菊花の『激憤』
食事を終えると俺らは店を出て通りを歩く。
既に日は昇りきっており、人通りもそれなりにある。昨日が平日だった事も大きいか。ここ、居住区だし。
(やはり、菊花を見ているな)
通りを歩いていると俺らの方をチラッと見る者が多い。だが、そこには悪意そこまで多くない。どちらかと言うと興味に多いか。
ここには『アンドロイド』関連の部品が流れており、それを改造、分解して商売している者や郊外に立てられた『アンドロイド』関連企業の下請け工場で働いている者は多い。
無法地帯で力の無い奴らが生きるために『アクセス』使用者の下僕になるのは必要な事だから誰もが暗黙の了解としているため、俺もとやかく言わない。
だが、実際の工場では『アンドロイド』の部品ばかりで実際に動いている様子は使用者たちしか見れないようになっている。そのため、実際に動いている『アンドロイド』を見たのは殆んど初めてで『アクセス』使用者に対する憎しみよりも動く『アンドロイド』への興味が強い、と言ったところか。
(やれやれ……適当な駐屯地を襲撃すれば動く『アンドロイド』を見れるのに)
まあ、中の見回りすらしない職務怠慢の上本体の実力も下の下だけど武装は一級品だから一般人が入れば死ぬか。そこら辺の境界はしっかりとしているからな、この場所は。まあそこら辺の境界が見れなければ死んでしまうからな、仕方ないと言えば仕方ない。
「それにしても……予想以上に綺麗ですね」
「そうか?」
視線に気づかない菊花は街の景色を見てそう呟き俺は首を傾げた後、納得する。
この街は基本的にコンクリートが整備されており、穴は空いておらず、ゴミの処理も上手く循環しているが少し空気が汚れているし、建物も長年洗われてないのか、薄汚れている。
これを汚いと言わずして何と表現できる。
「壁中にスプレーで落書きされていたり、コンクリートが捲れていたりしていると思っていました」
「おいおい……そこまで荒廃してないよ」
あまりにもズレた発言をする菊花に頭を抱えながら説明する。
昔は確かにそう言った荒廃した状態だったが、あまりにも酷すぎて商売に支障が出始めた。そのため、店持ちが整備するようになったらしい。結果、道路は問題なく使えるしゴミ処理もしっかり循環している。
「まあ、治安の方は悪いけどな」
「はい、そうですね……」
ふと脇の道を立ち止まって見てみるとホームレスが生気のない目で前の壁にある染みを数えていた。
誰もが仕事に就ける訳ではない。そのため、ホームレスは一定数いる。それに、ここのルール外なら何だってやって良いからな。
「キャアァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
「まあ、こう言うこともあるな」
「……主は後ろに」
だから、こう言う事だって平然と起きる。
突如悲鳴があがり、そちらを向くとボロボロの服を着た男が息を荒げながら血が付着したナイフを保有し、その足元に腹から血を流している女性が倒れている。
普通の人々が逃げ惑う中、平然としている俺の前に菊花が庇うように立ち男を睨み付ける。
殺しがルールで禁止されてない以上表通りでも当たり前に起きる。そのため、普通の人々にとって通りを歩くのも命懸けである。
だが、俺のような武闘派な店持ちにとっては殺人でもだいたい動じない。何せ、俺らの方が多く殺しているからだ。
「女ァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「五月蝿いです」
雄叫びと共に菊花に走り接近するが菊花の回し蹴りが横腹にヒットし真横に凪払われる。
「オオオオオオオオオオオオオオ!!」
「だから、五月蝿いです」
男が錯乱したようにナイフを振り回すが菊花は適切に裏拳や掌で軌道を変えて避ける。
マルチな活動が出来ると言う触れ込みだったから戦闘技術を見るために敢えて逃げなかったが……あそこまで上手いとはな。
「ごほっ!?」
「……薬物異常による錯乱ですか」
何度目か忘れた拳が顔面にヒットしながら倒れない男に菊花は冷徹な表情で再び近づく。
まあ、裏で取引されている薬物は危険性が強いものが多いし、こう言った事も起きやすい。
「ぎごべおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「いい加減、死んで下さい」
鼻の骨が折れ、顎が外れ、片目が潰れ、肩の関節が外れながらも襲いかかってくる男に怒った菊花が本気の拳を腹に打ち込む。
五回ほどの連打の後肘鉄で壁まで吹き飛ばし、飛ばした距離を利用して走って加速、勢いを利用してドロップキックを腹に食らわせ後ろの壁を粉砕する。
おいおい……一応コンクリート製何だが……どれだけ身体能力があるんだよ……。
「ぎ……ぎひ……」
「止めです」
泡を吹き完全に動かなくなった男の顔面を踵落としで完全に粉砕し、胸に指を突っ込む。弛緩した筋肉の中を指を突き動かし心臓を掴み抉り出す。
男は少し痙攣したかと思うとそのまま動かなくなり、菊花はそれを見下ろしながら確認すると心臓を地面に落とすと踏み潰し何度も踏みにじる。
(……予想以上に戦闘能力が高いな)
唖然としながらも思考を冷静ながらフルで回転させる。
今まで戦ってきた軍用『アンドロイド』は重火器を幾つもの搭載し高い制圧能力を保有しているものばかりだった。近接戦闘も出来ない事はなく、拳銃を利用して戦ってくる。
だが、どれも武器と呼べるものがあった。だが、菊花にはそれがない。それを補うだけの近接戦闘能力があるからだ。
パワー、スピード、持続力、耐久力。その全てが完全に他の軍用『アンドロイド』とは一線を画している。その上、場の情報をしっかりと考えたりする力も高い。
相手取り、勝つのは難しそうだ。無論、本気でやってもだ。
「『ご主人様』、終わりました」
「ご苦労様」
血に汚れた靴を片手に持ちながら礼をする菊花の頭を撫でると、菊花の靴を取る。
一応俺のお古を貸していたが……完全に壊れてしまった。まあ、良いかな。
「『ご主人様』……」
「良いって良いって。それじゃあ、行くか」
「……畏まりました」
申し訳無さそうな顔で見上げてくる菊花に笑顔を見せ再び俺らは歩き出す。
俺と菊花。菊花が慕ってくれている以上戦うつもりはない。だが、敵対した時――――俺は菊花を壊すことが出来るだろうか。
(……ならないだろう)
こいつの擬似人格を司るAIを壊さない以上変える事が出来ない。それを行える整備士はここにはいない。
何も問題ない……筈だ。やはりこれでも胸に残り続ける違和感を拭えない。時間を経てて調べていくか。