DIVE28「PvP」
じりじりとしたにらみ合いの中、最初に仕掛けたのは俺だった。ダイビングスラッシュで太っちょゴブリンの懐に潜り込みながら、一撃を加える。
太っちょゴブリンはそれを棍棒でガードすると、横薙ぎの一発をお見舞いしてきた。俺は慌てて左腕でガードしたが、その衝撃に耐えきれずたたらを踏んだ。
「オラァ!」
さらにもう一発棍棒の打撃を受け、俺は数歩後ずさる。
「カヲルくん!」
リリーの声がして、背後から飛んできた矢が太っちょゴブリンの右腕に突き刺さった。
しかしあまり効いていないのか、HPバーはわずかに削れただけにとどまった。やつは舌打ちしながらその矢を抜き取り、こちらへ向かってくる。
「お前ら、さては素人だな? いいカモが飛び込んできたもんだぜ」
「くっ……!」
悔しいが、PvPの腕はやつの方が数段上だ。だがこれを乗り越えなければ、ケオティックに乗り込むなんて夢のまた夢だ。
俺は自分に気合いを入れ直すと、再び太っちょゴブリンに向かっていった。
Lv.15で覚えたあの技を上手く叩き込めれば、まだチャンスはある。それに、リリーの新スキルもあることだ。いまはその二つの勝ち筋にすがるしかない。
「はあっ!」
俺はファングエッジを起点として、通常攻撃の連撃を叩き込んでいった。太っちょゴブリンはそれを丁寧に受け止めきると、豪快に反撃していく。
ときおりリリーの矢が飛んでくるものの、太っちょゴブリンはそれも器用に避けていった。
「遅すぎてあくびが出そうだぜ!」
敏捷のステータスは移動速度にのみ影響するから、攻撃速度は全員同じはずだ。それなのに、太っちょゴブリンの打ち込みは俺よりも鋭く速く見える。
これが経験値の差か。そう思いながら、俺はなんとかガードして食い下がる。
隙を見て腹部に一撃を食らわせようとした俺だったが、すかされて横に回り込まれ、逆に死角を取られてしまった。その直後、側頭部を強い衝撃が襲う。
俺は歯を食いしばって、バイスクローで反撃した。範囲攻撃が来るとは思っていなかったらしく、ゴブリンはよろりと後ずさった。
「おおお!」
その隙を逃すわけにはいかない。俺はガラ空きの腹部にコンボを叩き込んでゴブリンを押し込んでいく。
「てめぇ……っ!」
太っちょゴブリンは苛立ちながら俺の剣を跳ね上げた。うかつにも攻め過ぎた結果、大きな隙をさらすことになってしまった。
だが、後悔してももう遅い。横殴りの一撃が首元にジャストミートして、俺は尻餅をついた。
「手こずらせやがって」
ついに俺は追い詰められてしまった。勝利を確信した太っちょゴブリンは、ニヤニヤしながらこちらに近づいてきた。
自分のHPバーを見ると、残り二割を切っている。そろそろ潮時か。観念した俺は、反撃を諦めて目を閉じ――なかった。
「いまだ、リリー!」
「はいっ!」
無防備な太っちょゴブリンの胸元に、リリーは矢を打ち込んだ。矢の着弾点から霧が発生し、やつを覆い尽くす。
「なっ……!?」
自らの身に起きた現象を理解できず、太っちょゴブリンはおろおろしている。
ミストインジェクション。相手に「スロウ」のデバフを付与する単体攻撃スキルだ。
「反撃開始だ!」
俺はそう言うなり、太っちょゴブリンに斬りかかっていった。相手の動きが緩慢になったおかげで、先ほどまでとは打って変わって、こちらが優勢だった。
リリーの援護射撃を伴って、俺は一方的に太っちょゴブリンをやり込めていく。相手のHPバーは少しずつだが削れていき、やがて残りわずかになった。
「おおっ……!?」
「これで、とどめだっ!」
スロウ状態が切れるまでおそらくあと数秒。俺は最後の力を振り絞って、新技「ジャギーガッシュ」を放った。相手単体に大ダメージを与えるスキルだ。
太っちょゴブリンはうめき声を上げながら膝をついた。その体は透けるようにして薄らいでいき、やがて塵となって消滅した。
「う、わあぁ……!!」
あろゑと02に対峙していたゴブリンたちは、太っちょゴブリンが倒されたのを見て急に怖気づいたようで、俺たちに背を向けて一目散に逃げていった。仲間意識の欠片もないやつらだ。
「やるじゃん、アンタたち」
「よく倒したな!」
「二人がかりでなんとか、ね」
「はい、もうダメかと思いました」
02に回復魔法をかけてもらいながら、俺とリリーは深いため息をついた。ゲームとはいえ、あんなに臨場感がある戦いだとは思わなかった。PvPをちょっと舐めていたのかもしれない。
そのとき、遠巻きに俺たちの戦いを見ていたホーリージーニー――クラリスが駆け寄ってきた。
「ありがとうございましたぁ。おかげで助かりましたぁ」
クラリスは俺たちに向かってぺこりと頭を下げた。声が高いところからして、おそらく子供か女性のプレイヤーだろう。
「無事でよかったね。この辺は危ないから気をつけなよ」
「はいぃ、うっかり生産職装備のまま外出してきてしまったんですぅ。次からは気をつけますぅ」
クラリスが言う通り、その装備はどれも手袋や前掛けといった、クラフターが身に着ける作業着だった。
バトルには到底向かない装備だから、魔物に絡まれただけでも大変だろうに、こんな遠くの峠までよく無事にたどり着いたものだ。
「そうだ、良かったら今度うちのギルドハウスに遊びに来てくださいぃ。ご奉仕価格で装備をお作りしますよぉ」
クラリスは俺にフレンド申請を送ってきた。断る理由はないので、俺は「はい」のボタンを押した。リリー、02、あろゑ、四十万に加えてこれで五人目だ。
「それじゃ、いったん帰りますねぇ。本当にありがとうございましたぁ」
「気をつけて」
クラリスはテレストーンの欠片を使うと、街にテレポートしていった。
トラブルが落ち着いて、俺たちはようやく一息ついた。
安心したせいか、それまで感じなかった疲れがどっと押し寄せてくる。ダンジョンに向かっている途中だというのに、これでは先が思いやられた。
「ほら、疲れた顔してないで、続き行くぞ」
「あ、ああ」
02に背中を叩かれた俺とリリーは、重い足取りで歩を進めていった。
「うーん、あの名前と顔、どこかで見たことあるような……」
「おーい、あろゑ! 置いてっちゃうぞ!」
「あ、うん! いま行く!」
あろゑも少し遅れて俺たちに追いついた。
まだこの先の道のりは長い。ナイヴズ山脈に向けて、俺たちはひた歩く。




