D計画
「……よう『血雨』」
「やっと来たか……隣のやつが『アンドロイド』か?」
「そうだ」
「菊花です、よろしくおねがいします」
『血雨』との合流地点に向かい、物陰に隠れていた『血雨』に菊花を紹介する。
菊花は頭を深く下げ挨拶をし、『血雨』も頭を掻いて深くは突っ込むことはなかった。
「それで、追っ手は撒いたか?」
「何とかな……」
気を失った後、土下座をして謝罪していた時に電話がかかってきて『血雨』からより詳細な情報を入手した。
情報によると、自分をストーキングしてきた女にきっぱりと別れを告げた。その女は数秒間呆然とした後、暴走。隠し持っていたナイフで襲ってきた。
通常なら素人程度、簡単に御せる『血雨』も気迫と執念に気圧され逃走を余儀なくなった。
これが今回の事件の顛末だ。
いやあ……ヤンデレに別れ話とか、バッドエンドルート確定みたいなもんだぞ。よくそんな地雷を踏み抜いて生きていられるな。
「いい加減その女に好かれやすい性格をどうにかしろよ」
「好かれたくてやってんじゃねぇよ」
「……まあ、ここの女の性格的にはお前みたいなのがタイプと言うのは多いだろうな」
ここの女は基本的に強く逞しい。そのためか、自分よりも強い男に好意を寄せてしまう事が多い。
無論、強ければ誰だって言い訳ではないらしく、ちゃんと好みがある。そして『血雨』はたまたま自分の事がタイプだと言う女に出会ってしまうのが多いだとか。
まあ、『血雨』が自分の欲望のコントロールが上手くて良かった。どこでも乱痴気騒ぎを起こすとか洒落にならないからな。
因みに俺は男として見られてはいないらしい。……何かそれはそれで悲しくなってくるな。
「それで、撒けたのならさっさと行くぞ」
「嫁に怒られちまうぞ」
「無理です。逃げても無駄ですので諦めてくださいませんか?」
目線の合わせで意志疎通をすると『血雨』の服の襟を掴み引き摺って連れていく。
てか、菊花のやつ、少し怒っているのだろうか。目線が少しでけ怖いぞ。
「やっと帰って来たわね」
「げっ、ミューズ……」
『血雨』の家である二階建ての一軒家に入ると金髪碧眼の美貌を持つ美しい妙齢の女性が玄関に立っていた。
金色の髪は腰までストレートと伸ばし彼岸花の生花を使った髪飾りを頭に挿し、頬には龍のタトゥーを刻み、爪には赤いマニキュアを塗っている。
菊花と同じくタンクトップにジーンズを着ているのに凶暴さが滲み出ている。
これで人はかなり良いからなぁ……人は見かけによらないって、こういう事を言うんだと実感できる。
「げっ、じゃないわよ。また女においかけられたらしいわね」
「えっと、いやぁ、そのぉ……それはマリアナ海溝よりも深い理由が」
「問答無用!!」
「ガッ!!」
弁明もとい言い訳しようとした『血雨』の顔面に怒りの拳をぶつけ、倒れたところで馬乗りになって殴り続ける。
目尻に涙を浮かべるミューズの拳は一つひとつが重く深く『血雨』の顔面に沈めていく。
ミューズは五つのエリアの一つ、ヨーロッパエリア出身で向こうでボクシングジムを経営していた家に産まれたから殴りの技術は高い。単純な殴りの技量なら俺よりも上だ。
それにしても、全く……こんなに嫁さんから愛されてるな。
「あ、おじさん!」
「うん?おお、椿か。大きくなったなぁ」
「うん!」
家の奥からやってきた八歳くらいの少女が俺に飛び付いてきたため上に持ち上げる。
椿はミューズ側の母親の血を濃く受け継いでいるため二人とは違い髪が赤い。またミューズに似てかなり顔立ちが良い。しかも『縄張り』では珍しく穏やかで優しい性格をしているため、同年代の中で非常に中心的である。
そんな椿だけど俺のことをかなり慕ってくれている。まあ、夢が『蓮華おじさんのお嫁さんになる』と言ったときにはびっくりしたが。そのあと、『血雨』に本気で殺しあう事になったけど。
「このお姉さんは誰なの?」
「そういえば、貴女は誰?見た感じ『アンドロイド』のようだけど」
「菊花です。今は『ご主人様』に仕えています」
俺の上から降りた椿と『血雨』を殴り終えたミューズが同じタイミングで静かに立っていた菊花に気づく。
「へぇ……人工知能はかなり人間よりね」
「ねぇねぇこの尻尾はなんなの?」
「えっ……あ、きゃあ!?」
ミューズは頭を回転させ面白そうに見つめ、椿は菊花の尾を興味深そうに触る。くすぐったいのか菊花は顔を赤らめて身悶えさせる。
うーん……美人だからかなり扇情的になるな。まあ、俺は基本的に欲望がかなり鈍いから欲情しないけど、他の人はそうは見られないだろうな。
「イテテ……」
「おい、そろそろ本題に入れ」
二人が菊花に興味を向けている間に起き上がった『血雨』を回収し玄関から出る。
普通の店持ちでも気づかれるだろうが、俺は店を持つ前は暗殺者だった。そのため気配の察知・隠蔽・擬態する事が出来る技術を必要に迫られて高いレベル保有している。
「おいおい、何の話だ?」
「とぼけるな。……お前が俺に連絡を寄越すのは依頼の時だけだ。私情で使うことはあり得ない」
「……………」
壁に投げつけてもとぼけた表情をとっていた『血雨』だが俺の考えを聞いた瞬間、目を細める。
これはある種の信頼だ。『血雨』が家族に危険が及ばないように公私を混同させないと言う日常と非日常の区別をつけている事にたいしての、だ。
「お前が探していた物、見つかったぜ」
「……やっとか」
懐から葉巻を取り出した『血雨』は庭に備え付けられた物置からチップを取り出して指で弾きわたし、それを俺が空中でキャッチする。
俺がここに来てから、態々複数の店持ちと顔と実績を覚えて貰い、手を血で赤く染めてまで調査していた情報。それがやっと手に入ったのだ。
「にしても……何だったんだ、この情報は」
「……『D計画』」
「あん?」
「正式名称は『PROJECT DIRTY』。残忍かつ残酷な、歴史上類を見ない最悪の計画だよ」
手から血を流すほどの怒りを堪える『血雨』を少し流みした後、説明する。
『D計画』とは古くは第三次世界大戦後期から始まった『アクセス』使用者たちの兵器作成プロジェクトだ。捕虜を使った人体実験で人間に新たな力を宿し、究極の殺戮兵器を作る計画。DIRTYと言う英単語を使っているのも、『無頼漢』に対する差別意識から出来ている。
この計画の実験で使われていた被験者の一人が『市場』のサルーザである。サルーザの話だと、身体能力の底上げやリミッターの任意解除、思考の制限何かが実験の主だったものだった。これを『前期D計画』と呼ぶ。
だが、それは終戦と共に日の目に見ることはなく歴史の闇に葬り去られる―――筈だった。
その計画は『ミシレット社』が買い取り再編、元の計画よりおぞましく、凶悪な物に変質してしまった。これを『後期D計画』と言う。前期に比べてより人間から逸脱させているため、分けている。
ギフテッドのような天才を遺伝子の調整によって人工的に生み出した『DIRTY GIFT』。通称『DG』
人の神経を極限まで羽上げて痛みを完全に失くし痛みを恐れない兵士を作り出そうとした『DIRTY SOLDIERS』。通称『DS』。
人間の五感に働きかけ全身を快楽の海に堕とす禁断の麻薬を生成させる『DIRTY DRUG』。通称『DD』。
何があっても精神が壊われる事のない強固な精神を持つ人間を人工的に生み出す『DIRTY WHITE』。通称『DW』。
成功の有無もあるが、どれもこれも普通ではあり得ない、狂気に染まった人の意思を完全に無視した人体実験の数々。これによって生み出された犠牲者の数は計り知れない。
……正直に言って、この計画は反吐が出る。
俺自身、正義の味方である何て言うつもりはない。そんな資格、とうの昔に捨てた。だが、それでも心の中に残った絞りカス。それがこの計画を認める訳にはいかないと警鐘を鳴らしている。故に、この計画を破壊するための情報を収集している。
「チッ、『アクセス』使用者の野郎ども。俺らを舐め腐りやがって……」
「それじゃあ、店に戻らせてもらうぜ。一応今も仕事中だからな。あ、菊花の面倒を見てくれ」
「貸し一な」
「……まけてくれ」
俺はチップを裏地のポケットに容れると『血雨』とハイタッチしたあと、跳躍して屋根の上に登り無音で疾走する。
人は全くと言って良いほど来ないけど一応開店している。一応人は居ないといけないな。
「それに、何か嫌な予感がするんだよな……」
不吉なことを口から漏らしながら建物と建物の間を跳躍で飛び越えて更に疾走する。