『花屋』の蓮華
「撃て!撃てぇ!!」
隊長格の男の号令と共に『アンドロイド』と『アクセス』使用者の傭兵たちが持つ最新式の機関銃が火を吹く。
あいつらの後ろにある工場が俺の目的地、そしてあいつらにとってこの場所は上からの何があっても守れと言われている。その上、俺がここ以外の他の建物を破壊しつくしているため、状況が切迫しているのだろう、最早形振り構わない事がよく分かる。
錬度も高い。警備隊の連中のように権力に胡座をかき努力を怠っている訳ではないようだ。
「だけど、意味が無ければ0点何だよな」
「な、なぁ!?」
雨のような弾幕の中を一切傷つかず平然と歩く俺に隊長格は目を見開き弾丸を撃つのを止めるほど驚く。
本気の俺には武器は通じない。全力でなければ傷つける事は出来ただろうが、今の俺には通じないため無駄でしかない。
「受粉」
弾幕に埋もれながら呟いた瞬間背中から金色の『粉』が一定空間の中に散布される。
これは正確には『粉』ではない。だが相手にとっては『粉』、若しくは可視化できた『微細な機械』としか見れてないだろうから『粉』と言うのが分かりやすい。
「なっ!?き、機械が!?」
「どうなっている!?」
「システムエラーにより、活動を一時停止します」
金色の『粉』を大量に浴びた銃は全て機能が停止、『アンドロイド』も銃と同じ運命を辿る。
水の中にハードディスクを入れて内部を壊すのと同じくこの金色の『粉』には機材に大量に付着することで機械を電気信号や電波、赤外線の動きを阻害し機能不全を起こす、反物質と言う特性がある。
普通の『アンドロイド』や『アクセス』ならこれで使用すれば暴走の危険性があるため機能を強制的にシャットダウンさせる機能があり、それを作動させる状況を作り出し作動させ完全に意味を無くす。
体内に埋め込んだ『アクセス』なら目眩まし程度の効果でしかないが精密機械にとって最も厄介な特性だ。だが、これは副産物でしかない。本当の効果はここからだ」
「ナイフを持て!!すぐに殺るぞ!」
「発芽」
使えなくなった武器をすぐさま捨てた傭兵たちがナイフを手に接近し振るわれたナイフが当たる直前、俺が呟く。
――――惨劇は、始まった。
「がぼべぼべゃ!?」
最初に倒れたのは一番接近した傭兵だった。
突然吐血したかと思うと眼球を内側から押され飛び出し、全身の穴と言う穴から尋常じゃない血を流し、筋肉は不規則かつ奇妙な痙攣を起こし、全身の骨が粉砕する音と共にのたうち回っったのち、動きを止め、死んだ。
血の中には、金色の『粉』が垂れ流れ、そこから血のように赤く、茎に黒い斑がある花が一瞬で咲き誇り死体を覆い隠す。
これはただの『粉』ではなく『花粉』だ。金色の花粉は神経、筋肉、血管を暴走させ破壊させ死に至らしめる禁断の麻薬である。
「「「…………………」」」
惨たらしい死に様を目に焼き付けた傭兵たちと俺の間に静寂の音色が流れる。
―――次は、お前らの番だ。
「うぼぇばよげりょ!?」
「に、逃げべごぼげェェェェェェェェェェエ」
「外に出てたのに何オゲェェェェェェェェェェェェェェ!?」
何かの拍子に中にいた傭兵たちが全身の穴という穴から血を流しのたうちまわり、外に逃げていた傭兵たちも問答無用で血を吐き苦しそうにのたうち回る。
この『粉』は呼吸器に入り込み最初の一株の命令により発芽、急速に成長に宿主を破壊し死んだところで花を咲かせる。その一株は俺が保有している。
「ひ、ヒィィィ!!」
唯一、金色の花粉の檻の外にいた隊長格は腰を抜かし顔を恐怖で歪めながら拳銃を発砲する。
だが、恐怖より生じる両手の震えによって弾はまったく別の場所に飛ぶ。
「な、何なんだ、何だよ、お前!?何でお前はこんな事が出来るんだよ!?」
「お前が『あいつ』を奪ったから」
「奪った!?いなくなった『バグ』が悪いだろうが!!」
怒り喚きながら発砲する隊長格に血濡れの花園を通り近づく。
そんな事、『無頼漢』には関係ない。お前らの暴論も、理屈も、理論も、何もかも俺らには通じない。
「この……化け物めぇ!!」
「……化け物を生み出したのはお前らだろ」
手が届くところまで近づき隊長格の首を手刀で切り飛ばす。
「沈殿」
手を拭きながら金色の花粉に命令し地面に花粉を落とすと重厚な合成金属のドアをこじ開け中に入る。
さて、あいつを取り戻しに行くか。
―――何故、この惨劇は起きたのか。それは時間は、数日前に遡って始まる。
「ふわぁ……」
俺はあくびをしながら花に水をやる。
俺の名前は黒野蓮華。珍しい黒髪赤目の男だ。何故男を強調したかと言うと女と間違えられる名前の上、女みたいな童顔と160センチの低身長のせいでしょっちゅう女と間違えられるためだ。
今はのんびりと数年前に開業した花屋を営みながら生活を送っている。まあ、何度か俺の事を女だと思って告白してくる連中もいるが。……男のストーカーほど恐いものはないからな。自衛するだけの力が無ければ男に陵辱されていただろう。
「……今思い出しただけで寒気がしてきた」
鳥肌が立ってきたため水やりを終えると店の中に入り椅子に座って客が来るのを待つ。
まあ、今時こんな店に来るのは本当の物好きくらいしかいないけど……まあ、生きた花を求めないのは当然と言えるか。
「今日も快晴、と」
窓から石畳風の床に落ちる日と窓から見える天にそびえる塔を見る。
天にそびえる塔は『ミシレットタワー』。超巨大『アクセス』関連企業『ミシレット社』の本店であり、高級ブランドが軒を連ねる大型複合商業施設だ。
「さて、と……」
椅子から立ち上がり『アクセス』の本を持ってきて読み始める。
『アクセス』とは、2800年代後半に発明された特殊サイボーグ技術である。それ以前から開発が進められていた人工皮膚や人工臓器、義手や義足、義眼と言った技術と芸術家や医者などの協力によって開発されたものだ。
どんな特徴や性質を持つ人間にも適合し、一つでも装着していればVRやARと言った世界に入る事ができる。また、それに伴ってありとあらゆる技術が大躍進し、いまでは旧時代とは比べ物にならない文明となった。
そして2800年代終期。『アクセス』関連技術で世界最高峰の企業『ミシレット社』が各国政府に働きかけ、『アクセス』の使用を全世界の住民の義務とする憲法が全世界に作られた。
これに多くの人間が賛同し、それと同じくらい多くの人間が反発した。それが行われれば全世界が『ミシレット社』の支配下になる事を意味していた。そして、第三次世界大戦が勃発。6年にも及ぶ戦争で反対派の国々は壊滅し、2950年現在、全世界の人口の九割が『アクセス』を使うようになった。そして世界は五つのエリアに別れ、都市の区画は大きく変貌した。ここも元は『日本』と呼ばれた国の『東京』と言う場所だったらしい。まあ、今では別の名前をつけられてるが。
そして、今でも『アクセス』を使わない一割を『無頼漢』として分類され、存在そのものを犯罪者であり差別の対象の一つとなっている。
そして、俺もその『無頼漢』の一人だ。
「何が『アクセス』だ、下らない」
吐き捨てるように言うと中の花に如雨露で水を与える。
花の需要も多くなくなったのは『アクセス』が原因である。VRやARが発展した今、現実の生花は『ミシレット社』傘下の企業が生産している。
様々な技術が『ミシレット社』と繋がり、その結果個人運営の農場や工場はその多くが廃れた。そう言った店が残っているのは『無頼漢』たちの『縄張り』だけだ。
『無頼漢』たちの『縄張り』は各国が思っているよりも多く、この日本の東京と呼ばれていた場所でもそれなりに存在している。ここの『縄張り』の名前は『ケテル』。『縄張り』の中でも随一の広さを誇る、『ミシレット社』のお膝元にある『縄張り』だ。
「やれやれ、向こうではお盛んだこと」
店の反対側の路地を見ると若い男女が盛っており辟易とした様子で文句を言いにいく。
『縄張り』にはそれぞれの縄張りごとにルールがあり、それ以外は基本的に自由だ。そのため、殆んどの『縄張り』は治安が悪く売春、人身売買、違法ドラッグ、と言った犯罪の温床になりやすい。この『縄張り』も例に漏れず、『縄張り』の中でも下から数えた方が早いほど治安が悪い。
「おい、お前ら」
「あぁ?何だてめぇ。この女に用か?」
「いや、俺の店の前で盛らんでくれ。他の場所でやってくれ」
「ちっ……わーったよ。行くぞ」
「ええ、そうしましょう」
俺が注意すると盛っていた男女は双方自分の腕を相手に絡ませて去っていく。
治安の悪い『縄張り』であればあるほど自営業の店は存在するのが難しい。逆に言えばとことん悪い場所で店を持てる人間は、そこら辺の人間や『コネクト』を使った人間を軽く凌駕する程の戦いの技術や知恵を持っている。
己の力と知恵だけが正義の世界。それが『無頼』たちの世界なのだ。
「やれやれ……おや、いらっしゃい」
「あぁ?……何だ『花屋』か。てめぇ、どこに行ってたんだ?」
「ちょっと人の店の前で盛ってる連中に注意してきただけだよ、『血雨』」
店の方に戻ると黒い車が止まっており、中から人が五人が出てくる。
一人は筋肉の塊を無理矢理納めたようなパツパツの黒スーツを着た2メートルはあるスキンヘッドの大柄な男と同じく黒いスーツを着た男が四人出てあり、四人ともスーツの下に拳銃を入れている。
抗争が始めるのなら、俺の方に軍配が上がるのが目に見えているのだから黒スーツの護衛たちがいるは意味はないのにな。
「お前の噂、また聞いたぞ。……警備隊と喧嘩したらしいな」
「ああ。……手伝ってくれねぇか」
俺が最近聞いた事を伝えると『血雨』はあっさりと肯定し頭を下げてくる。
警備隊と言うのは、第三次世界大戦以降の治安維持組織であり『ミシレット社』の傘下の一つ。普通の警察以上の特権が与えられている組織だ。そのくせ、俺らへの差別意識が強く、非道かつ相手の心を無視した犯罪をする。そのため、俺ら『無頼漢』たちにとっては厄介な事この上ない天敵だ。理不尽な暴力ほど厄介なものはない。
『血雨』こと秋雨紅蓮としても警備隊と戦いたくなかっただろうな……こいつの店はこの『縄張り』の建物の建設会社。無駄な破壊は好ましくないのだろうし、起こしてしまった喧嘩はしょうがない。
因みに、『血雨』と俺は同い年である。何故、こんなにも差が出てしまったのだろうか。
「報酬は」
「二千万だ。お前を巻き込むのならこんくらいは出さねぇとな」
「……場所を教えろ。さっさと殲滅するぞ」
「へっ、流石だぜ『花屋』」
「……お前に褒められても嬉しくも何ともないがな」
俺の背中を笑顔で力強く叩いてくる『血雨』に無表情と怒りの声音で叩くのを止めさせると店の奥に入り服を脱ぐ。そしてぶら下げておいたTシャツを着てその上に防弾チョッキを着る。さらに耐火性に優れた黒い軍用コートを着る。
この軍用コートは俺の愛用品で耐火性のみならず防弾性にも優れてるコートだ。まあ、手に入ったのは闇市で流れてきたものだけど。
「久しぶりの仕事だぜ、二つとも」
腰にホルスターを付け、少し笑顔で呟くと整備していた銀の自動拳銃と黒の自動拳銃を装備する。
銀の自動拳銃『契約』。第三次世界大戦後期に作られた拳銃で装弾数は20+1。高品質かつ高い反動の低さ、命中精度、整備のしやすさに反して高い威力を発揮する名拳銃。ただし、作った会社が戦争時に潰れたため製法は不明。
黒の自動拳銃『凶星』。戦前の日本が生み出した戦後の拳銃で装弾数は25+1。反動が強い代わりに拳銃随一の高い威力がある。だが、連射には向かないため、ろくに扱っているのは俺だけだ。
(まあ、これよりも良い銃は向こうではあまり作られてないけどね)
戦争が起きても勝てる、と言う自信の現れなのかもしれないな。
「出来たぞ」
「おう。やっぱし、その格好が一番似合うぜ。あの時を思い出す」
「……ああ」
店から出ると『血雨』が俺の姿を見て感慨深そうにし、俺もそれにつられる。
『血雨』とは何度も戦闘を一緒に経験している。最後に共闘したのは一年くらい前か。まあ、中々の地獄だったな。
「それじゃあ、場所の説明だ」
感慨から戻ってくると『血雨』は部下から貰った地図を車のボンネットに広げる。
「あいつらの場所はここ。北門の近くの駐屯地だ。ここにこっちの女を強引に入れて改造して陵辱していやがる。俺らが動いてるのもそこから逃げてきた奴を俺らが保護したからだ」
「つまり、喧嘩ってのは駐屯地に戻そうとする警備隊と保護した奴を守ろうとしたお前らの喧嘩か……『細工師』には連絡したか」
「ああ」
この街で唯一『アクセス』の着脱の出来るあいつがいなければ『無頼漢』に戻る事は出来ない。頼むのは必須だ。
「俺は正面から潰す。てめぇは裏手から侵入しろ」
「分かった」
そう言うと俺は車の屋根の上に乗り、五人は車の中に入ってエンジンを踏み込み、車が走り始める。
俺がこんな事が出来るのも、とある実験の副産物なんだよな。まあ、これはこれで別に構わないか。
走りはじめて十数分、目的の駐屯地の近くで車を止めて屋根から降りて警備隊の人間に見つからないように接近する。
警備隊の人間は全員土気色の迷彩服に自動小銃を持っている。まともにやりあうには一々めんどくさいため放置する。効率的に動くには無駄を省かなければならない以上、仕方ないことだ。
「さて……では、行くか」
門の警護をしていた警備隊員を左の『契約』で射殺し、右の『凶星』で鍵を破壊すると門を開けて侵入する。
警備隊の奴ら、基本的に裏門の防備が薄い。そこを不意打ちでつけばあっさりと入る事ができる。まあ、相手もそれなりに訓練をしているから普通の人がやっても無駄。店を持っている人間でなければ難しいだろうけど。
「……他方から勝手に見られるのは不快だ」
走りながら流れるように『契約』の銃口の照準を施設の防犯カメラのレンズやマシンガンの銃口に向け引き金を引き、連射して無駄一つなく破壊する。
「弾切れたな」
マガジンを外し防弾チョッキに取り付けた新しいマガジンを抜き取り装填し、二つの銃をホルスターに戻す。
ここから先は、銃でやらない。あいつらを簡単に殺すのは『花屋』の名前が廃る。
さて、死を授けに行きますか。