秘密
無事授業も終わり、食事の時間になった。
「レイ、ちょっと待って!」
食堂に行こうとする黎の腕を掴み、玲於は呼び止めた。
黎は足を止め、ゆっくり振り返った。
「あの、さ…さっきはごめん。俺、感情的になって…」
少し俯き、顔を伏せて謝った。
だが返事が返って来ない。
心配になって黎の顔を見た瞬間「私も悪かった」と言う声が聞こえてきた。
黎は真っ直ぐ玲於の目を見ていた。
「私もあの事があってから吸血鬼を敵視する様になってしまったから…。こんな血を持っている人間なのにな…。声、張り上げてごめん」
黎の顔は一瞬暗くなったが、直ぐ様無表情の顔に戻った。
だが、その一瞬を玲於は見逃さなかった。
「玲於、一緒に食べに行くか?」
この学園に来て、初めて黎が笑った。
笑ったと言っても昔から知っている玲於だけが分かるような顔の変化だが。
玲於の頭の中に幼少期の映像が流れた。
今とは別人の様な楽しそうな笑顔と声が。
「どうした玲於、行かないのか?」
いつから変わってしまったのだろうか…。
やはりあの事があってから…。
「待って、俺も行くから!」
昔と変わってしまった黎の後ろ姿を慌てて追いかけて行った。
変わってしまった黎を見て悲しく思うが、一瞬だけ見せた微笑みに懐かしさを感じ、玲於は嬉しそうに笑った。
「あっれー?來那と呉羽沢じゃん」
「一緒に食べてもいいー?」
食堂の端に座って食事をしていると、双子の水無月と神無月が来た。
返事を聞くことなく2人は目の前の席に座った。
「さっきはごめんね、みーくんのせいで立たされちゃって」
「何で俺のせいなんだよ!元はと言えば話を聞かないこいつが悪いんだろ!」
「もう、人のせいにしないの!」
神無月は水無月の頭を叩いた。
「いって!何すんだよ神無!」
静かに食べていたのに一気に五月蝿くなってしまった。
そんな双子を他所に黎は黙々と食べている。
騒がしい双子と沈黙の黎を交互に見ながら玲於は苦笑した。
「そんな事より!さっきの質問に答えてよ」
「…質問?」
「だーかーらー、呉羽沢の生き残りは本当かって事!」
「それにどうして急にこの学園に入る気になったの?もし生き残りが本当なら私達吸血鬼を恨んでいるはずだよね?」
一瞬黎の動きが止まったがその質問には答えず、食べ終わった食器を持ち立ち上がった。
「おい!逃げる気かよ!」
「いや…今はまだ知る必要も、答える必要も無いからな。また時期が来たら教えてやるよ。…嫌でも知る事になると思うが…」
最後の方は消え入りそうな声で呟き、そのまま背を向けてあるいて行った。
その後を玲於も着いていく。
食堂に残された双子は、ただその後ろ姿を見る事しか出来なかった。
ー寮ー
月夜学園の寮は生徒だけでなく、学園関係者も住んでいるので大きい。
男女関係なく、1つの大きな建物の寮で暮らしている。
人間の部屋は最上階の端にある。
黎と玲於は必然的に部屋が隣になる。
外は朝日が昇り、明るくなっていた。
月夜学園は夜に授業がある。
その為大半の生徒は昼間に眠っている。
黎も例外ではなく、眠ろうとベッドの中に潜っていた。
「なぁ」
夢心地に入りかけた時声が聞こえた。
「なぁってば」
重たい瞼を開けると、人が二人いた。
陽の光の逆光で顔が見えず、誰だか分からない。
「おい、おきろって!」
突然耳元で大きな声を出され、黎は飛び起きた。
「五月蝿い!誰だ私の睡眠の邪魔をするやつは!」
「やっと起きたー」
「…は?」
黎の目の前に居たのは双子の水無月と神無月だった。
「何でお前達が私の部屋にいる!?鍵なら閉めたはずだぞ!?」
怒り気味の黎とは逆に、笑顔の双子の指の先には割れている窓ガラスがあった。
「な…な…何で窓から入ってきているんだ!」
「ノックしたけど出なかったよ?」
「だからって…はぁ…」
黎は額に手をやりながら大きなため息をついた。
もうこれ以上この双子には何を言っても無駄だ。
「後で学園長に言えば大丈夫だって。そんな事より遊びに行こうぜ」
「…寝る」
そう言うとベッドの中に潜り込んだ。
だが、布団をひっぺがされ引き摺り出された。
「分かった、分かったから!せめて着替えさせてくれ!」
「はーい。外で待ってるね」
2人はドアから出て行った。
「何で私が…」と呟きながらも黎は着替えた。
「やっと来たー」
「早く行こうぜ。あ、学園長に窓の事言っといたから」
待っている間に伝えてくれたみたいだ。
学園長の呆れる顔が目に浮かぶ。
黎は一言お礼を言うと歩き出した。
コートの下には愛用のデザートイーグルを隠し持っていた。
「何処に行くんだ?」
「秘密ー」
右手と左手それぞれの手を握り、企み顔で笑い同時に答えた。
黎はまた大きな溜め息をつき、手を引かれるままに歩いて行った。
「見て、みーくん!これ美味しそうだよ!」
「本当だ!」
双子は1軒ずつの店を歩きながら見て廻っていた。
「私、来た意味無いんじゃないか?…帰りたい…寝たい…」
はしゃぐ2人の様子を見ながらポツリと呟いた。
眠たい目を擦りながら後ろから着いていく。
その時だった。
いきなり何かの気配に気付き、辺りを見渡した。
この気配か何か黎は知っている。
双子に気付かれないようにそっと離れ、気配を感じ取った方へと走って行った。
双子は黎が居ない事に気付き、一点の方向を見た。
その方向は黎が走って行った方だ。
「みーくん、くーちゃん行ったみたいだよ?」
「やっと行ったか。それじゃあ見物させてもらおうかな。呉羽沢の生き残りの戦いをね」
「そうだね」
クスクスと笑うと、一瞬にしてその場から居なくなった。
黎は今路地裏にいる。
陽の光も入らなく、昼間だというのに暗かった。
黎の目の前には獣みたいに地に伏せ、口元からヨダレと血を流しながらニヤリと不気味に笑う男が居た。
黎は吸血鬼ハンターに渡される端末を出し、目の前の男を調べた。
「…見つけた」
男の顔が載っているページを見ながらデザートイーグルに手をかけた。
名前:春夜大裕
年齢:22
違法理由:吸血行為及び大量殺人
と書かれていた。
この他にもこの男の身元等も詳細に書かれている。
「自我、壊れたんだな」
吸血鬼が大抵違法を犯すのは自我が壊れた時だ。
自我が壊れるのは吸血行為をしてしまった時。
吸血行為は最高級の違法。
絶対に許されない行為だ。
ただ、ある一族を除いては…。
「誰の血、飲んだんだ?」
黎は銃を片手に持ちながらゆっくり一歩、また一歩を近づいて行く。
「う…るさ、い…」
「初めて飲んだ時、どんな感じがした?」
「あ…う…」
男は頭を抑えた。
どうやらまだ少し自我が残っているらしい。
「ウるさイ!」
とうとう完全に自我が壊れてしまったみたいで黎に襲いかかった。
黎は近くの建物へ飛び移った。
「…ミッションスタート」
男は息を荒くし、自分より上にいる黎を見た。
「にゲル気カ!」
「いいや、寧ろその逆だ」
黎から攻撃を仕掛けた。
撃った弾は男の右肩に当たった。
「ギャァァぁぁァア!あヅイ!」
男の右腕は燃え、灰となった。
「お…オれの…腕ガ…!」
失った右肩を押さえ、黎を睨んだ。
「死ねシネシねしネぇぇぇェェェええ!」
叫びながら向かってきた。
流石、吸血鬼だ。
自分の能力を生かした跳躍で黎の所まで来た。
しかし…。
「遅い」
黎は男の後ろに回り込んだ。
空中で背後を取られ、逃げる事が出来ない。
男の頭を掴み、銃を突き付けた。
「ばいばい、春夜大裕さん」
「いや…イヤ…いヤだァァァぁぁあア!」
ドンッー
男は撃たれ灰となった。
地面は一瞬にして辺り一面灰の海となった。
その中心に黎は立っている。
「ミッション終了…」
銃をホルダーに戻しながら呟き、じっと地面を見た。
「ひゅー凄いねー」
「やっぱり生き残っただけあるねー」
高みの見物をしていた水無月と神無月は口々に言った。
「水無月、神無月…そんな所で見てないで降りてこいよ」
その言葉を聞いた双子は固まった。
まさか気付かれているとは思わなかったのだろう。
「なんで分かったんだよ!」
「私を嘗めるなよ」
双子は黎の元へ降りてきた。
「いつから俺達が居るって気付いてたんだ?」
「お前達が上で見ていた時から」
「…最初からって事?」
「そうなるな」
言いながら黎は背を向け歩いていく。
「あ、待ってよ!呉羽沢の生き残りさん!」
「…」
黎はゆっくり振り返った。
相変わらず無表情だが、静かな怒りがひしひしと伝わってくる。
水無月と神無月はその鋭い視線に冷や汗をかいていた。
「その呼び方で二度と呼ぶな」
有無を言わせない口調で言うと、踵を返し歩き出した。
「お、俺達お前がどんな奴だとしても今までと変わらねえから!」
「そうだよ!」
双子は両脇に立ち、顔を見て言った。
だが黎は黙ったまま。
「ん?何か血の匂いが…お前…ー」
お前なのか、という前に黎が崩れる様に倒れた。
地面にぶつかる前に双子が腕を出し、頭をぶつけること無くすんだ。
「お、おい!しっかりしろよ!」
腹部から血が出ていた。
いつの間に怪我をしたのだろうか。
先程の男にやられていたと言うのだろうか。
「…あっ…だめ…理性飛びそう…」
神無月は鼻を押さえ、近くの壁に寄りかかった。
目が虚ろになっている。
「神無、しっかりしろ!早く、呉羽沢を連れて帰らねーと!」
「う…うん…」
水無月が黎を担ぎ、学園への道を走って帰った。
その後を神無月が追い掛けた。
理性が飛びそうなのを必死に抑えて…。
学園の中は血の匂いでザワついていた。
「生徒達がザワついているね。この子の血は特別だから…」
「どうしますか、学園長」
黎の周りに学園長とユイ、そして副担任の三人が囲んでいた。
「この匂いを嗅いで気付いた子もいるかもね。でも、今はまだ黙っておこう。時期がくるまで…」
「はい」
3人は黙り込んだ。
外から聞こえるざわめく声が倍以上大きく聞こえたのだった。