路上戦
―――人間は、嫌な予感と言うものをよく当てる。
虫の知らせ、と言うのだろう。統計とか心理を通り越して、何故か嫌な予感は当たる。当たってしまう。
「何でお前らがいるのかねぇ……」
つまりは、これもそう言うことだろう。
「ここの家の人でしょうか」
「まあ、そうだな」
警官の服装に胸に銀の菩提樹の葉の中に十字架が入ったバッジを着けた女性が話しかけてくる。
女性は長い茶色の髪を警官帽にしまい美人と言える整った顔に左目に切り傷の跡が残っている。
そして、首もとにはリングのような銀色の金属―――『アクセス』が装着しているのが見える。
……警備隊か。しかも、家の周りを囲んでいるのはC装備……強襲に使われる実戦仕様の服だ。確実に足がついた。
無理もない、この場所で動いている『アンドロイド』何て目立つ。『無頼漢』の中に紛れ込んだ『アクセス』使用者に漏れていても可笑しくない。
まあ、それを狙っていた訳だけど。そうでなきゃ、態々菊花を外には出さないだろう。
「それで、何か用か?ふざけたことならさっさと去れ」
「実はこの近くで金色の髪の狐耳の『アンドロイド』を見かけまして。『無頼漢』と私たちの関係のためにも回収をしないといけません。協力頂けませんか?」
「……ここから見て南東、五階建てのアパートの屋上に配備しているスナイパーを下がらせろ。話はそれからだ」
「……分かりました」
穏やかな物腰で話してくる女性に表情を読まれないために無漂白で条件を出す。
女性は条件を読むと首筋の『アクセス』に右手の中指と人差し指を置く。
……気配から屋根から下がったな。それにしても、これに動じてない、若しくはポーカーフェイスで隠しているとなれば、それ相応の実力者だな。最低でも他の奴らより頭一つ抜けている筈だ。
「下がらせました。知っている事を話して貰えませんか?」
「知っているさ。だが、お前らに話す必要はない」
「……それは何故」
「こっちにも色々とあるんだよ。最低でも、あれの正体についてはこっちでも掴んでおきたいからな」
その後なら協力してやる、と上から目線で言いながら足を少し後ろに下げる。
戦闘になれば、本気を出さざるしかない。拳銃は中だしな。
「逃げ出した『アンドロイド』は複数体います。皆さんの人命のためにも、どうか」
「……なるほどね」
女性の失言を聞き漏らさず、頭を回転させる。
菊花のような無限使用愛玩人形は他にも複数体、この『ケテル』に落ちている。それが見つかったと言う噂を聞かない限り、恐らく誰かが匿っていると考えて良いだろう。
……興味は一切ないから行動を起こすつもりはない。だが、警備隊が派遣される程度には菊花たちは特殊な立ち位置なのだろう。
「少し、興味が湧いた。その『アンドロイド』の特徴を教えてくれないか?」
「……協力するのですか?」
「言っただろ、興味だと。見かけたとしても教える事はない」
菊花たちの立ち位置を知るためには少しでも情報を入手しておかないとな。
「……まあ構わないでしょう」
よし、了承してくれた。
「今回こちらに落ちた『アンドロイド』は全機で五機。B型……獣人型で全員が高い戦闘力と人間と遜色ないAIを保有しています。人間そのものと言える知性のため、自身が『ご主人様』と認めない限り自身の主と認めない特徴があります。『アンドロイド』の中でも最高級で時価十数億は下らないでしょう」
「……ありがとう」
まあ、知れる情報はたかが知られる。落ちた数と全員の性質を知れただけでも大きい。
「それじゃあ、俺はこれで」
「……撃て」
俺が背中を向けて去ろうとしたところで女性の命令と共に銃声が鳴り響く。
「おっと」
銃声を聞いた瞬間地面を蹴り近くの建物の壁に右手の指を突き刺して壁に銃弾を回避し、撃ってきた女性の方を睨み付ける。
まあ、話している時から威圧感、もとい殺気で最初から害意に気づいていた。それでも俺がこいつらに近づいたのはデメリットよりもメリットが勝っていたからだ。
だが、俺が立ち去ろうとしてきた時に銃を撃ってきた。ならばこっちも抵抗しない訳にはいかないよな。
「……今のを避けますか」
「気配には敏感でね。だが、お前らはここで俺を殺さなかったのを後悔するぜ」
指を戻して壁から地面に降りると警備隊の軽機関銃が火を吹く。
拳銃を持ってないからなぁ……久々に飛び道具対拳の戦いだな。
「っしょお!」
着地した瞬間近くの廃車の陰に隠れこみ銃弾を守りながら壊れたフロントのガラス片を手に持ち上に投げる。
「くっ!?」
投げたものに反応して警備隊の一人が驚きながら歯を食い縛り軽機関銃を上に向け対処する。
確かに、その対処は正しい。毎日の反復練習の賜物と言える処置の仕方だ。
「だが、甘い」
「なっ!?」
軽機関銃を上に上げたため僅かに空いた軽機関銃の段幕を見逃さない。
廃車の上を飛び越え空いた隙間の中を疾走し警備隊に肉薄を試みる。
「シャア!!」
「危ない!」
勢いを利用した回し蹴りを警備隊の一人に食らわそうとしたところで両手に拳銃を装備した女性が中に割り込み二の腕で受け止める。
女性は蹴りの威力で数メートル飛ばされ、俺はすぐさま女性に銃の射程を無視して接近する。
「くっ……!」
すぐさま二丁の拳銃から弾丸を放つが俺は銃口から弾道を予測し顔を横にして避け、拳の射程範囲内に持ち込む。
「何て命知らず……!」
「命をかけるさ、このくらい」
あまりにも命知らずな行動に驚愕しつつも弾丸を放とうと腕を伸ばすが、引き金を引く直前に手の甲で弾き銃の向きを変えて軌道を変える。
変えた瞬間左の拳をフック気味に打つがこちらを手の甲で弾かれ拳の軌道を変えられる。
ガン=カタ。弾丸を打撃武器として使用する近接格闘術。二丁拳銃を使うのなら最も効率的な戦術だ。
駐屯地を襲撃した際にも何人か使い手がいたが、ここまでの腕前を持っている奴は初めて見た。
この戦術を使う奴の場合、何があっても攻撃を貰わないことが重要になる。
弾丸が当たると言うのは普通に痛い。人は痛みを感じると反射的に後ろに下がりやすい。下がらないようにすることも出来るが、それはやせ我慢に過ぎない。必ずボロが出てしまう。それなら意地でも当たらないようにするのが早い。
「しぶとい……!」
「そっちもな……!」
不敵な笑みでの拳と拳銃が弾き弾かれ軌道を双方反らされる。
二丁の拳銃と二つの拳の弾き弾かれ速度、円舞曲のような目まぐるしく変わる位置取り。それに加えての蹴りの技術。
必死に食らいついているのを顔に出してはいないが、相手の技量に押されてる。握りからの投げ技を何度も試みてるが全て不発。全て受け身を取られ絞め技まで持っていく隙を与えてくれない。
他の奴らが手を出してこないのが幸いだ。手を出されたほぼ詰んでた。
接近戦に持ち込んで女性に当ててしまう可能性を標示したことで軽機関銃からの攻撃を出来ないようにしたのが大きな要因だろう。
「せいっ!」
「がっ!」
腹にもろに蹴りをくらい後方に弾かれてしまう。
まずっ……!
「撃てぇ!!」
次の瞬間、軽機関銃の銃口から弾丸の一斉掃射が俺に向けて放たれる。
普通ならここで死を覚悟する。だが……生憎と、死ぬ気は無いのでね。生き汚いぜ、『無頼漢』は。
「あががががががががががが!?」
「なっ!?」
痛みを堪え右腕を両腕をクロスさせ頭を弾丸から守りながら急所に当たるのを覚悟して警備隊の一人の後ろに回り込み捕まえ盾にする。
「……生き残るためなら、なんだってしてやる。例えそれが外道な行いでもな」
冷徹ながら嫌悪を混ざった言葉を吐き捨てると盾にしたまま走り出す。
戦いの場に出たのなら全てを利用してでも勝つ。例えそれが外道だとしてもそれを否定する材料とはならない。
「ッショオ!!」
「くっ……」
動かなくなった警備隊の一人を投げ捨て掛け声と共に女性に蹴りを打ち込むが防がれる。
肉薄した状態を作り続けなければならないとは、なんとも皮肉だな。
「何と強い……これほどの猛者が『無頼漢』に居たとは」
「こっちとしても、あんたのようなガン=カタ使いがいたとはな」
弾丸の打撃が頬を裂くのと同じタイミングで俺の手刀が女の頬を切り裂く。
認めよう。この女は強い。警備隊の現場指揮の中でもかなり上位に位置しているだろう。それだけの強さがある。
「名前は何と言うのですか?」
「黒野蓮華。あんたは」
「楠木巴。警備隊の現場指揮の最高位、連隊長の位を与えられた者です」
互いの攻撃をのけ反る事で避けながら俺らは自分の名前を言う。
楠木巴か。その名前、覚えたぞ。
「ならば、この聖戦に感謝を――――!」
「面白いよ、お前は―――!」
互いに最高の賛美を送りながらのけ反りからの頭突きを繰り出し軽機関銃が撃てない距離ギリギリまで離れる。
ここからが、本番だ……!