DIVE40「バグったゴブリン」
隣を歩いている02が、指を差しながら俺に話しかける。
「あの階段で合ってるんだよな?」
「ああ、間違いないはずだ」
いま俺たちはクアール砦にやってきている。報告が上がったという「アクセル」関連のバグ調査のため、四十万から指定された座標に向かっているところだ。
「ケオティック」のメンバーたちが根城にしているはずのこの砦だが、いま彼らは「アクセル」蔓延の制裁を受けて利用停止措置を受けている最中だから、みんなログインしていない。だからなのか、出歩いているプレイヤーは少なかった。
元々サブクエスト以外であまり用がないこの砦は、周りから隠れてバグを利用するためにはうってつけの立地だったのだろう。
「アクセル」の見た目や作り方が普通のポーションと酷似していることも相まって、なかなか運営に捕捉されなかったのもうなずけた。
俺たちは四十万に教わった通りに階段を下り、薄暗い地下へと潜っていく。
狭い廊下を曲がった、その突き当たりの部屋。「アクセル」事件の際にジャオーと面会した小部屋とは真逆の方角にあたる位置に、その座標はあった。
意図して来なければ絶対に来ないような場所だ。
「うん……?」
なにやら室内から物音がするので、俺は注意しながらその扉を開けた。
すると、三人の警備兵NPCが一体のゴブリンを囲んで殴っているのが見えた。こんなマップの奥まった場所まで魔物が入り込むなんて、普通はありえないことだ。
「妙だなぁ。なんでこんなところに?」
「まぁ、警備兵の火力ならそのうち倒し終わるだろ。このまま待ってようぜ」
「はい、そうですね」
「ああ」
俺たちは少し離れたところでのんびりと談笑しながら、NPCがゴブリンを処理するのを待った。
しかし五分、十分と経っても警備兵たちはなかなかゴブリンを倒し終わらない。
そのうち俺はしびれを切らして二人に呼びかけた。
「なあ、やっぱりおかしいって」
「確かに、時間かかりすぎだな」
「どうしたんでしょうね」
さすがにおかしいと思った俺たちは、様子を見るため、警備兵たちとゴブリンが戦っている方へと近づいた。
見ると、NPCたちは必死に攻撃しているのだが、ゴブリンはびくともしていない。それになんだか、ゴブリンの体にノイズが走って見えるのは気のせいだろうか。
そのとき、リリーがふと指を差した。
「あのHPバー、全然減ってなくないですか?」
確かによく見ると、ゴブリンは殴られているにも関わらず全くそのHPを保っていた。ありえないことの連続に、俺は首をかしげた。
「あ、本当だ。減ってないな。しょうがない、俺たちも加勢するぞ」
「はい」
俺たちは武器を構えると、それぞれ攻撃に移った。
都市内ではプレイヤーに対する攻撃はできないが、魔物に対する攻撃はできるのだ。
NPCには倒せない敵でも、プレイヤーなら倒せるかもしれない。
俺とリリーが基本コンボを叩き込んでやると、ゴブリンはそれまでの耐久力が嘘のように、いとも簡単に倒れた。
ゴブリンの死体は奇妙なノイズを放ち、ときおり輪郭をぼやけさせながら消えていく。
「なんだよ、あれ……」
「バグってるな、完全に」
「なんかちょっと怖いです……」
にわかに怖気づく俺たちをよそに、NPCは外敵の排除を完了したとみて元の配置に戻っていった。AIには感情がないから、なんとも淡白なものだ。
出鼻をくじかれてしまったが、これでようやく調査ができる。
俺たちは室内をくまなく物色した。
とはいっても、部屋自体が狭いのですぐに調べ物は終わってしまった。
「特にこれといって変なところはなさそうだな」
「そうですね。ごく普通の部屋に見えます」
俺たちがあらかじめ想定していたような異常は、どこにも見当たらなかった。肩透かしを食らった俺は、立ち上がりながらリリーたちに話しかける。
「ってことは、さっきのバグったゴブリンくらいか?」
「そういうことになるな」
俺たちはあの妙ちくりんなゴブリンが再び出てこないか戦々恐々としながら、その小さな部屋を出る。
その後、俺たちは念のため他の部屋もしらみつぶしに調べたものの、特に何も起こることはなかった。まあ、それがごく普通のことだろう。
そして結局、その日にクアール砦で得られた情報はたったのそれだけだった。
俺たちはそれ以上おかしなことが起きないか周囲に気を配りながら、砦を後にしたのだった。
そのときの俺たちはまだ知る由もなかった。
あのバグったゴブリンの出現が、これから始まる大きな事件の序章にすぎないということを。




