『金蜜』の少女
「……弱いものだな、警備隊」
血濡れたコンクリートで作られた部屋の中で血に汚れた手を運良く汚れてなかったタオルで拭く。
警備隊の駐屯地、その施設の中は凄惨とも言える状況となっている。
床は壊れた『アクセス』の山とまだ生暖かい血の海となり壁や天井は俺の攻撃によって生まれた血飛沫と肉片で元の色が何かすら分からない状況になっている。死体はもはや原形を留めておらず肉の塊と表現した方が良いような状態だったり、骨が曲がってはいけない方向を向いた状態だったり、体の部位が抉られた状態だったりと、常に生と死が隣り合わせではない『アクセス』使用者はこれを見たら吐くか失神するだろう。
まあ、その全てを行ったのは俺なのに、こんな無責任な発言はどうかと思うが……あまりにも人を殺し過ぎてそこら辺の感覚が壊れてきたのだろうか。
殺すことに躊躇いはないけど、進んで殺したり殺すことに快楽を見いださない。効率的、合理的だから殺すと言うべきか。店持ちの中でもこれはちぐはぐなものだろう。
(だがまあ、この領地で店を構えると言うことは、そう言うことだろうが)
『無頼漢』たちにとって力と知恵だけが正義。だが、それ相応の代価を必要とする。精神が色んな意味で壊れている店持ちは多いからな。
店持ちたちが壊れたのはあまりにも人の死を直視し続けたこと。そこに善悪は無く、屍を積み上げて出来たトロフィーを持ち続けたことがいけない。
「まあ……こんな物を使っているのが悪いんだろうけど」
血の海に沈んでいたコードが千切れた顔のような楕円形の球体を持ち上げる。
これは『アンドロイド』と呼ばれる『コネクト』の技術の前段階からの発展から作られたロボットの頭である。
義手、義足、AI、人工皮膚、義体技術、人工臓器、人工筋肉、電子工学等の『コネクト』作成における基礎技術の実験として製造された人に等しい姿、質感、知性を持った人形。そこでインスピレーションを得たとある科学者が人形を発展させたのが『アンドロイド』。言うなれば、『コネクト』の兄に当たる存在だ。
使用用途としてはこの『アンドロイド』のような直接戦闘や戦闘支援等の軍事目的、家事等の生活補助、更には買い手の仕事を代わりにする『アンドロイド』もある。
見た目も多種多様で、今回のような人としての形だけで人工皮膚もないロボットのような見た目のものから、普通の人間のようなもの、獣人、エルフと言ったファンタジー色の強いものまである。その見た目や性質、性格、知性も専門の整備士に頼めば自由に変える事が出来るため、需要は多く、『アクセス』使用者の多くは一人一機は最低でも保有している。
(俺からすれば『人間の体をしていない人間』としか見れないけどな)
体はロボットだが、その知性や働きは人間のものだ。人間の姿をした『アンドロイド』を壊すのは好んでしたくはない。なんと言うか、人間を殺しているような感じがして進んで壊したくない。
だから、このタイプの『アンドロイド』でよかった。……壊すことに躊躇わなくて済む。
(それに、これは使用者どもの怠惰の証みたいなものだしな)
『自分では死を見たくない』『自分だけでも生きたい』。
こういった戦闘のみしか出来ないロボットを見ているとそう言った魂胆が透けて見える。己の肉体で生死の境界を歩いている俺からすれば異常としか見えない。
戦闘がメインの仕事に就いているのに、死を見たくないとは、殺さなければ殺されると言う世界の条理から大きく外れてる。
「さて、そろそろ徹しゅ……おっと」
『アンドロイド』の頭を地面に落とし踏み潰して出口の方に向かっていると背後から殺気を感じとり足を止める。
銃声と共に揺れるように背後からきた弾丸を避けながら脚を動かして背後を見る。
おっと……一名、運良く生きていたのか。それにしても、今から立ち去ろうとしている俺に発砲するとは、愚かとしか言えない。生きて帰れたのにそれを棒に振ったのだから。
「化け物め……!」
唇を噛みしめ腹から血を流しながら銃を向ける警備隊の生き残りを冷静に見ながらホルスターからゆっくりと『凶星』を抜く。
一々あれをするのも面倒だ、拳銃で始末をつけてしまった方が速い。それに、窮鼠猫を噛むの言葉通り、自棄になった相手ほど面倒なものはない。
故に、この判断は正しい。
「貴様ら『無頼漢』は我らになることを拒んだ劣等種風情が……!」
「その劣等種に負けるお前らはそれ以下だと思うけどな」
吠える生き残りを嘲りながら銃を下ろさずしっかりと狙いを定める。
たまにこっちに来る使用者の連中よりも話の通じない警備隊の相手を一々するのも面倒なんだよな……。
「我らの方が優れているのにな……え?」
生き残りの自慢を無視して『凶星』を発砲。額に当たりそのまま生き残りを始末する。
自分たちの事を無駄に紹介していたが、俺にとって興味ない。そんなの、ただの時間稼ぎか命乞い程度にしか聞こえんよ。
「おう、そっちは終わったか」
「まあな……て、やはり凄いな、その武器」
建物から出ると肩にガトリング砲を携えた『血雨』が立っていた。
『血雨』が得意とするのはガトリング砲による拠点制圧。広い空間があればほぼ一人で無双できる。『血雨』と言う異名もここから出来ている。
まあ、室内戦闘がそこまで得意ではないため、俺が呼び出されたのだろう。
(まあ、脳筋過ぎるとは思うけどな)
『血雨』も俺の戦いかたを『神経質すぎる』と評価しているからどっちもどっちだと思うけどな。
「保護の方はどうなってる」
「出来ている。だが、ヒデェ……卵巣を『アクセス』に変えられていやがる」
「チッ……卵巣を『アクセス』に変えられたとなれば、卵子を無制限に製造する事になる。まさか……」
「ああ……受精していやがる」
苦虫を潰したような顔をする『血雨』の発言に俺は手を両目に当てて天を仰ぐ。
ただでさえ、『アクセス』の摘出で卵巣を摘出するのに、更に好きでもない人間の子を産むとなると、母体の精神が壊れても可笑しくない。
「保護対象は」
「ああ……全員、産んだ後に『アクセス』を抜く事になった」
「……そうか」
まあ、それが妥当な判断だな。俺だってそうするのを進めるさ。
「それで、お前が面倒を見るのか」
「そりゃそうだろ」
「……嫁にまた怒られるぞ」
「うっ……」
呆れが混ざった提言に『血雨』はたじろく。
こいつは既婚者で嫁さんは超のつくほど美人。それなのに『血雨』が数多くの女を助けたりしているため好いている奴らは多いため嫉妬しており連れて帰ればかなり怒る。その後、俺を連れてやけ酒して酔い潰れて俺が対処するのだ。俺を巻き込まないで貰いたいものだ。
「ま、まあ良いだろ」
「はあ……それじゃあ、金は何時ものように」
「ああ、分かったぜ」
『血雨』とハイタッチすると駐屯地を出る。
さて、後から暇だし買い出しでもするか。
「ふんふんふ~ん。買い出しも上手く言ったな」
夜道を鼻歌交じりで人気のない道を通る。
基本的に無法地帯である『縄張り』で夜道を平然と歩いているのは規格外と言うことの証拠であるため、基本的に襲われない。
「おっと」
エンジン音が聞こえたため、脇道に逸れると菩提樹の葉の中に十字のマークがトラックが通っていく。
……『ミシレット社』のトラックか。だが、使用者がこんな地面を走る車を使うのは珍しいな。
「……あん?」
トラックが行った方向を見ていると何か布が巻かれたものが落ちるを見る。
『アンドロイド』が振動で落ちてしまったのだろうか。
「……何だこれは」
興味を持ち布を広げて見るとビニール袋に包まれた蜂蜜のような金髪の長髪に頭には狐の耳、臀部には尾が生えた少女がいた。
『アンドロイド』なら箱詰めされているが……確か、向こうにも合法、違法の区別があるし、これもそうなのかもな。
「だが、製作を依頼した人間はかなりのサディストのようだな」
幼さと儚さが残る狐耳の少女の体を裸体見て目を細める。
顔以外の至るところに傷のようなデコレーションがされており、生々しい事に血のようなデコレーションもされている。皮膚が破けて人工の肉が見えるし、か細く呼吸しているように人工臓器の肺の動いている。再現度が高いし、製作者はかなりの腕を持っているのだろう。
「……見捨てれない俺はダメな人間だな」
自分の感情に心底うんざりしながら少女を抱き抱えて再び歩き始める。
合法だろうと違法だろうと『ミシレット社』の商品には違いない。関われば確実に面倒事に巻き込まれる。だから放置するのが得策なのだろう。
だけど……何て言うか、見過ごせないと言うか……兎に角、複雑な感覚がするからこいつを保護しなければならないと思ってしまった。
合理的な損得勘定か生物的な感情か……俺は感情を選んだ。選んでしまったのだ。
「俺も結構お人好しなところがあるな……」
自己分析で自分の性格に呆れながら俺は自分の店の中に入り少女をビニール袋から出すと体の傷を包帯で巻いてベッドに横たわらせる。
ああ……包帯がそこそこ無くなってしまった。取り敢えず、明日にでも買いに行くか。
(それにしても……何か質感に違和感があったな)
肌に触れて思ったが今まで触った事のある人工皮膚よりも柔らかく、人肌のような温かさがあった。ここまで人間に似せる意味はあるのだろうか。
「まあ……良いか」
俺は隣の空き部屋の物置から布団を取り出して敷くとさっさと横になる。
今日は散々な一々だったな……。まあ、今度暇が出来たら『細工師』にでもスクラップにして貰おうかな。