DIVE30「熔解尖峰ヴァンバジナ その1」
転移した先で見えたものは、険しい山道だった。さっきの登山道の続きをそのまま登らされているような感じだが、ダンジョンという扱いらしい。
切り立った崖の縁から恐る恐る下をのぞくと、足場一つない断崖であることが分かった。まさに尖峰の名にふさわしい高所だ。
「おい、足を踏み外さないように気をつけろよ。落ちたら即死だからな」
「ひえっ……!」
俺は慌てて他の三人のところまで戻っていった。まだ敵と戦ってすらいないのに、初っ端から死んでリスポーンするのはまっぴらごめんだ。
それから俺たちは、誰が言い出すでもなくおもむろにダンジョンを進み始めた。山肌にへばりつくような細い道ではあるが、しっかりと足場を確保して進めばずり落ちる心配はなさそうだ。
そう思ったのも束の間。山頂の方からゴロゴロと音がして、02が俺たちを制止した。一瞬の後、崖崩れによって、目の前の斜面を大きな岩が転げ落ちていった。
あんなものにまともにぶつかったら一巻の終わりだ。もしあのまま進んでいたら、ぶつかっていたに違いない。
「敵だけじゃなくて頭上にも気をつけていくよ」
「ああ……」
ここにきてダンジョンの難易度がぐっと上がったような気がして、俺は改めて気合を入れた。
レベル帯もいよいよ後半に差し掛かるところだ。それくらいの危険はあって当然というべきかもしれない。
そのとき、ふと鳴き声がして、俺たちは顔を上げた。今度はバリオルホークの群れが降りてきて、俺たちの前に立ちふさがる。道が狭いせいで、こいつらを倒さなければ先には進めなさそうだ。
「ええい、邪魔くさい!」
俺たちは武器を抜いて構え、いつものフォーメーションでバリオルホークを仕留めにかかる。すると、俺の視界に横から拳が入り込んできて、バリオルホークをしたたかに殴りつけた。
「今回はアタシもいるってこと、忘れないでよね!」
あろゑは華麗に連続コンボを決め、バリオルホークを一体倒し切った。物理戦闘に特化した獣魔族なだけあって、その火力は大きい。おそらく、レベル差を抜きにして考えれば、ハルピュイアのリリーと並ぶほどではないだろうか。
俺たちはその勢いに乗って残りのバリオルホークを倒していく。
「やるな、あろゑ!」
「ふふん♪ 伊達に配信者やってないんだから!」
強力な味方を得て、まさに百人力といったところか。この調子なら、このダンジョンもノーコンティニューでクリアできるかもしれない。そう思いながら俺は再び前進していった。
その後、バリオルホークやキラービー、ホラーウッドなどの敵が混ざり合った群れを何度か倒した頃、俺たちの眼前に洞窟の大きな入口が現れた。
登山道はこの中に続いているから、そちらに進めということだろう。
洞窟の中にはいくつもの溶岩溜まりがぐつぐつと煮えたぎっているのが見える。
「寒いところに行かされたと思ったら、今度は暑いところですか!」
「これもゲームならではの体験だな!」
「前向きですね、カヲルくんは」
「それだけがとりえだからな」
「それだけって言うなよ!」
俺は02に軽いチョップでツッコみながら、火山の中へと足を踏み入れた。
途端、肌を焼くようなむわっとした空気が全身を包み込む。もちろんリアルの火山ほど気温は高くないのだろうが、それでも汗ばむ程度には暑さを感じた。
このときばかりは、環境の変化に強いという設定のモンスター陣営で良かったと思った。
「おお、ちゃんと火山っぽい敵に変わった」
道中で突き当たった広場に現れたのは、フレイムリザードの群れだった。そこいらじゅうに四つん這いでうじゃうじゃと歩いている。これを全部相手するのは大変そうだ。
「どうすんだ、これ? 一匹ずつ倒すのか?」
「いや、こういうときは必要な分だけ釣るんだよ。俺がお手本を見せてやる」
02はそう言うと、広場の端っこを走り回って、左側半分のフレイムリザードのヘイトを集めてきた。そして通路で待機している俺の下へと駆け戻ってくる。
「カヲル、あと頼んだ!」
「えっ!? いや、ちょっ――ああ、もう!」
俺は半ばやけくそになりながらバイスクローを発動した。そういうのは事前に言っておいてほしいものだ。
とはいえ、これまでの経験から体が勝手に動いたおかげで、なんとか全てのフレイムリザードの敵視を引きつけることに成功した。これであろゑやリリーに攻撃は行かないはずだ。
そう思った次の瞬間、フレイムリザードは大きく口を開いた。あくびでもしているのかな。
「カヲル、上に飛んで!」
「えっ!? うわっ!」
俺は言われた通りに動けず、もろに炎のブレスを食らってしまった。全身がプスプスと煙を立てて焦げる。
「あちち! あ、なんかアイコンがついた!」
「燃焼状態になったんだよ! 継続ダメージが入るから、回復してやる!」
02の迅速な対応によって、俺の美しい鱗の肌が真っ黒に焼け焦げるのは防がれた。メンバーに一人上手いヒーラーがいるととても助かると聞いたが、本当にそうだなと思う。
そうしててんやわんやしていると、隣のフレイムリザードが大口を開けた。今度はその手は食らわない。高く飛び上がってブレスを避け、着地様にわき腹へジャギーガッシュを叩き込むと、フレイムリザードは小さくうめきながら倒れた。
「やるじゃん、カヲルも」
「まあな!」
あろゑはふふっと笑うと、別のフレイムリザードを倒した。リリーが最後の一匹を仕留めて、これで02が釣ってきたフレイムリザードは全て倒し終えたことになる。
広場をもう一度見ると、左側にいたフレイムリザードたちが倒されて、一本の安全な道ができていた。
「次からはこうやって道を開けるといいぞ」
「ああ、分かった」
このゲームは覚えることが思ったよりも多い。いまメモが取れるなら取りたいところだと思いつつ、俺は広場を通過して次の通路へと進んでいった。




