第1話 魔王、入試を受ける
俺は今、訳あってとある学園の入学試験を受けに来ていた。
特別勇者養成機関『学園』は、若い才能ある者を集め育てることで世界の脅威たる『魔王』に対抗する力『勇者』を排出することを目的としている。
しかしその育成の実績は勇者の排出に限るものではなく、勇者の活動をサポートする各界の実力者を多数排出している。
その結果、今や勇者を目指す者だけでなく、より高みを目指す者が集まる世界有数の教育機関となった。
学園が誇る勇者育成課程『勇者科』は今なお学園の花形である。
入学の門戸は比較的広くとられているものの、妥協を許さない厳しいカリキュラムのために卒業していく者はわずか。
ほとんどの入学生は途上で進路を変更したり退学していくうえ、卒業したとしても勇者として認定されるにはさらに厳しい条件が課されている。
勇者として認められ、卒業できる者は極めて少なかった。
そんな勇者科を卒業した勇者が魔王を倒したとの知らせが世界を駆け巡ったのは、今からおよそ一年前のことであった。
なお、その魔王とは俺のことである。
勇者を名乗る少女との七日七晩に及ぶ激闘の末に敗れ、致命傷を負った俺は紆余曲折を経て学園、それもよりによって勇者科の門戸を叩くに至った。
「なぜ俺がこんなところに……」
「なぜって、一緒に学園に入って人間世界の勉強しようって言ったでしょ?」
何を当たり前のことを、という顔でこちらを向くセシル。
小柄な体躯に大きな瞳、柔らかな髪、一見すると少女のような少年だ。
俺とは一緒に試験を受けた友人……ということになっている。
「言った、確かに言った。
学園に入るのは了承した。
だがな、勇者科とは聞いてないぞ!」
「大丈夫だよ、レイブンならちゃんとやっていけるから!」
心配しているのはそこじゃない。
勇者に敗れたとはいえ俺は元魔王だ。
そんな奴が魔王を倒すための教育機関に入っていいはずがないだろ。
「一応受けるだけは受けるし真面目にやるけど、途中で元魔王だってバレても知らないからな!」
「大丈夫、受験資格に『魔王でないこと』とは書いてないから」
そりゃそうだろう。
魔王が何人もいてたまるか。
「それにさ、誰もレイブンが元魔王だなんて疑いもしないよ。
だって魔王は勇者に倒されたんだし、それに」
「だーっはっは!
おい見ろよアドラス!
こんなところにレベル1が紛れ込んでるぞ!」
「……レイブンレベル1だし」
大男がこちらを指差し、大声で笑っている。
その隣にいる爽やかな笑顔の優男アドラスに言っているようだ。
「やめなよ、ゴーダ。
受験資格には『レベルが2以上であること』とは書いていないんだ。
どんなに弱くても、例え初戦で一秒で敗退するとしても、受験を妨げることはできないんだ。
優しく、生暖かく見守ってあげようじゃないか」
「それもそうだなぁ。
だが知っての通り俺様は親切でな。
公の舞台で無様を晒すよりは、受験を諦めた方がいいってことを教えてやりたいんだ」
「君もお節介だね。
ほどほどにしなよ。
【魔力操作】に【魔力感知】なんて外れ地味スキル持ち相手に本気を出しては、再帰不能にしてしまうからね」
「悪いなぁ、俺様は手加減が苦手なんだ。
レベル1、レイブンか。
そういうわけだから、レベル18の俺様ゴーダがお前に世間の厳しさって奴を教えてやろう」
知性の無さそうな見た目に反してちゃんと鑑定スキルを持っているようだ。
鑑定スキルは真面目に訓練すれば誰でも習得可能なスキルだが、訓練が地味すぎて意外と未習得者も多い。
習得段階では対象の名前とレベルが見られるようになり、少しレベルを上げると対象の持つ特定のスキルを看破できるようになる。
後ろの優男アドラスは俺のスキルまで看破した。
鑑定スキルのレベルもきちんと上げているようだ。
「へえ、そいつはありがたいな。
お前みたいな木偶の坊がどれくらい世間を知ってるのか、ぜひ実力で見せてくれよ」
「この……レベル1風情が、舐めるな!
食らえ、《サンダーランス》!」
ゴーダの手の中に稲妻の槍が現れ、投擲の体勢に入った。
大きく振りかぶり、放たれた瞬間、
槍が爆発した。
「ぼはぁ!?」
「何っ!?」
ゴーダは爆発の衝撃で気絶、アドラスは爽やかな笑顔はどこへやら、驚いた顔で俺を見ている。
「一体何が……何をした!?」
「さあ、よく分からないなぁ。
魔法が暴発したのかなぁ?
いやぁ、助かった助かった」
「白々しい……。
でも何をしたのかはどうせすぐにわかる。
試験の間に、君を暴いてやる」
アドラスは捨て台詞を残すとゴーダを起こして去っていった。