DIVE9「監獄にて」
「おはようございます」
次に俺が目を覚ましたのは、薄暗い小さな部屋の中だった。
目の前には、黒いフードを被った謎の人物。
周囲を見渡すと、立ち並ぶ石造りの柱の間にいくつもの檻がはめられている。
まるで監獄のようだと俺は思った。
「なぜここに呼ばれたか、分かっていますか?」
抑揚のない落ち着いた声でその男は語りかけてきた。
俺はすっとぼけて首をかしげる。
「いや、何が何だかさっぱりです」
「そうですか。ではこちらから説明しましょう」
フードの男は小さく嘆息すると、流れるように言葉を紡いだ。
「あなたたちはモンスター陣営のキャラクターであるにも関わらず、人間陣営の都市ゼムリアに侵入し、マリー神殿で未実装システムにアクセスしましたね」
「……はい」
そこまで単刀直入に言われれば、誰でも分かる。やっぱりあの試みはまずかったのだ。
あらかた、あの後すぐに運営にバレて、リスポーンする代わりにここへテレポートさせられたといったところだろう。
「ってことは、リリーも……?」
「はい。いま別室で私とは別の運営スタッフが対応しています。主犯格の02さんも同様です」
「マジか……」
俺は頭を抱えた。首謀者だった02がペナルティを受けるのはまだいい。
問題は、02との悪ノリの結果、初心者のリリーにまで前科を作ってしまったことだ。謝っても謝り切れないと思った。
「それで、俺たちはどうなるんですか? もしかして、垢BANですか?」
男は静かに首を振った。
「いえ、そこまではしませんよ。というよりむしろ、私たち運営はあなた方の今回の行為を大いに歓迎しているのです」
「えっ?」
予想外の発言に、俺は耳を疑った。
警告を受けるかと思いきや、褒められた。どういうことなんだ?
「詳しくは担当の者が話します。どうぞこちらへ」
男の背後にある檻の扉が開き、俺はその奥にある階段の方へと誘われた。
「ちなみに、本来だったら俺たちの処遇はどうなってたんですか?」
階段を上がりながら俺は恐る恐る尋ねた。すると、フードの男はくすくすと笑いながら答える。
「前例がない事案なので正確には分かりませんが、おそらく一定期間のアカウント停止措置といったところでしょうね」
「ですよねー」
俺は冷や汗が出ているわけでもないのに額を拭った。警告ではなくいきなりアカウント停止措置ということはつまり、結構な重罪だ。
全く、02はとんでもないことを思いついたものだと改めて思う。
階段を上り切ると、そこには幾何学的な形状をしたオブジェがあった。
中心に核となる青い玉があり、その周りを同心円状の金属の枠が何本もぐるぐると回っている。
「このテレストーンからテレポートできます。さあ、どうぞ」
俺がそのオブジェに手をかざすと、半透明のウィンドウが表示された。転送先は、「The Fang運営本部」。
なるほど、この監獄と本部サーバーは直通で繋がっているのか。
普通にプレイしているだけでは遭遇できないレアな状況に、ちょっぴりワクワクしている。
そんな自分を、俺は心の中で戒めた。
本部でやらかしたらもうこのゲームで遊べなくなるかもしれないんだぞ。気を引き締めろ。
俺は「テレポートしますか?」というメッセージの下にある「はい」のボタンを押した。
すると視界が一気に暗転し、俺の体は心地良い浮遊感に包まれた。




