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DIVE24「やめようよ」

 棘咲あろゑがギルドリーダーを務める「Castel Arowe」のギルドハウスは、俺たち「シーカーズ」のギルドハウスとは方角的にちょうど正反対の位置にある。


 とはいっても、同じハウスエリアの中だから歩いて五分もかからない。


 ギルドハウスの前に着くと、そこはすでに大勢のプレイヤーでごった返していた。あろゑに一目会おうというプレイヤーたちが、列をなして待っているのだ。

 「Castel Arowe」のギルドメンバーたちは、慣れた様子で客人たちを整列させている。


 俺は、敷地に無理やり入ろうとするプレイヤーたちを門の前で押しとどめているギルドメンバーらしきゴブリンに話しかけた。


「あの、すいません」


「ああ、あろゑちゃんに会いたいんでしょ? ダメダメ! ちゃんと並んで!」


 強引に押し返されそうになった俺は、慌てて言葉をつないだ。


「いや、違うんです! 俺たちはリリーのフレで、あろゑちゃんに招待されてるんですよ」


「リリーのフレ? ああ、今日の生配信の」


「そうです。あろゑちゃんに聞いてもらえると助かります」


「ちょっと待ってて」


 そのゴブリンは、近くに立っている別のギルドメンバーに何やら耳打ちした。耳打ちされたイカロスは急いでギルドハウスに入っていき、すぐに戻ってきた。


「どうぞこちらへ」


「ありがとうございます」


 俺は顔パスで通れることに若干の優越感を覚えながら、玄関の扉をくぐった。


 ハウスの内装はゴージャスなお城風の家具で統一されており、「あろゑの城」という意味のギルド名にふさわしいものだった。

 正面階段を上ったところには小さなテレストーンがあり、そこから各部屋に飛べるようになっているみたいだ。


「そこのテレストーンから、あろゑちゃんの部屋に直接飛べるので。もういきなり入ってもらって大丈夫だそうです」


「分かりました」


 俺たちはテレストーンに触れて、「Arowe's room」という転送先を選んだ。視界が一瞬暗くなり、再び光を取り戻す。


 その小さな部屋はピンク色のファンシーな家具であふれていた。

 レースの天蓋付きのベッドにはいくつものテディベア。テーブルの上には白い茶器が一式置かれている。いかにも女の子らしい部屋だと思った。


 テーブルに備え付けの椅子には、すでにあろゑとリリーが腰掛けていた。


「いらっしゃい。アンタたちがリリーのお友達だね」


「ああ。俺は、カヲル。こっちは02と書いてオズ」


「よろしく」


「とりあえず、座って」


 あろゑに促され、俺たちはあろゑとリリーの向かいに腰かけた。


「生配信、全部見てたよ。面白かった」


「当然でしょ。大人気Vtuber、棘咲あろゑの配信だもん」


 ふんと鼻を鳴らしながら、あろゑは胸を張った。結構な自信家らしい。


「それで、アンタたち『アクセル』仲間なんだって?」


「まあ、そんなとこだな」


 02は適当に調子を合わせながらうんうんとうなずく。あろゑはぱあっと笑顔になると、テーブルに身を乗り出した。


「嬉しいよ。アタシ以外に使ってる人と会えたのは初めてだから」


 やはり、棘咲あろゑは「アクセル」使用者だった。その事実が、俺の心にずんと重くのしかかった。


 見ている人たちはみんな、あんなに楽しそうにしていたのに。


 俺は意を決して口を開いた。


「……ごめん。俺たちは一度も使ったことがないんだ」


「どういうこと?」


 それまでにこやかだったあろゑの表情が一変する。

 02に思い切り肘鉄されたが、俺は構わず続けた。嘘をつくのは嫌いだからだ。


「あのさ。やめようよ、『アクセル』使うの」


「はぁ?」


「あんなのをがぶ飲みしたら体に良くないし、それに視聴者のみんなだってそれを知ったら悲しむよ。だからさ、もうやめよう」


 02は全て終わったと言わんばかりに頭を抱えている。


 あろゑはしばらく黙りこくっていたが、やがてぼそりと呟いた。


「……説教はそれで終わり? 帰って」


「えっ?」


「帰れって言ってんだよ!」


 座っていた椅子を倒しながら、あろゑは勢い良く立ち上がった。その目は軽蔑と敵対心に満ちている。


 俺はそれでも食い下がる。ここで折れるわけにはいかない。


「応援してくれてるファンをだまして、偽りの人気を得て、あんたはそれでいいっていうのか!?」


「アンタにアタシの何が分かるっていうわけ!? 正義ぶった戯言をほざかないで!」


 あろゑは机にばんと手をつくと、憤怒とともに怒鳴り散らした。


「平凡な有象無象じゃ見向きもされない! しかも少しでも飽きられれば干される! この業界は結果が全てなんだよ! それ以上でも以下でもない! 配信者は毎日命懸けで戦ってんの! アンタにつべこべ言われる筋合いはない!」


 まくしたてるように言い終えると、あろゑは部屋の入口にあるテレストーンに手をかける。


「それじゃ、アタシもう行くから」


 考え得る最悪の展開になってしまった。俺は後悔の念に苛まれながらも、あろゑにかける言葉がそれ以上見当たらなかった。


 万事休す。そう思ったそのとき、テレポートしようとするあろゑの腕を02が掴んだ。


「おっと、そうはさせないぜ」


「何すんだよ! 触んな!」


 ぶんぶんと手を振り回すあろゑだが、02はなおもその腕を掴んで離さない。


「あんた、もう少し身の振り方を考えた方がいいんじゃないか? 俺たちは運営とつながってんだぜ?」


「っ……!? どういうこと!?」


「あんたのことを通報すれば、一発で垢BANに持ち込める。そうなったら、今までに積み重ねてきた人気とステータスはどうなるかな?」


「そ、それは……!」


 あろゑはひどくうろたえながらうつむいた。その様子を見た02は、ニヤニヤしながら彼女の耳元で囁く。


「ただし、俺たちも悪魔じゃない。あんたがもうちょっと賢い選択をすれば、見逃してやることだってできる」


 あろゑははっと顔を上げて、02の腕にすがりついた。先ほどまでの威勢の良さはどこかへ消え失せてしまったらしい。


「お願い! 何でもする! だから見逃して!」


 涙ぐむあろゑに対し、02はこれでもかと言わんばかりにためてから、決めの一言を言い放つ。


「ミスターエックスに会えるよう紹介してくれ。それで全部チャラにしてやる」


「ミスターエックスに……?」


 あろゑは困ったような表情を浮かべながら、02を見返した。


「なんだ、できないのか?」


「できる、できるよ。だけど……ううん、この人たちならきっと大丈夫」


 小声でひとりごちると、あろゑは顔を上げてこちらに向き直る。


「分かった。アタシから紹介してあげる。でも、本気で会うつもりなら気をつけて。誰もが知ってる危険なプレイヤーだから」


「危険って……一体誰なんだ?」


 俺からの問いかけに、あろゑは一呼吸おいてからゆっくりとその答えを口にした。


「その名は、『じゃおう』」

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