DIVE35「準備完了」
「シーカーズ」のギルドハウスに集まった俺たちは、「ミスターエックス」ジャオーとの面会に向けて最終的な計画を練るため、顔を突き合わせて話し合っていた。
「みんな、待たせたね。ようやく『ブレイク』が完成した」
「これが『ブレイク』……?」
四十万はインベントリからCDのようなディスクを取り出すと、その手に持って見せた。
一見何の変哲もないアイテムに見えるが、その中身は解析によって生み出された運営スタッフの努力の結晶だ。
「このアイテムを使用すると『アンチアクセルシステム』が君たちのアバターにインストールされ、攻撃を当てることによって『アクセル』の諸機能を停止させることができるようになる」
つまり、仮に戦闘になったとしても、攻撃さえ当てられれば、あとは普通のPvPに持ち込めるということだろう。
「さて、誰から使う?」
「まずは俺が」
俺は真っ先に手を挙げた。四十万からそのインストールディスクを受け取り、体の前にかざすと「パッシブスキル〈ブレイク〉をインストールしますか?」というメッセージウインドウが表示された。
「大丈夫ですか、カヲルくん?」
「あ、ああ……」
しばらくそのままのポーズで固まっている俺を見かねて、リリーが声をかけてくれた。安全だと分かっているとはいえ、異物を体に取り込むというのはちょっと怖い。
だが、いつまでも尻込みしているわけにもいかない。
「ええい、ままよ!」
俺はついに意を決して「はい」のボタンを押した。
すると、ウインドウのメッセージが「インストール開始」という文字と進捗バーに変わった。ディスクはひとりでに浮かび上がると、俺のアバターの中へと突入した。
「ぐ、おおお……!」
体の中がかき混ぜられているような強烈な違和感とともに、「ブレイク」がインストールされていく。
やがて進捗バーが100%に到達すると、「インストール完了」というメッセージが表示され、体内の急激な変化も収まった。
「気分はどうかな?」
「あまりよくはないな。ジェットコースターに乗った後みたいだ」
「そんな冗談を言えるなら大丈夫そうだね」
俺と四十万は互いに笑いあった。
果敢にも名乗りを上げた俺に引き続き、リリーと02も「ブレイク」のインストールを開始した。アバターがにわかに発光し、二人は歯を食いしばって耐えている。
「く……ふうぅっ……!」
「うがぁっ……!」
少しするとその変化も収まり、二人のインストールは完了した。これで全員がシステム外スキル〈ブレイク〉を身につけたことになる。
「これでいちおう『アクセル』使用者への対策は出来たことになる。問題は、ジャオーをどう検挙するかだ」
「面と向かって捕まえるのはダメなんですか?」
「ああ。状況証拠だけではなく、できれば黒幕である確実な証拠が欲しいところだ。例えば『アクセル』を作っている現場を発見するとか、溜めこんでいる倉庫を発見するとかね」
「そうか。見た目はただのポーションだから、使っているだけじゃ分からないのか……」
それは棘咲あろゑの生配信を見たときにも痛感した、「アクセル」の特筆すべき長所だった。普通のポーションを飲んでいるだけだと言い張られたら、どうしようもない。
いい案が思いつかず、悩み込む俺たち。そんな中、リリーがそっと手を挙げた。
「いっそのこと、自分たちが『ケオティック』側に回ってしまうっていうのはどうでしょう」
「どういうことだ?」
「はい。まず『ケオティック』から『アクセル』の販売権を買うんです。そうして、ジャオーが『アクセル』を溜め込まなければならない状況を意図的に作り出して、そこを捕まえるんです」
いわゆる一種のおとり捜査ということか。
「なるほど。それならジャオーが視察に来ざるを得ない、か。よく考えたな、リリー」
「あっ、いえ、その場の思いつきで言っただけですから、上手くいくかどうかは……」
言いよどむリリーの肩を四十万がぽんと叩く。
「いや、それで行こう。ジャオーに直接会う口実にもなるし、一石二鳥だ」
こうして四十万の鶴の一声で、作戦は決まった。
「私たちはジャオーとの取引交渉に出向いた商売人、という設定で行く。私がバイヤーで、君たちは売り子だ。くれぐれもボロを出さないように、各自シミュレーションをしておいてくれ」
俺たちはこくりとうなずいた。
「それじゃ『ミスターエックス』のところに手引きしてもらえるよう、あろゑと連絡を取るぞ」
「ああ、よろしく頼むよカヲルくん」
俺はあろゑにDMを送った。幸いにも彼女はちょうどログインしていたらしく、すぐに返信がきた。「ちょっと待ってて」とのこと。
それから待つこと十数分。再び彼女から連絡がきた。
「あさっての夜9時。それ以外は受け付けないらしい。みんな、行けるか?」
四十万はもちろんのこと、リリーと02も大きくうなずいた。
ついに決行の日時が決まった。泣いても笑ってもこれがたった一度のチャンスだ。絶対に逃すわけには行かない。




