DIVE25「“ケオティック”のジャオー」
「『じゃおう』って、あの『じゃおう』か!?」
驚愕に目を見開いた02に見つめられ、あろゑはこくりとうなずく。
「あの、すいません。全然話についていけてないんですけど……どなたですか、その『じゃおう』っていう方は」
「ごめん、俺も知らない」
俺とリリーはすかさず手を挙げた。可愛らしくひらがなで「じゃおう」? カッコよくカタカナで「ジャオウ」? それとも漢字でキメて「邪王」か? 名前のつづりからしてよく分からない。
「二人はまだ初心者だから知らないんだ。説明してやってくれないか」
再度うなずくと、あろゑは俺たちを真剣な面持ちで見据えた。
先ほどまでの狼狽っぷりは嘘のように引っ込んでいる。いま話題に出たそのジャオーとやらが、それほどの大物だということだろう。
あろゑの操作によって目の前に表示されたウインドウには、問題の人物のプロフィールが記載されていた。
PC名は「ジャオー」。先端が二つに割れた舌を伸ばしたリザードマンのプロフ画像が横に添付されている。Lvはもちろん、現状のキャップの30だ。
「ジャオーはPK専門ギルド『ケオティック』のギルドマスターだよ。それからPvPコンテンツ『ヘヴンズジェイル』のトッププレイヤーでもある」
「ヘヴンズジェイル」というのは分からないが、「ケオティック」ならなんとなく知っているような気がする。といっても、どこで知ったのかまでは覚えていないが。
「『ケオティック』……どこかで見覚えがあるような、ないような……」
俺は記憶の糸を必死に手繰り寄せるが、あともう一歩がなかなか出てこない。
そのとき、リリーが突然「あっ」と声を上げた。
「思い出しました! 私がまだスライムだった頃に襲われた、あのゴブリン三人組が『ケオティック』所属のプレイヤーでした! カヲルくんに助けてもらったときの!」
「ああ、そうか! あのときに会ってるのか!」
「はい! そうです!」
俺とリリーは互いに指を差しあった。やけに記憶にこびりついていると思ったら、まさかあんな印象的なイベントで出会っていたとは。
「どうやら、アンタたちもすでに『ケオティック』のPKに遭ったことがあるみたいだね」
「あそこはいかんせん所属してるプレイヤーが多いからな。愉快犯的な初心者狩りも横行してるみたいだし、不思議なことじゃないな」
全く、ずいぶんと物騒なギルドもあったもんだ。しかも我々の結論が正しければ、その危険なギルドのマスターが「アクセル」を売りさばいている親玉ということになる。
「話を元に戻すね。噂によれば、ジャオーは自他共に認める戦闘狂らしいんだ。しかも蛇の道は蛇で、その周りには戦闘好きの強者たちが集まってる。そういう相手と敵対する前提で会うからには、それ相応の覚悟を決めていった方がいいと思うよ」
たしかに、ケオティックの本拠地に乗り込むこと自体は簡単だが、自分たちを検挙しに来た運営側の人間だとバレた場合、無事に帰してもらえるとは思えない。
「何言ってんだよ。これはゲームだぞ? 証拠を掴んだら垢BANして一発で終わりだろ」
「いや、そう甘くはないだろう」
「私もそう思います」
解せないという表情の02に対し、俺はインベントリから「アクセル」を取り出すと、諭すように言った。
「だって、このゲームが現実世界にまで影響する例を俺たちはすでに知ってる」
「あっ……!」
「アクセル」という危険なアイテムを量産できる方法を彼らは知っている。ということは、それ以上に危険なアイテムや攻撃手段を持っていてもおかしくはないだろう。
下手をすれば、命にかかわる可能性だってある。
「いったん帰って、四十万と相談した方がいいと思う」
「そうだな。そんなでかい案件、俺たちだけじゃ扱いかねる」
話をまとめて部屋から出て行こうとする俺たちを、あろゑは慌てて引きとめた。
「その……アタシはどうなるの……?」
「情報源の秘匿っていうのが取材の大原則だからな。その件については、俺たちで上手く話をつけてやるよ。またこっちから連絡するから、追って沙汰を待て」
「……分かった」
しおらしくうつむくあろゑを見た俺は、部屋を去る前にダメ押しの一言を突きつける。
「俺、あんたのこと信じてるから」
「っ……!」
あろゑは胸元に手をやると、後ろめたそうに目を逸らした。やはり少しばかりの良心は残っていたらしい。
彼女がもう二度と「アクセル」を使わないことを祈りながら、俺は02とリリーを連れて部屋を後にした。
テレポートが終了すると、入口でさっき案内してくれたイカロスがご丁寧にも待ってくれていた。
「お疲れ様。どうでしたか、あろゑちゃんとの会話は? 楽しめました?」
「いや、まあ、そこそこかな」
「あっ、緊張しちゃいました? まあ、あろゑちゃんの部屋で直接話せるなんて、ギルドメンバー以外じゃそうそうないことですよ。他のファンの方が知ったらきっとうらやましがるでしょうね~」
「そうですね~、あはは……」
テレストーンを一つ隔てた部屋の中ではあんな殺伐としたやり取りがあっただなんて、とても言えない。
イカロスの彼が向けてくる屈託のない笑顔に若干の気まずさを感じながら、俺は頭に手を当てて愛想笑いするしかなかった。




