DIVE11「アクセル」
ロゴが表示されたウィンドウを壁に飾ると、アルゴスは机の上に肘をついて手を合わせた。
「では早速で悪いが、君たちに調査してもらいたいものがある。このニュースは知っているかな?」
アルゴスは手のひらをスワイプして、別のウィンドウを机の上に持ってきた。
そこには何やらニュース映像が流れている。アナウンサーがゲストとなにやら喋っており、右上には「母親を刺傷 20代男性を逮捕」という見出しが出ている。
「あ、これ今朝テレビでやってました! 息子が母親を刺したっていう事件ですよね?」
「へぇ。俺、テレビ見ないから初めて聞いたわ。物騒だなぁ」
俺もあまりテレビは見ない方なので、いま初めて知ったニュースだった。
アナウンサーの解説を聞いている限りでは、生活について注意されたので、つい腹が立って刺してしまったということらしい。なんともいたたまれない事件だ。
「それにしても、なぜこのニュースを?」
アルゴスは俺たちと一緒にニュース画面を眺めながら、腕を組んだ。
「捕まった彼、実は『The Fang』の熱心なプレイヤーだったらしくてね。事件の背景にはその悪影響があるんじゃないかとまことしやかに言われているんだよ」
「いわゆるゲーム脳ってやつか? そんなのありえないぜ」
肩をすくめる02に、アルゴスは意味深な目で見つめ返した。
「普通の遊び方をしているだけだったら、ね」
アルゴスは自分のインベントリを開くと、アイテムを一つ取り出した。
瓶の中には緑色の液体が入っている。回復用のポーションだ。
特にレアアイテムというわけではない。各地のショップで市販されているし、製作もできるはずだ。
「これは一見普通のポーションだろう。だが、その中身はまるで違う」
「もしかして、改造されたアイテムか?」
「その通り。巷では『アクセル』と呼ばれ、これを使用するプレイヤー間で密かに流通している。残念ながら詳しい作用や副作用はまだ分かっていないが、噂によると感覚が鋭敏になるらしい」
話を聞いてすぐに分かった。これはいわゆる電子ドラッグだ。
「つまり、この『アクセル』のせいで今回の事件が起きた、ってこと?」
「ああ、まだ仮説の段階だがね。今回の例は特に悲惨だが、そうでなくとも使用者たちはゲーム内で多くのトラブルを発生させている。それはおそらく現実世界でも同じとみていいだろう」
脳の五感を使うこのゲームなら、『アクセル』の使用はプレイに多大な影響をもたらすのだろう。
ましてその効果がリアルにまで波及するとなると、野放しにはしていられない。
「そこで君たちには、『アクセル』の出所を調べるのを手伝ってもらう。末端の売り子や使用者を摘発するだけでは、この悪い芽は摘み取れない。大元を押さえて一網打尽にしたい」
「分かった。やれるだけのことはやってみる」
「頼みたいことが出来たら、追って連絡する。それまでは下手に動かないでくれ」
「了解」
変に聞き込みをしたりして、主犯格に勘付かれて逃げられては困るということだろう。こういうのはタイミングが大切なのだ。
「それでは、今日のところは解散だ。外の広場にあるテレストーンから帰れるからね。お疲れ様」
帰ろうと俺たちが立ち上がったとき、アルゴスは俺たちをふと引きとめた。
「あ、そうそう。カヲルくんとリリーくんの二人は、暇な間にレベルを上げておいてくれ。戦わなければならなくなったときに困るからね」
確かに言われてみれば、俺たちは転生したばかりでまだLv.1だ。これでは調査どころか、まともにこのゲームを遊ぶことすら危うい。
俺とリリーは大きくうなずいた。
「02くんは二人のレベリングの手伝いを頼むよ」
「オッケー。ビシビシしごくから覚悟しとけよ」
右拳を手のひらに当てると、02は楽しそうに笑った。
お手柔らかに頼みたいところだと思い、俺は苦笑した。




