転入初日
人間の活動する時間が終わり、夜になった。
月夜学園からは賑やかな声が聞こえてくる。
何故夜に声が聞こえてくるのか。
それは月夜学園の人達は人間では無く、生徒や教師、ここに居る全ての人が吸血鬼だからである。
ごく稀に人間が混じっている。
今も人間は1人しか居ない。
月夜学園は、対吸血鬼用の吸血鬼を育成する為に作られた学園だ。
吸血鬼は身体能力、動体視力、記憶力全てに関して優れており、並大抵の人間では入ることは出来ない。
だが、吸血鬼の中でも順位というものが出来てしまう。
生まれてから直ぐに入り、ここで一生を過ごす者もいれば、劣等とされ外の世界で【人】として生きていくものもいる。
クラスも年齢関係なく、優れている者が上から順に分けられていく。
全寮制になっており、滅多に外に出る事は出来ない。
この学園全ての人が家族であり、檻となっているのだ。
「こら!貴方たち何をしているの!」
”学園長室”と書かれた部屋の前で、中を覗いていた男の子と女の子はマズイ、という顔をして声の主の方を見た。
声の主は女の人で、手には教材やら沢山物を持っていた。
おそらく此処の教師だろう。
2人は全く同じ顔をしており、それぞれ片目を包帯で隠している。
男の子は左目、女の子は右目に包帯を巻いていた。
「貴方たちはエリートクラスの…」
「ヤベ!早く逃げるぞ、神無!」
「あ、ま…待ってよ、みーくん!」
「待ちなさい、2人共!」
慌てて逃げる双子を女教師は追いかけて行った。
嵐が去った様にその場は一瞬にして静かになった。
「話が途中で止まってしまったね。ここを覗いていた2人が君と同じクラスになる双子だよ。悪戯好きで、ちょっと問題のある子達だけど”例のチーム”だから多分一緒のチームになると思う。実力はあるから仲良くしてあげてね」
ニッコリと笑う男は優しそうな人だ。
”学園長”と書かれたプレートがある机に座っている。
この人が月夜学園の学園長だ。
「ま、その話は置いておいて…改めて月夜学園にようこそ、呉羽沢黎さん。君がこの月夜学園に入ってくれて心から感謝しているよ。あの有名な吸血鬼ハンターの呉羽沢の生き残り、君が入ってくれたからね。この世界はもっと安定すると思うんだ」
「いえ、私はただ修行も兼ねて入ったので」
黎は淡々とした口調で言う。
その様子を学園長は一瞬目を細めて見ていた。
だが直ぐ笑顔に戻り「それでもいいんだよ、ありがとう」と言った。
その口許から人間のものとは思えないような長い犬歯がチラリと見えた。
そう、学園長も吸血鬼なのである。
「じゃあ、今から君のクラスに行ってもらうね」
そう言った瞬間、タイミングを図ったかのようにドアをノックする音が聞こえた。
「都合よく来たみたいだね。あの人は君のクラスの担任のユイ=ラティーナ先生だよ」
入ってきたのはとても綺麗な女性だった。
髪は金髪で、先が少しうねっている。
目は青色で、見た目は20代半ばぐらいだ。
「初めまして。ユイ=ラティーナです。行きましょうか、呉羽沢さん」
「はい」
黎は短く返事をすると学園長に一礼をして部屋を出ていった。
2人が出ていくと静かになり、時計の音だけが聞こえてくる。
「やはり…私たち吸血鬼をまだ恨んでいるのか。呉羽沢の生き残りの娘よ…」
出ていったドアを見ながら呟いた言葉は誰にも聞かれることが無く、消えていった。
ーエリートクラス・A組ー
今はHR中だ。
新しく転入生が来るとの事で、黒板に名前を書きながら副担任が説明をしていた。
名前を見た瞬間、辺りはざわつき始めた。
だが、2人だけ話を聞いていない者がいた。
「神無、やっぱり学園長室に居たのって人間だよな」
「うん。私達と匂いが違うもん。でもあの人間、普通じゃないよ…。私達の理性を壊させる様な…」
少年は机に足を乗せて頭の上で手を組んでおり、少女は本を読みながら話をしていた。
2人は同じ顔をしており、先程学園長室の前に居た双子のようだ。
「こら!水無月、神無月、今俺が話をしているのだから私語をするな。それと、水無月は机に足を乗せるな!」
副担任の男が水無月に向かってチョークを投げてきた。
「い…てーな!何すんだよ!」
チョークは見事、水無月の頭に当たったみたいで、当たった場所が少し白くなっていた。
「お前達がいつも俺の話を聞かないからだろう!」
「だってつまんないんだもん」
平然と言う水無月に、副担任の男は溜め息をつき呆れ返っていた。
「ねぇ、みーくん…」
神無月は前を向きながら黒板に指を指し、水無月を呼んだ。
「呉羽沢って…」
話そうとした瞬間、クラスの担任のユイが入ってきた。
その後ろから少女が一緒に入って来て、姿が見えた瞬間辺りはざわつき出した。
「呉羽沢…最強と言われていた吸血鬼ハンター」
「滅ぼされた筈なのに生き残りとは…」
「人間のくせに吸血鬼より優れていると言われていた奴が」
周りは口々に言いながら黎を睨んでいた。
神無月も読んでいた本を置き、じっと黎を見た。
一瞬目が合ったが、興味が無さそうに直ぐに目を逸らした。
「ちょっと…」
「レ、レイ!?」
神無月が立ち上がると同時に、1人の男が声を張り上げた。
この男も黎と同じ人間なのだ。
先程まで机に伏して寝ていたが、異様な雰囲気を感じ取り起きたとの事だ。
「…來那玲於…」
黎は男の名前を呟くと睨んだ。
周りは2人を見比べている。
「何で…何でこんな所に来たんだよ!お前は…ー」
「お前には関係ない!」
「関係ないってどういう意味だよ!」
玲於と呼ばれた男は、怒り、怒鳴っているが今にも泣き出しそうな複雑な顔をしていた。
「はいはい、揉め事は後にして下さいね」
ユイが手を叩きながら止めに入った。
玲於は小さな声で謝り、席へと座った。
「呉羽沢さんは1番後ろの空いている席に座ってください。包帯を巻いている双子の席の隣です」
「分かりました」
短く返事をすると席に向かって歩いていった。
少し上で女の子2人がニヤニヤと笑いながら話をしていた。
黎が横を通り過ぎようとした瞬間、足を横に出てきた。
「呉羽沢の生き残りが本当かしらないけど、人間がこのクラスに入ってくるなんておかしい…って居ない!?」
本当ならば倒れているはずの黎が居なかったのだ。
確かに足に当たった感触はあったのに。
ダンッー
「きゃ!」
黎は急に机の上に現れ、愛用のデザートイーグルを頭に突きつけていた。
黎は足を引っ掛けられた瞬間高く飛び上がり、背中に隠していた銃を取り出し今の状態にあたるのだ。
「私をそこらの人間と一緒にするな。お前達の様な吸血鬼ばかり相手にしてきたからな」
黎は感情の無いような目で女の子をじっと見つめながら言った。
「もう止めろ、レイ」
玲於が手を掴み止めに入った。
「離せ」
「今怒りをぶつける相手は此奴らじゃねえだろ!」
黎は舌打ちをし、銃を戻すと席へと向かった。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。あいつの事は許してやってな?色々あってさ。それと…レイの銃には気を付けろよ」
「え?う、うん…」
クラスの皆は玲於と黎を交互に見ていた。
この問題児ばかりのクラスにまた問題児が増え、ユイと副担任は溜め息をつき、頭を抱えた。
黎が席に座ると、五月蝿い2人が話しかけてきた。
隣の席の双子だ。
双子はクラスの中で1番若く、見た目は小学生ぐらいだろうか。
「お前の銃カッコイイな!」
「くーちゃんって本当に呉羽沢の生き残りの人なの?」
「…」
黎は黙って前を向いていた。
「…何だ?」
双子の視線に気付き、黎は横目でチラリと見ながら聞いた。
「何だ、じゃねーよ!俺たちが話し掛けているのに無視しやがって!」
「み、みーくん落ち着いて!」
暴れる水無月を神無月は抑えていた。
「私に言っていたのか」
「明らかお前に言ってただろ!?お前の他に誰がいるんだよ!」
黎は辺りを見渡し、自分以外近くに誰も座っていない事を確認してから「私か?」と冷静に聞いた。
水無月は「むかつく!」と言い突っかかろうとしたが、神無月に抑えられているのでバタバタと暴れていた。
「呉羽沢黎、水無月、神無月…廊下で立ってなさい!」
今まで何も言わず黙っていたユイだったが、堪忍袋の緒が切れてしまい雷が落ちてしまった。
神無月は「私も!?」と言っていたが「あなたも騒いでいたでしょう」とキツい言葉がきてしまい、一緒に立たされる羽目になってしまった。
黎は月夜学園に来て、初日から廊下に立たされてしまったのであった。