DIVE36「敵地潜入」
俺たちはクアール砦という場所へとやってきている。理由はもちろん、「アクセル」密売の黒幕である「ミスターエックス」と会うためだ。
そしてこの砦は、「ケオティック」が根城にしていると噂の街でもある。
この堅固な城塞都市は、人間陣営との戦争の最前線に作られたという設定らしく、NPCには武装した兵士が多い。ゲームとはいえ、常に警戒態勢なのだから当然だろう。
そんなそこはかとなくピリピリしたムードの街の中を歩くのは、平和な日本に生まれた俺にとっては少々難儀なことだった。
リリーもどうやら同じことを考えていたらしく、俺がちらりと目をやると困ったように笑い返してきた。
「人間とモンスター、仲良くできればいいんですけどね」
「そうだなぁ」
自分たちはモンスター陣営を選んだから攻められる理由は分からないが、人間たちには人間たちなりの理由がきっとあるのだろう。そうでなければ、あまりに理不尽すぎる。
そんな風にゲーム内の背景事情を真剣に考えているうちに、俺たちは「ミスターエックス」から指定された場所に到着した。砦の中にある武器庫の前だ。
「ここで合ってるはず――あっ」
いつの間にか現れたゴリラマジシャンが、俺たちの前にぬるりと進みでた。彼は手をくいくいと招くと、すぐに歩き出した。
「こっちだ。ついてこい」
階段を下り、地下へと降りていく。やがて、彼は一室の扉の前で立ち止まった。
「失礼します。お客人をお連れしました」
「入れ」
中から聞こえてきた声に応じて、ゴリラマジシャンが扉を開く。俺たちは緊張しながら、扉の中へと足を踏み入れた。
がらんどうの部屋の中に、一人のリザードマンが立っている。その腰にはレイピアをぶら下げ、革の鎧でばっちりと武装している。
ジャオーはこちらを向くと、舌をちろりと出し入れした。
「ようこそ。話は聞いてるよ」
「はじめまして。今日はよろしくお願いします」
俺たちは四十万を始めとして、それぞれジャオーと握手を交わした。
「それで、ものはどれくらい欲しいんだ?」
「実はそのことなんですが、実は相談がありまして」
「相談? 値切り交渉か?」
笑いながらそう言うジャオーに、四十万は首を振る。
「単刀直入に言います。私たちに販売権を貸していただけませんか?」
それを聞いた途端、ジャオーはぎろりと四十万をにらみつけた。
「俺たちの商売に一枚噛もうっていうのか?」
「お互いウィンウィンの提案だと思いますよ。話だけでも聞いてもらえませんか」
「……いいだろう。聞かせてくれ」
四十万はふぅとため息をついた。ここからが勝負だ。
「まず、取り分は9:1。こちらは顧客を増やすのが目的ですから、仕入れと販売ができればそれで構いません。あなた方はいままで通り売りさばくことができ、その上、追加の収入も入ってくる」
「お前たちが裏切らないという証拠は?」
「担保として200万ジラをお預けします。それでどうでしょう」
一切の狂いがない四十万の説得に、ジャオーはうーんと唸った。そのまましばらく考え込んでいたジャオーだったが、やがてにやりと笑った。
「よし、交渉成立だ」
握手を求められ、四十万は快く受け入れた。
どうやら上手くいったようだ。後ろでその様子を見ていた俺はほっと胸をなでおろした。
「『アクセル』を作るのは一苦労だからな。それ相応の条件がないと首を縦には振れねぇんだ」
「ええ。ポーションをバグらせるなんて、さぞかし大変な作業でしょうね」
「おい、待て。どうしてそのことを知ってる?」
「……えっ?」
直前までの和やかな雰囲気が一転し、場をピリピリした空気が支配する。
「『アクセル』の製作にバグを使ってるっていうのは、俺を含めたほんの一部の連中しか知らない情報だ。しかもポーションをバグらせるって具体的な手法まで知ってやがるな。なぜお前がそこまで知ってるんだ?」
「それは……」
02は二の句が告げず、表情を固まらせている。
まずいことになった。そう思ったときには、すでに遅かった。
ジャオーはため息をつくと、入口の扉の方へ目をやった。
「お前ら! 入ってこい!」
ジャオーのかけ声に応じて、「ケオティック」のメンバーたちが俺たちの周囲を一気に取り囲む。
四十万は動揺を必死に隠しながら、口を開いた。
「待ってくれ! これには理由が!」
「俺ぁ信用を大事にする男だからな、嘘が大嫌いなんだよ。テメェらの言葉には嘘のにおいがプンプンしてやがる」
ジャオーはこちらに向けて顎をくいっと振る。
「お前ら、やっていいぞ」
「ケオティック」メンバーたちは俺たちを羽交い締めにすると、赤色のポーションを人数分取り出した。
「なんだよ、これ……!」
「『アクセル』の不良品だ。飲めば脳みそが沸騰するぜ?」
ゴリラマジシャンがにやけながら俺の口元にポーションを運ぼうとする。
このままでは全滅だ。俺は脳みそをフル回転させる。
この状況を打破する方法は――これしかない。
「待て!」
すんでのところで、俺は渾身の大声を出した。その気迫に、場が一瞬固まる。
「ジャオー、あんたは根っからのバトルマニアだって聞いた。だったら、俺と一度勝負するべきなんじゃないのか?」
「なに……?」
「なんせ、俺はレア種族のドラゴニュートだからな。そこいらのプレイヤーとは質が違うんだよ。そんな相手と戦わないのはもったいないと思わないか? それともあんたもしかして、俺に負けるのが怖いの?」
ここはとことん煽り立てる。そうすると、おそらくジャオーは――
「はっはぁ! ガキが一丁前にほざきやがって! そこまで言うなら戦ってやろうじゃねぇか!」
よし、食いついた! ここで俺はさらに必要な言葉を投げかける。
「あんたが勝ったら、煮るやり焼くなり好きにすればいい。その代わり、もし俺が勝ったら、俺の言うことを聞いてもらうからな」
「ああ、やれるもんならやってみろ。おい、手を放してやれ」
これでなんとか勝負次第には持ち込めそうだ。
問題はどんな条件での勝負になるかだ。できれば集団戦は避けたいところだが。
そのとき、俺たちこの部屋まで案内してくれたゴリラマジシャンが進み出た。ジャオーに一言物申したいらしい。
「マスター! こんな奴の戯言なんか――」
「俺がやるって言ったらやるんだよ。いいな?」
ジャオーは割り込んできたゴリラマジシャンの頬を右手でつかんで締め上げた。
「は、はひぃ……!」
ゴリラマジシャンは体を震わせると、恐縮しながら引き下がった。まさに暴君か専制君主か、といった感じだ。
ジャオーは気を取り直して、俺に向き直った。その様子は幾分か嬉しそうに見える。
「さあ、今すぐサシでやろう。場所は砦の外でいいな?」
つまり、対戦は一対一。思ってもみなかった、この上ない好条件だ。
だが、それではまだ足りない。もう一つだけ確約させておきたいことがある。
「ああ。ただし、条件がある」
「なんだ、言ってみろ」
「俺が負けるまで、俺の仲間に手は出さないでほしい」
あとはこれさえ飲んでくれれば申し分ないのだが。
そう思っていると、ジャオーは鼻で笑った。
「バカ、そんな勝負に水を差すような真似、誰がするか。ついてこい」
ジャオーは率先して歩き出した。解放されたリリーたちを連れて、俺はその後を追う。
「すまん! 助かった!」
「よくここまで持ってきたね、カヲルくん」
「みんなを助けようと思って必死だったからな」
あのまま何もしないよりは全然ましだろう。
ただ、勝てる自信はまるでない。なんせ相手はあのジャオーだ。PvP初心者の俺にとっては、万に一つでも勝てればいい方だろう。
そんな弱気な俺の心情を察したのか、あろゑは声を潜めながら俺に尋ねる。
「アンタ、勝てる見込みあるの?」
「正直、分からない。でも、やるしかないだろ」
「うぅ、なにそれ……頼んだからね、マジで!」
背中をばしんと叩かれ、俺は苦笑した。
本当に、やれるだけやるしかない。




