DIVE38「欲張り」
「……そんなの、間違ってる」
「あぁん?」
「俺は、あんたよりずっと欲張りだから。この楽しい世界と仲間たちを、絶対に手放したくないから。だから――」
俺は、「アクセル」を真横に投げ捨てた。ガラス瓶が割れ、中身がドロドロと地面にこぼれ出る。
「正々堂々と戦って、勝つ!」
「ああ、そうか……そうかよ……」
ジャオーはふらりとよろけると、こちらをにらみつけ、そして大声で叫んだ。
「ほざいてろ、このガキがァ!」
ジャオーの猛攻を俺は紙一重で避けていく。盾で受け止めればスリップダメージが入ってしまう。そうならないためには、全てを避けきるしかない。
しかし、ただでさえ強いジャオーの攻撃のキレが「アクセル」で強化されている以上、そんなことは土台無理な話だった。
盾で攻撃を弾いた刹那、ジャオーの振りかぶったレイピアが、俺の首元を狙って振り下ろされる。
俺は瞬時に、これは避けきれないと悟った。
もうダメだ。終わった。
ああ、勝ちたかったなぁ。
「ケオティック」とか「アクセル」とか、そんなことは関係なく、ただ純粋に、勝ちたかった。
俺にもっと力があれば、勝てたのかな。
――力が欲しい。
そう思った次の瞬間、俺の身に不思議な出来事が起こった。
時間の流れが徐々にスローモーションになっていく。迫りくる刃とその軌跡が鮮明に見える。
(なんだ、これ……?)
俺は何が何だか分からないまま、空間を泳ぐようにして、体を少し捻った。俺の腕の脇をレイピアの刃がゆっくりと通過していく。
すると、ジャオーの前のめりになった上体が前面に露わになった。
これなら行ける。俺はそう確信した。
「おおおおおおおおおおお!!」
「ぐわあああああああっっ!!」
刹那、俺が繰り出した渾身のジャギーガッシュが、ジャオーの胴体を切り裂く。
ジャオーは斬られた胸元を押さえながら、後方によろよろと後退した。その体が少しずつ透けていく。
「やりましたね!」
「カヲル!」
リリーたちは歓喜の声とともに、俺の下に駆け寄ってきた。
その瞬間、「ケオティック」の間にどよめきが走った。まさか自分たちのギルドマスターが倒されるなんて思いもしなかったのだろう。
そして彼らが取った選択肢は、取りうる中で最も殺伐としたものだった。
「野郎ども! 生かして返すな!」
いまにも押しつぶされそうな圧力とともに、俺たちを取り囲んでいる「ケオティック」のメンバーたちがじりじりとにじり寄る。
そのとき、ジャオーが大声で叫んだ。
「テメェら!」
雪崩を打って俺たちに襲い掛かろうとしていたメンバーたちが、ピタリとその動きを止める。
ふらつく自らの体をレイピアで支えていながら、ジャオーの立ち姿には言い得ぬ存在感があった。
「こいつらに手出しすることはギルドマスターの俺が許さねぇ!」
「ですが、マスター……!」
「テメェらも知ってるだろう! このギルドのモットーはなんだ!」
「『弱肉強食』です! マスター!」
「そうだ! だったら、勝者に対する礼儀はなんだ!」
その一言を聞いた「ケオティック」のメンバーたちは、一斉に俺の周りにひざまずいた。それを見たジャオーは満足そうにうなずくと、同様に俺の前にひざまずいた。
「我ら『ケオティック』一同、あなたに忠誠を誓います。カヲルさん」
「え、あ、ええっ!? いや、ちょっと待ってくれ! そういうのは困る!」
「ですがカヲルさん、そうでないと、やられた俺の示しがつきません」
ジャオーから困ったように見上げられ、俺は頭をボリボリとかいた。たしかにこれを断ったら、ジャオーの面目は丸つぶれだろう。
「ああ、もう! 分かったよ! それじゃあ、これから俺が言うことをよーく聞け!」
全員の視線が集まる中、俺は思い切ってこう宣言することにした。
「これより『ケオティック』は『シーカーズ』の傘下ギルドとし、今後一切の不要なPKを禁ずる! もちろん『アクセル』も今日から禁止だ! 分かったな!」
「「「「はっ!!!」」」」
「ケオティック」全員が胸に手を当てて俺のことを見上げている。これだけの人数に号令をかけるというのは、なんとも気持ちの良いものだ。
「ありがとうございます、カヲルさん。アンタと戦えて、良かった――」
ジャオーは安心したように笑うと、そのまますっと消えていった。
「カヲルくん、君は本当に大したやつだな」
四十万は俺を見ながら感心したように呟いた。リリーは尊敬の目で、02とあろゑは驚きの目で俺を見つめている。
もっとも、一番驚いているのは俺自身なのだ。まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
そんな中、先ほど試合の開始役を務めたゴリラマジシャンが、こちらに向かっておもむろに歩み寄ってきた。
「カヲルさんとそのご友人方。街までお送りします。さ、こちらへどうぞ」
海を割ったように群衆が二つに割れ、俺たちはその間を悠々と歩いていく。
勝ったのだからこれくらいのご褒美はもらってもいいかな、と思いながら、俺は勝利の余韻を噛み締めた。




