。でももし気が変わったら、いつでも連絡してくださいね!」
「ああ、分かった。支援活動、頑張ってな」
「ありがとうございます! それじゃあ!」
ネイルは大きく手を振ると、再び演説へと戻っていった。
リリーは感心した様子でその姿を見つめている。
「いい人でしたね、ネイルさん」
一方、02はやれやれと言いたげに首を横に振った。
「ああいううさんくさい奴、俺は苦手だなぁ」
「うさんくさいだなんて、ひどいですよ! 初心者のために頑張ってるのに!」
頬を膨らませるリリーに、02は肩をすくめた。
またしても食い違う二人の意見に笑いをこらえながら、俺はギルドハウスに向かって再び歩き出した。




