『無限使用愛玩人形』菊花
誰かを見捨てれないとき、俺は何時も決まった夢を見る。
それは、俺の始まりの夢だ。
俺の生まれは『アクセス』使用者の家だった。父親はとある企業の幹部で母親は父親の秘書だった。どちらも美形で三人の子宝にも恵まれ、順風満帆だったらしい。
『蓮華、貴方は自由に生きなさい』
『私たちのような、誰かを助けれる人間となれ』
『お兄ちゃん、絵本読んで!』
『ほらほら!さっさと遊びに行くわよ!』
優しく穏やかな母親、厳しくも真っ直ぐな芯をした父親、人懐っこくて無邪気な妹、強引だけどリーダーシップが強い姉。
穏やかだった、楽しかった。そんな優しい人生が長く続くと思っていた。
だが、それはある日裏切られてしまった。
俺は産まれた時から『アクセス』を埋め込まれ使用し続けていた。だが、八歳の時、数億人に一人の確率の『アクセス』に対する拒絶反応が出てしまった。両親はその拒絶反応を除去するために両親が勤めていた企業のとある実験に参加する事になった。
それが、|悲劇に繋がるとも知らずに《・・・・・・・・・・・・》。
「ちっ……何て夢見が悪い事だか」
良くない夢を見て少し怒りながら何時もの日課で水やりをする。
研究所を抜け出した後、『アクセス』使用者として生きるのを完全に諦め実験の結果極限まで高められた力と実験の過程で得た豊富な植物の知識を利用して『花屋』となった。
行き当たりばったりな上、血生臭い人生だったが俺は後悔はない。あんな地獄にいるよりもよっぽどマシだ。
「さて……」
水やりをし終えるとベッドに寝かした狐耳の少女を寝かした部屋に行く。
……?傷が塞がってる。自己修復できる人工皮膚でも開発されたのかな。……製作者も変態だが依頼人も変態だな。
「ん……?」
「あ、起きた」
少女の顔を見ていると瞼が開き瞳孔が縦に割れた金色の瞳が俺を見てくる。
瞳から怯え、戸惑いの感情が伝わってくるが……『アンドロイド』ってこんなに自然な感情をしているのか?
「……製作会社、使用用途、機体名を答えろ」
この三つはどんな『アンドロイド』も答えるものだ。聞くのは……ただの興味だ。そこから違和感を察することが出来るかもしれない。
「クトル製作所・ベスタコーポレーション共同開発、無限使用愛玩人形、RZシリーズB型『H―869』です」
質問に無機質かつ無感情で答えた『アンドロイド』は再び瞼を閉じた。
クトル製作所と言えば、高級『アンドロイド』メーカーだな。職人技を重視する中小企業で愛玩系の『アンドロイド』の製作技術が高く人間を素材に作り上げているとも噂されていた筈だ。
ベスタコーポレーションの方は軍事『アンドロイド』のメーカーで、生産性を重視している大企業で最高傑作である『スキュラ』は世界第三位の大ヒットを記録している。何度も戦った事があるが、その実力は本物で汎用性の高さと場所を選ばないオールレンジさは厄介だ。
その二つの共同開発と言うことはかなりの代物なのだろう。無限使用愛玩人形と言う肩書きは凄まじいな。
(それに、RZか……)
希少価値のRに続くアルファベットがZに近づけばその性能や金額は変わっていくる。
RZはその中でも最も高級の代物であり、最も高い実力と容姿をしている。付加価値を金で換算するなら10億は下らないだろう。
(だが……どこか、違和感を拭えないんだよな……)
獣人型であること、機体番号、製作元を聞いても俺がどこか抱いている違和感がまだ残っている。言葉に出来ないけど、大きな見落としがあるような気がしてならない。
(確か、エネルギー源は水分だったな)
大体の『アンドロイド』は水をエネルギー源にしているが、鉱物だったり人間の精液だったりと製作会社や客のオーダーによってそこら辺はまちまちだ。取り敢えず、水を用意しておこう。
「……襲わないのですか?」
「ぶふっ!?」
瞼を開けて起きた少女の卑猥な質問に吹きながら転びかける。
お、おそ、襲う!?確かに『アンドロイド』に醜い性欲をぶつける奴は存在するが。そりゃ、目的にもよるが人間とそこまで変わらないし人間のような子作りすら可能としているものもあるけど……!
「俺はそこまで変態じゃねぇ!」
「見た目は変わりませんよ?それに、頼んだのはご主人ですよ?」
「あー……俺はお前の製作者でも依頼人でもないよ。たまたまトラックから落ちたお前を保護しただけだ。それに、俺は『無頼漢』だぞ?」
「外道でも、醜くても、邪悪でも、『無頼漢』でも――『ご主人様』はあなた様です」
勝手に俺を『ご主人様』と呼ぶ少女に説明しても頑として考えを変えない。
何だよ、この頑固さは。まるで俺の事を正式に『ご主人様』として認識しているような感じだ。大体の『アンドロイド』は『アクセス』の認証で『ご主人様』を認識している。これではまるで初めて親鳥を見た雛のような刷り込みだ。そんな不安定な方式は『アンドロイド』では絶対に使われない。そんな事をすれば依頼人以外の人間、例えばトラックの運転手でも見させれば『ご主人様』として認識される事になってしまう。
依頼人としても、製造元としても圧倒的なデメリットでしかない。それを何故取り込んだ?
「たく……それじゃあ、食事を取りに行くがお前のエネルギー源は何だ?」
「一般の人と同じような食事で構いません」
「分かった」
少女の要望を聞くと俺は台所の方に向かう。
やれやれ、昨日多めに買っておいて正解だった。……普通の食べ物をエネルギー源としている、か……体がロボットでなければ人間だったのかな。
「取り敢えず、作りま」
「私が作らせてもらいます、『ご主人様』」
「って、おい!?服をき……うわっちっちっ!?」
俺が卵焼きを作りベーコンを焼いていると少女が全裸で入ってきたため驚きのあまりベーコンを焼いていたフライパンを放り投げてしまい、手に熱々のベーコンが乗ってしまい火傷を負ってしまう。
くっそ~。こっちに来るのは予想外だって……!何で服を着てこなかったんだよ……。
「……そう言えば、B型の服は無かったな」
『無頼漢』である俺が『アンドロイド』を保護する何て誰が予想できる。
「仕方ない……『菊花』、料理の方を頼むぞ」
「分かりまし……『菊花』とは誰の事ですか?」
「お前の事だ」
命名に疑問を覚えながら溶いた卵をひっくり返す菊花に俺は頭をくしゃくしゃと掻きながら吐き捨てるように説明する。
「一々『H―869』何て呼べるか。俺はお前を人間として扱う以上、機械的な名前を呼ぶつもりはない」
「……分かりました」
説明に納得したのか、頬を桜色に染める菊花から離れた場所でスマホを取り出す。
B型の服を作らせるためにあいつに連絡する。あいつならそこら辺の融通が効くからな。
『もしもし~?何ッスカ『花屋』さ~ん』
「久しいな、夜見。少し頼みがある」
連絡先から少し間延びした女性が応答する。
青木夜見。服飾系の『協同体』で働く女性だ。
『協同体』と言うのは幾つもの店が集まっている組織だ。遥か昔の『ギルド』と呼ばれた組織に近い。
『協同体』に加盟していない店のように大きな力や深い知恵を持っている訳ではないため、いきなり襲撃される事が多い。
「偶然、B型の『アンドロイド』を保護してしまった。服がないから服を作ってくれ」
『りょうか~い。それじゃあ、工房に後で来てね~』
そう言うと通話は切られる。
何時もながらフリーダムな奴だな……まあ、今は代用品を使うか。
「うーん……これで良いかな」
タンスから服を取り出して代用品を探し、黒のロングコートを取り出す。
身長が足りなくてあまり似合わないからしまっておいたが……これを代用品として使うか。
「おーい、そろそろ出来たか?」
「はい。……そのコートはどうしましたか?」
「服を買いにいくまでの代用品だよ」
料理を並べていた菊花にロングコートを手渡すと菊花は照れながらすぐに着る。
……見える部分が限定された事で全裸の時よりもエロく感じるのは気のせいだろうか。まあ、そう言った感情のコントロールは上手く出来るから襲う事はないけも。
「それじゃあ、飯を食うか。いただきます」
食パンにベーコンを乗せて食べる。
美味い。俺が何時も使っている物の筈なのにここまで美味しくできるのか。塩加減、胡椒の加減が完璧だ。
「お味の方はいかがですか?」
「美味いぜ、菊花」
「ありがとうございます」
菊花は少し頬を桜色に染めながら箸で卵焼きを食べて柔和な表情を浮かべる。
料理する人間が変わればここまで大きく変化するのか……。ここには高級料理店が無く安酒を提供する酒場くらいしか食事しないから、すっかり忘れてた。何も知らなかったガキの頃、両親と姉や妹と一緒に行ってたのに。
(……そう言えばあいつらはどうしているのだろうか)
俺はあの後から『アクセス』使用者の居住区には入っていないため、両親とも姉とも妹とももう会っていない。あの後からのあいつらの人生は俺にも把握できてない。
だが、会うつもりはない。それは俺の積み上げてきた物の否定でしかないのだから。
「どうかしましたか」
「いや、何でもない」
食パンを見つめていた俺に不自然そうに尋ねる菊花をよそに食事を再開する。菊花もそれを察して食事を再開する。
今はこの美味しい食事を満喫する。それが一番重要だ。