DIVE13「笛鳴風穴ラングオルラ その2」
白いモヤの奥にいたのは、小さなトカゲのモンスターが一体だけだった。それ以外のモンスターは何も見当たらない。
「なんだ、1ボスってこいつのことか?」
拍子抜けした俺は、警戒を解いてすたすたとそちらへ歩いていった。
「だよなぁ。最初はみんなそういう反応をするんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。よーく見ときな」
02はそんな意味深なことをリリーに言いながら、後ろの方でニヤニヤしている。
これは絶対になにかある。俺はそう思い、それ以上近づかずにトカゲから離れることにした。
「いいか、02。俺はこんな引っ掛けにはだまされ――」
俺が02とリリーの方を自慢げに振り向いた、その瞬間だった。
岩でできた天井が大きくひび割れ、開いた穴の中から巨大なムカデが落下してきた。
「うわあああああ!?」
「きゃあああああ!?」
びっくりして走りながら逃げる俺を見て、02はケラケラと笑っている。
こいつ、こういうところが地味に性格悪いんだよな。覚えとけよ。そして、一緒に驚いてくれたリリーの爪の垢を煎じて飲め。
数え切れない本数の多脚で見事に着地したムカデ「ギガワーム」は、足元にいる小さいトカゲを捕食してむしゃむしゃと平らげると、こちらに向かって威嚇してきた。
どうやらこいつが1ボスということらしい。
「今まで通りやれば、こいつも倒せるから。頑張れ!」
「はい!」
「分かった!」
俺はギガワームのわき腹にファングエッジで攻撃して、戦闘を開始した。
敵の体液や体臭などはゲームの快適さを確保するために抑えられているようだが、そもそも虫と戦うというのはあまり気持ちの良いものではない。さっさと倒した方が良さそうだ。
先ほどまでの戦い方と同様、俺がファングエッジでヘイトを稼いでいる間に、リリーと02が遠隔攻撃を叩き込んでいく。
今回は敵が一体だけということもあり、割とすんなりヘイトを取ることができた。
そのとき、ギガワームが尻尾を大きく振り回した。
俺はその攻撃範囲からとっさに逃れることができず、後ろに大きく吹っ飛ばされた。これがまた結構痛い。
「くぅっ……!」
即座に02から回復魔法が飛んできて、HPゲージが全快に戻る。
「いまの攻撃はスキルやアビリティを使ってその場で耐えるか、飛んで避けるかだな。お前、〈粘着〉持ってたろ? それで吹っ飛ばされるのを防げるぞ」
02の饒舌な解説に、俺はポンと手を叩く。
「あっ、そうか。アビリティ継承したんだった」
種族が変わったせいですっかり忘れていたが、スライムのときに持っていたアビリティはドラゴニュートになった今でも使えるのだ。
ネバネバした体液を出すドラゴンと言うとなんだか嫌な感じだが、ゲームシステム的には全然オッケーなのだろう。
俺は足の裏に〈粘着〉を発動して地面に張り付けると、こちらに向かってくるギガワームに再び応戦した。
通常攻撃の頭突きや突進をガードしていると、再びあの尻尾攻撃が襲い掛かってきた。
「来た!」
俺は盾を構えて、ギガワームの尻尾を受け止める。
腕にガツンと衝撃が走ったが、今度はノックバックを食らわずにその場で耐えることができた。
なるほど、〈粘着〉というのはこういう使い方もできるのか。
ただ壁や天井を移動できるアビリティだと思っていた俺には、目から鱗だった。
それからも俺たちは攻撃を繰り返した。幾度かの尻尾攻撃を耐え抜くと、ついにギガワームのHPゲージが0%になった。
ギガワームは一周ぐるりと頭を回すと、やがて地面に倒れ伏し、ぐったりと力尽きた。
その直後、経験値を獲得したことにより俺とリリーのレベルが1上がり、ファンファーレが鳴った。これでLv.3だ。なかなかに順調なのではないだろうか。
「いいじゃん、いいじゃん。成長してるって感じするだろ?」
「うん、いい感じだな」
「はい! 楽しいです!」
レベルだけでなく、自分の戦闘スキルも上達していくこの快感。これぞまさにMMORPGの醍醐味だろう。
「よし、どんどん進もうぜ!」
「おやおや、年甲斐もなく浮かれちゃって。さてはこのゲームにハマってきましたな?」
からかわれた俺は、図星を突かれたことに恥ずかしくなって思わず言い返した。
「う、うるさいな! いいだろ、楽しんでんだから!」
「まあ、いいけどさ」
ニヤニヤとこちらを見つめる02と苦笑するリリーにそっぽを向きながら、俺は霧散した白いモヤの奥に出現した横穴へと歩を進めるのだった。




