DIVE29「山登り?」
俺たちはようやくナイヴズ山脈のふもとまでたどり着いた。
ゴツゴツとした大きな岩々が、登ろうとする者を拒むかのように連なっている。所々に枯れかけた木が生えているのが、見る者に何とも言えない寂寥感を覚えさせる。
「ここからは登山道だ。といっても敵は出るけどな」
目の前から始まる坂道は、山の上の方までずっと続いている。どうやらこれを伝って登れということらしい。山登りはあまり得意ではないのだが、大丈夫なのだろうか。
ふと他のメンバーを見ると、リリーとあろゑもげっそりした顔をしていた。ゲーム内とはいえ、出不精のゲーマーに運動をさせるのがそもそも間違っているような気もする。
「みんな露骨に嫌な顔してるな……ま、お前らは飛べるんだから、律儀に歩いて登る必要ないだろ。敵に絡まれないように気をつけながら、ちゃちゃっと行ってこい」
「えっ、あ、そっか。でも、02とあろゑは登らないの?」
「登る必要ないだろ、一度行って解放は済んでるわけだし。登らなきゃいけないのはお前らだけだよ」
「やった♪ いってらっしゃーい♪」
急に手のひらを返されたような心地になったが、それは事実だ。俺とリリーは仕方なく、二人だけで登山道の方へと向かっていった。
「もうここから一気に飛んじゃおうか」
「あっ、はい! そですね」
俺たちは翼を広げて飛び立った。空中を飛び回っているワシのモンスター「バリオルホーク」に注意しながら、登山道を目印にして山頂の方面へと上がっていく。
風を切りながら眼下に広がる景色を見下ろすと、心地がいい。飛んでいるときのこの快感は、現実世界では絶対に味わえないだろう。
「あっ、カヲルくん! 前! 前!」
「え?」
肩口に受けた強い衝撃とともに俺は飛行を中断した。見ると、目の前にバリオルホークが一体でんと居座っている。どうやらよそ見をしているうちに正面衝突してしまったらしい。
バリオルホークはくちばしを開いて威嚇すると、俺を目掛けて突進してきた。
「うわっ!」
俺は体をひねることで辛うじてその攻撃を避けた。危ないところだった。
お返ししてやろうと思い、俺はダイビングスラッシュを発動した。空中でも突進できるこの便利なスキルによって、俺はバリオルホークとの距離を一気に詰め、剣でざくりと斬りつけた。
バリオルホークは苦悶の鳴き声をあげると、何やらスキルを発動した。
「なんだ?」
バリオルホークのHPバーに色の違う部分が出現したので、俺は首をかしげた。あれはなんだろうか。回復魔法だったら同じ色になるはずだ。とすると、バフの類かもしれない。
まあなんにせよ、倒してしまえば同じことだ。俺は空中を飛び回りながら、リリーとの連携でバリオルホークのHPを削っていく。やがてバリオルホークは力尽き、地上へと落下していった。
「あれ、なんだったんだろうな?」
「たしか、バリオルだったかな?一定量のダメージを無効にするスキルがあるんです。HP上限を超えても発動するから便利だって02くんが言ってました」
「そういうことか。なるほどね」
バリオルを使うからバリオルホークというわけか。安直なネーミングだなと思いながら、俺は再び上昇を開始した。
しばらく山の地表に沿って上がっていくと、ダンジョンの入口を示す光が見えてきた。俺たちは山の中腹に降り立ち、その光に触れた。
「熔解尖峰ヴァンバジナ 解放」の大文字が画面に表示され、コンテンツ解放に成功したことを告げる。
「よし、それじゃ戻ろうか」
「はい、行きましょう」
ダンジョンさえ開けばこの山にもう用はない。俺たちは滑空しながら02たちの下へと戻っていった。
元の場所に到着すると、あろゑが大手を振って迎えてくれた。
「どう? 上手く解放できた?」
「ああ、ばっちりだ」
「うらやましいねぇ、飛べるってのは。俺もどうにかして飛べないもんかな」
「飛べるよ。サブクエストをこなしてマウントに乗ればね」
「えっ、マジか。後で詳しく教えてくれ」
あろゑが差し出した情報に思わず食いつく02。飛びたいときに飛べないというのはよほどのストレスらしい。転生するときに〈飛行〉持ちの種族を選んでおいて本当によかったと思う。
「さて、それじゃダンジョンに行きますか。カヲル、よろしく」
「はいよ」
コンテンツウインドウから「熔解尖峰ヴァンバジナ」を選択して参加申請を出すと、コンテンツ開始の確認ウインドウが表示された。俺は「突入」ボタンを押して、テレポートに備える。
独特の浮遊感とともに、目の前が徐々に暗くなっていく。俺は新しいダンジョンへの期待を胸に目を閉じた。




