第10話 白鬼夜行事件
今回改行多めにしてみました。
「さて、どこから話したものかな」
学園長席にエリスが、応接スペースに残りの四人が着席した。
「君たちは、白鬼夜行事件を知っているかな」
「白鬼夜行事件?」
「いえ、聞いたことないです」
俺、セシル、天霧の三人は首を傾げた。
しかし、ダグラスだけは思い当たることがあるようだ。
「あんな事件、忘れようったって忘れられるもんじゃない。
皆、口は噤みますがな」
「エリスさん。何なんですか、その百鬼夜行事件というのは」
「今から約三十年前。
当時の五大学園に数えられていた神聖学園で起こった、人の手による史上最悪の連続殺人事件だ」
「連続殺人……!?」
「三十年前とはいっても学園都市だ。
勇者になろうと門戸を叩く者は今と同じくらいいたし、警備体制も今と遜色はなかった。
何しろ学園都市外周では今も昔も魔物の被害は少なくないからね。
しかし神聖学園は、当時の五大学園の中でも最強の実力を持つと言われていた学園 。
警備体制どころか学生の質そのものが極めて高く、犯罪の発生件数も少なかったそうだ。
そんな学園で、ある日事件が起こった。
当時の学園序列第九十九位の学生が、何者かに殺害された」
「何者か、ってのは?」
「事件当日の夜になって、ひとつ上の序列第九十八位の学生だったことがわかった」
「じゃあ、その九十八位の学生が白鬼夜行事件の犯人だったんですか?」
「犯人の一人だった」
「……話が見えないんですが」
「続きを話そう。
殺害された学生は心臓を一突きにされていて即死。
しかも死体は学園都市の正門前にわざわざ目立つように置かれていた。
犯罪もろくに起きない学園都市内でこれほどの事件が起きれば、噂が広まるのはすぐだ。
教師たちも躍起になって捜査をして、なんとかその日の夜には犯人である九十八位の学生を特定することができた。
翌朝すぐにでもその学生を拘束しようと動いたが、ここで予想外の事態が起きた。
その学生が、同じ手口で何者かに殺害された」
「……振り出しに戻っちまったな。
じゃあ2件目の事件の犯人は?」
「これもその事件当日の夜だ。
更にひとつ上の序列九十七位の学生による犯行だった」
「待ってください。
もしかしてこの連続殺人って……」
「君たちの推察どおりだ。
この白鬼夜行事件は、九十九人の犯人による九十九件の連続殺人事件だ」
「事件というか、もはや怪談だな。
一人が九十九人殺すならまだ話はわかる。
九十九人が九十九人を殺すって、常軌を逸してるだろ」
「当時の教師たちの見解もレイブンと全く同じだったよ。
二人三人ならまだしも、それ以上の人数ともなると……ね。
当時の話だが、幸いなことに次の犠牲者と犯人がわかっていることから、対策は比較的容易だった」
「でも防げなかったんですね」
「翌日の加害学生に教師がつきっきりで見張りをしていたそうだ。
しかしある瞬間に忽然と姿を消し、翌朝には校門に死体があったということだ。
時には軟禁したり、監禁したり。
封印魔法をかけたり、催眠魔法で眠らせたりもしたそうだが、だめだったようだな。
対策が容易だと思っていただけに、それができないとわかった時点で打つ手がなかった」
「加害学生だけなんですか?
被害学生を守らなかった理由は?」
「被害学生は前日の犯行後、姿を消していた。
魔力の残滓もなかったため、足取りを追うことができなかったようだ」
「一つ気になったんだが。
白鬼夜行事件は九十九人の犯人による九十九件の連続殺人だって言ったよな。
最初の被害者は九十九位、加害者は九十八位。
なら、九十九件目の被害者は第一位だよな。
じゃあ加害者は誰だ?」
「これがこの事件における最大の謎だ。
九十九件目の事件の被害者である第一位の学生を殺した犯人は、
序列第九十九位、すなわち一件目の事件の被害者だった」
「……は?」
最後の事件の加害者が最初の事件の被害者?
何を言ってるか全くわからないが、話しているエリス自身何を言っているのかわからないというような顔をしている。
「それ、本当なんですか?」
「【過去透視】と【魔力照合】の複合スキルによる確認だ。
間違いなく第九十九位の学生だったとのことだ」
「これじゃ迷宮入りだな。
犯人も被害者も一人も残ってねぇんじゃ、これ以上調べようもない」
「ところが、一つだけ手がかりが残った。
白鬼夜行事件には神聖学園で起こったこと以外に唯一共通点があった。
九十九件全ての犯行で、同一の凶器が用いられていた」
「初耳ですな。
白鬼夜行事件が迷宮入りしたのは俺も知っていたが、同一の凶器が用いられていたのは知りませんでしたぞ」
「これは超のつく秘匿事項だ。
白鬼夜行事件は終わった、そう思わなければ人々が安心して暮らせないからな。
こんな狂気の事件が未解決だと知れれば、世界中パニックだ」
「で、その凶器は今どこに?」
「見つかってはいない。
だが、その凶器が何なのかはわかっている。
遥か昔に作られた武器で、その名を妖刀『白鬼夜行』という。
白鬼夜行は妖力とも呼ばれる独特な魔力を放っていて、その特徴は比較的単純な魔力測定でも容易に検出することができる。
曰く付きの刀で、白鬼夜行に関する観測情報は当時から比較的詳細に整っていたようだ。
そのお陰で被害者の傷口から白鬼夜行が放つものと同一の魔力が残されていることがわかり、白鬼夜行を使った犯行であることがわかったというわけだ。
白鬼夜行事件の後、有力な学生を悉く失った神聖学園は恐慌状態になった。
五大学園の一角はおろか学園としての機能を維持できなくなり解散。
今はその面影もなく、悪党どもの巣窟として利用される廃墟に成り果てているそうだ。
……白鬼夜行事件についてはこんなところだ」
「エリス先生。
今の話、白鬼夜行事件と、レイブンたちを拘束しようとしたことに一体何の関係があるんですか?
三十年も前の事件が、彼らに関係あるとは思えないんですが」
「普通はな。
私がわざわざ凶器の話をしたのはなぜだと思う?
それはな、その凶器が今になって現れたからだ」
「もしかして、というかもしかしなくてもなんですけど……」
「セシル、君の持っているその純白の刀。
それこそが、三十年前に姿をくらました白鬼夜行事件の凶器、妖刀『白鬼夜行』だ」
「何ですって!?」
天霧は驚きのあまり立ち上がった。
話の流れからしておそらくそんなことだろうと思っていたが、まさかクレナからもらった刀がそんな曰く付きのヤバいものだったとはな。
「セシル、レイブン。
君たちを拘束して連行したかったのは、なぜ君たちがその刀を持っていたのかということ。
君たちと白鬼夜行事件との関連性について。
そしてセシル、君の今の状態についてだ。
一つずつ聞こう、その刀はどうやって手に入れた?」
「俺が天霧との試合の前にもらったもんだ」
「もらった?誰に?」
「クレナって女子からだ。
中等部の三年だと言ってたが」
「中等部三年のクレナだな。
わかった、すぐに探させよう。
それから、白鬼夜行事件との関連だが……まあ、ないと思っている」
「ないな」
「ないです」
「だろうね。
何しろ三十年も前、君たちが生まれる前の事件だ。
最後にセシル、体に異常はないか?」
「今のところは、特に何も」
「そうか……ならいいんだ。
私が最も危惧しているのは、君が百件目の事件の加害者となってしまうこと、あるいは第二の白鬼夜行事件の始まりとなってしまうことだ。
異常がないなら今は構わない。
だが、もし何か異常があればすぐに言ってくれ。
そのためにも、君には定期的に詳細な身体検査を受けてもらいたい。
自覚できない異常が起きるかもしれないからね」
「そうですね。
ですが、お断りします」
「……すまない、何だって?
聞き間違いだろうか、お断りしますと聞こえたんだけど」
「聞こえた通りです。
定期的な身体検査はお断りします」
これには流石にエリスも予想外だったようだ。
が、これは俺も予想外だった。
「お、おいセシル少年。
どうして身体検査を断るんだ?
白鬼夜行は連続殺人事件の凶器だ。
しかも犯人を代えてもなお使われ続けた曰く付きの刀。
そんな物を持ち続けて、いつ君が殺意に芽生えないとも限らない。
悪いことは言わない、検査を受けるべきだ」
「ダグラスさん、たしかにあなたの言うとおりだと思います。
でも僕は検査を受けるつもりはありません」
「なぜだ!?
なぜそこまで頑なに検査を拒む!?」
「理由は言いたくありません」
「レイブン、君からも言ってやってくれ。
検査を受けるべきだと」
まあ、そりゃあそうだろう。
こんな曰く付きの刀を持っていて検査を受けないなんてのは普通じゃないな。
「セシル。
嫌なら別に受ける必要ないぞ。
俺の【魔力感知】もあるし、異常があればすぐわかるからな」
「レイブン!
全く君たちは……。
わかった、検査はなしでいい。
だが、異常があれば必ず、すぐに言ってくれ。
手遅れになってからでは遅いからな」
「まあ、それくらいなら」
「やれやれ……わたしの用は終わったよ。
ああ、レイブン。
君の合格手続きはこちらで進めておくから、今日はゆっくり休んでくれ。
また会おう」
その場は解散になり、俺達は宿屋へと歩いていた。
天霧は寮だそうだが、方向が途中まで一緒らしい。
ダグラスとは一足先に別れた。
「ねえ、セシル。
その刀、捨ててしまえばいいんじゃないの?
捨ててしまえば、セシルが誰かを殺したりすることもないと思うのだけど」
「多分この刀、捨てられないんだ。
僕の魔力とこの刀の魔力が、すごく強く結びついているのを感じるんだ。
多分捨てても、勝手に戻ってくると思う」
「そりゃまた便利なことだな。
勝手に戻ってくるなら、何度でも投げ放題なわけだ」
「自分の武器を投げつけるのはあなたくらいのものだと思うわよ……。
とはいえ妙ね。
レイブンが使っていても何もなかったのに、セシルが持った途端に本当の姿を現すなんて」
「まあ、そうだな」
これについては心当たりがありすぎる。
セシルは人間で、俺は魔族だ。
おおかたこの妖刀は、人間にしか取り憑くことができないんだろう。
「その刀のこととかあなた達のこととかは、追々教えてもらうことにするわ。
レイブン、セシル。
今日は助けてくれて本当にありがとう」
「ううん、気にしないで」
「おう、恩に着ろ」
「もう、レイブンってば」
「レイブン、上着ありがとう。
今度会ったときに返すわね。
それじゃあ、これからよろしく、ふたりとも」
天霧と別れ、俺達の激動の一日が終わった。
しかしこの激動の一日など、これから始まる学園での日々に比べればごくごく平穏な一日に過ぎなかったのだということを、今の俺達はまだ知らない。