DIVE10「運営の城」
再び視界が開けたとき、目の前にあったのは巨大な城だった。俺の後からテレポートしてきたフードの男が、若干声をうわずらせながら声をかけてくる。
「かっこいいでしょう?テンション上がりますよね」
「え、ああ……すごいですね」
俺はその存在感に圧倒されながら、フードの男の後ろについて歩を進めていく。
開かれた城門をくぐると、そこには豪奢なエントランスホールがあった。
天井にはシャンデリアが煌々と輝き、床には赤いカーペットが敷かれている。壁際にはいくつもの廊下が伸びており、この建物の広さを感じさせた。
「目的の部屋は二階にあります」
俺は言われるがままに正面階段を上り、二階へと進んでいく。
広々とした廊下をしばらく歩くと、フードの男は突き当たりの部屋でようやく立ち止まった。
「みなさん中でお待ちです。どうぞ」
俺はノックすると、ドアノブに手をかけて室内へ足を踏み入れた。
「失礼しまーす……」
そこは小さな書斎のようになっており、壁には本棚の代わりに沢山のウィンドウが表示されている。
中央にある執務机には青い短髪の男が腰かけており、その手前にリリーと02が立っていた。
「02、リリー!」
「カヲルくん! 無事だったんですね!良かったぁ……」
「遅せぇぞ、カヲル」
二人は振り返ると、俺の下に歩み寄ってきた。互いの無事を確認して、俺はようやくほっとした心地がした。
「さて、これでいたずらっ子は三人とも揃ったかな」
男は冗談めかして言いながら、指をパチンと鳴らした。すると、俺たちの横にどこからともなく木の椅子が三つ出現した。
「まあ、固くならずに座ってくれ。君たちを叱るために呼んだわけではないからね」
俺とリリーが困惑して顔を見合わせていると、02は遠慮せず、そそくさと椅子に腰かけてしまった。それを見た俺たちも、少し遅れて腰かける。
「さて、まず何から話そうか……そうだ、まずは自己紹介からだな」
男は立ち上がると、胸に手を当てて会釈した。
「私はアルゴス。『The Fang』内部のチート行為やバグの監視、それとセキュリティチェックを担当している」
アルゴスはそう言うと、背後のウィンドウに軽く目をやった。そこには、俺たち三人の詳細なプレイヤーデータが表示されていた。
「君たちのことはすでに調べさせてもらった。初心者にしてはなかなかに度胸があると思ったが――君の手引きだね、02くん?」
「ああ、そうだよ。面白い実験だったろ?」
02が自慢げにそう言うと、アルゴスは机に手を置いて身を乗り出した。
「私もそういうのは嫌いじゃなくてね。一介のプレイヤーなら今ごろ君の計画に乗っかって、一緒に呼び出されていたところだ」
「へえ、あんたなかなかイケる口じゃんか」
「いまのはオフレコにしてくれよ。治安維持の要が不正に甘い男だと思われては困るのでね」
アルゴスはくつくつと笑うと、再び椅子に腰かけた。
「話を戻そう。君たちをここに呼んだのは、私たち運営への協力を請いたいからだ」
「協力?」
「私は前々から、有志のプレイヤーを募って、バグやチートなどの不正を調査する部隊を結成したいと思っていてね。ただ、闇雲に募集をかけたのでは玉石混交になってしまう。メンバーとして適切な人材を探していたんだ。そこに現れたのが、君たちだ」
アルゴスはぱんと手を叩くと、俺たちに向かって指を差した。
「君たちの発案力と実行力には目を見張るものがある。今までに誰も考えつかなかった手法で、未実装エリアにアクセスしたのだからね。仕様の穴を突くその頭の使い方は、不正をするときだけでなく、不正を暴くときにも大いに役立つだろう」
「つまり、俺たちで運営の監視作業に協力してくれってことか?」
「そういうことだ。どうだい? 頼めるかな?」
それを聞いた途端、02は大きく首を振った。
「俺は嫌だね。手伝うメリットが何もない」
「報酬なら弾むぞ?」
アルゴスはそう言うと、02に歩み寄って何やら耳打ちした。すると、02の目の色が一気に変わり、いやらしい目つきになった。
「いいねぇ! やるやる! やります!」
「さっきと言ってることが全然違うんだが」
「やっぱり、人生先立つもんがないとな?」
にししと笑う02に、俺はがくりと肩を落とした。全く、現金なやつだ。
一方、リリーはどうかというと、顎に手を当てながらじっと思案していたが、やがて拳を握りしめながら口を開いた。
「私、やります。私なんかでも、このゲームのために役立てるなら、やってみたい」
「そうか。ではカヲルくん、君はどうする?」
俺はどうしたい?自分の心に問いかける。
元はといえば、俺は平凡な日常を変えたくてこの世界に飛び込んだのだ。それが偶然の巡り合わせで、思いもしないような特別な展開になった。
この機会を逃すなんて、あまりにもったいない。
「俺も、やるよ」
俺の答えを聞いたアルゴスは満足そうにうなずいた。
「ありがとう。それでは現時点をもって、調査部隊『シーカーズ』の発足を宣言する。リーダーは私アルゴス、そしてメンバーは君たち三人だ」
アルゴスが手をかざすと、机の上にウィンドウが出現し、盾に両翼の生えたロゴが表示された。盾の上に斜めにかかったタスキには「SEEKERS」の文字が記されている。
俺は胸の高鳴りを感じ、胸元に手をやった。男の子はこういうのに弱いのだ。




