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誘拐

 いよいよ明後日が遠征の日だ。今日は買い物に行くことにした。街の中を歩き回るのは久しぶりである。


 一応アレン様に言っておいた方がいいわよね。


 アレンの部屋に向かっていると廊下でオリビアに出会った。

「あら、オリビア。今からお祈り?」

「ええ。そうです」

 彼女はツンとして答える。

「わたくしこれから街に買い物に行こうと思っているのですが、アレン様はお忙しそうでしょうか?」

「猊下は今日この後から来客の予定がありますわ」

 それならば、アレンとは別行動がいい。なにより今日は贔屓の商店で限定モデルの下着が発売される。ついてこられるのも困るのだ。私はオリビアに買い物に行ってくると伝言を託し一人外へ出かけた。


 久々に一人で歩く開放感に気分が弾む。店が立ち並び、賑わいを見せている。目的の下着を買い、あっちこっち周りながらショッピングを楽しんでいると、ひそひそとした声が聞こえてきた。

 何を言っているのかわからないが、その内「聖女」という単語が耳に届いた。


 顔が思ったよりわれている。遠巻きに様子を見られているうちにさっさと教会に帰ろう。


 荷物を持って踵を返すと、中年の女性が私に駆け寄ってきた。


「失礼します、貴女様はもしかして聖女様でいらっしゃいますか?」

「いいえ、残念ながらわたくしではありませんわ」

「そうですよね、こんな場所ではお答えできませんよね。もし、聖女様ならお願いがあります。どうかわたしの子どもを助けては貰えませんか」

 女性は今にも泣きそうな顔で私にすがる。

「何かあったのですか?」

 さすがに私も鬼ではない。事情だけでも聞いてあげよう。


 私が興味を示すと女性はホッと息をついた。


「実は息子が大病を患い先日、ついに薬師に寿命の宣告をされたのです。聖女様の大規模浄化の時は私の家まで魔法が届かず運の無さを呪ったものです。絶望の中、聖女様を見つけました。お願いします。どうか私の家まで治療に来ていただけませんか?」


「治せるかどうかは約束できませんよ?」

「結構です。治る可能性があるならば診て頂きたいのです」


「わかりました。案内して下さい」

 女性の涙に、心が折れ動きついていく。


 暫く歩き、女性が案内した家に入る。

「汚い家で申し訳ございません。この中におります。どうぞ、よろしくお願いします」

 彼女は寝室のドアを開けた。


 部屋の中はしんっと静まり返りカーテンが閉まっていて薄暗い。

 中に入った瞬間横から刃物を持った男が飛び出し首元に光るものを当てられた。


「貴方が病気の子供ですか?」

 念の為、尋ねるが返事は返ってこない。

「あんたにゃ悪いが、俺たちについてきて貰う」

 後ろにいた年配の女性は縛る為のロープを持ち近寄ってくる。


 まさか、誘拐とは。


 お金目的だとしても、教会や国を相手取るのは規模が大きすぎて悪手では無いだろうか。それ程暮らしに切迫詰まっているのかもしれないけれど。


 もし仲間がいるなら、わざと茶番にのって一網打尽にするのもありよね。あ、でも遠征に間に合わないと困るわ。



 私は、はぁ〜とため息をつき男が向けている刃物を指で摘むとポキっと折った。男は身を見開きながら、もう既にない刀剣の先を見つめる。


「残念ながら、レディーを誘う心構えから勉強したほうがよろしくてよ」


 半狂乱になった男が叫びながら素手で向かってくる。私はひょいっと避けて背後に回り男の首を人差し指でドスっと刺した。勿論、適当に加減したが、一撃で男はドサっと倒れた。


「まぁ、か弱いこと!」


 私が、口に手を当て驚いて見せると、ロープを持った女が驚きに目を見張り、誰か!捕まえとくれ、と叫ぶ。すると女の奥からぞろぞろ柄の悪い男達が5人程出て来た。その手には大丈夫様々な武器が見える。


「死ななきゃ何をしてもかまわないよ」


 私は向かってくる男達を素手で千切ってなげ千切ってはなげた。武器を出すまでもない。というより武器を使ったら致命傷になってしまうだろう。


 適当に手加減して相手をしていると最後に向かってきた男の長剣の切っ先が私の持っていた紙袋を切り裂いた。

「きゃぁぁぁ、何をするのです!」


 私は青ざめた。限定の下着がスッパリ切れ、はらはらと床に舞って行った。

 朝から列に並んだ私は最早涙目である。


 床にしゃがみ、悲しみにくれながら生地を拾い上げて落ち込んでいると頭上から剣が降ってくる。

「殺すんじゃないよ」と焦りが混じった女性の声が聞こえた。

 でも、そんなものは私に効かない。剣は頭にあたるや否や刀身があらぬ方向に曲がった。


「よくも!やってくれましたわね!絶対同じのを弁償して貰いますわよ!」

 私がタグを引きちぎり丸めて力を込めて足元に放り投げると男は衝撃で吹っ飛んでいった。


「何が聖女だ……ゴリラじゃねぇか」

 男はそう言って気を失った。なんて失礼な男だろう。その評価に不満を抱きつつ、残った女性に目をやり私は笑顔をつくる。

「見苦しい姿をお見せしてすみません、そのロープはもっとありませんか?」


 女性は引きつった顔になりながらも、快く私の言うことを聞いてくれた。

 私は動けない男達を縛り上げ、最後に女性を縛りパンパンと手を叩き外に出てる。玄関には馬車がつけてあった。


 御者は、驚きに満ちた顔で私をみる。

「なっ……どうしてっ?」


 お仲間だろう、私を乗せて何処かへ連れ出す予定だったに違いない。


「実は皆様眠ってしまったのです、貴方がいて助かりました。お運びしたいので手伝っていただけませんか?」


 御者を軽く拘束して馬車に、縛り上げた者達を放り込む。

「これでよろしいですわね。とりあえず城に運びましょうか」

 私は御者の隣に座り城に出発させる。


 御者が、私を恐ろしい者かの様に見てくるのがイマイチ納得できないが、言うことを聞いてくれるならその方がいい。



 城に着くと門の前に兵がおり、私を見るとすぐ姿勢を正し一礼した。多分、前に町中で追いかけっこした時に私の顔を見たのだろう。事情を話すと直ぐに対応してくれた。私を一度応接室に案内したいというので兵に連れられ、城を歩いていると通りすがりの身なりの良い男性に話しかけられた。おそらく城勤の貴族だろう。


「貴女様はもしやお噂の聖女様ではございませんか?」

「そんな大層な存在ではございません。チェルシー・シュガーレットと申します」

 貴族の男はやはり!と目を輝かせた。


「お会いしたいと思っておりました。なかなか機会が巡って来ず、これが女神様の采配かと疑わずにはいられません」

「はぁ」

「ああ、失礼いたしました。私はバイロン・ジュレミア。息子が3人おります」


 ジュレミアはゲームの中でも見た事ある土地の名前だ。伯爵以上の地位の方だろう。適当な返事など出来ない。

「まぁ。それは将来も安泰ですわね」

「ええ。ですが三男が未だによい縁に巡り会わなくて、困っているのです」


 これって縁談を仄めかされてる?


「まぁ、そうだったのですね。魔王討伐で王都を離れるわたしくしには力が及ばず申し訳ありません」


 私が困った顔を見せると伯爵は笑顔で頷く。

「大丈夫です。まだ三男も十になったばかりです。時間はまだまだあります故、この度の遠征が終わりましたら一度我が領地へご招待しましょう」

「ありがたいお誘いですが枢機卿に聞いてみませんと」

 とりあえず教会を匂わせておけば大丈夫だろう。身分差でごり押しされそうだ。

「それは残念です。ではまた遠征後のパーティでお会いしましょう。その時に色良い返事をお待ちしております」

「それではまたパーティで」

 私がにこやかに切り上げると貴族は去っていった。ところがまた違う貴族が挨拶にやってきた。よく見ればチラチラと此方を伺う目線が無数にある。

 挨拶しても挨拶しても人が途切れず、揃いも揃って同じ事をいう。やれお茶会に招待したいとか、自分の息子がいかに有能だとかそんな話である。


 聖女として価値がでたので、縁を繋ぎたいのだろう。ゲームでは、この主人公は社交とはあまり縁のない世界にいたはずだ。途切れない挨拶に辟易していると、遠くから騎士団長の声が聞こえた。

「殿下がお呼びですよ」の一声で、周りの貴族達は渋々去っていった。まさに鶴の一声であった。


「ご迷惑をおかけしました」

「いえ、騎士団様が謝る事ではございませんわ。少し疲れましたけれど」


 やっと応接室に辿り着くと、レイ殿下が退屈そうに待っていた。

「遅い!」

「申し訳ありません。なかなかお話が途切れなくて」

「其方の価値が貴族の間で変わりつつある。一人ででかけるなぞ、無用心にも程がある」

 言われてみれば、そうかも知れないが今までと何も変わらず暮らせていたのでちっとも気がつかなかった。

「今言われて気がつきました」


「今までチェルシーが気がつかなかったのは枢機卿のおかげたろう。彼が教会に届いた其方宛の手紙を確認、選別しているはずだ」


「アレン様が……」

 休暇のはずなのにしょっちゅう自室に籠っているのは、そのせいだろうか。それにしても縁談やお茶会招待の手紙なんて回された事ないけど。


 私が気づかなかっただけで、きっとまた守られていた。

 そう思うと、胸が熱くなるのを感じる。そして、一抹の不安。魔王討伐が終わり、彼と離れたら私は一人でやっていけるのだろうか。


「それにこの時期に、誘拐未遂まで起こるとは。この件はよく調査しておかなければならないな」

 レイ殿下は私を待つ間既に報告は受けている様だ。


「はい。あの者達がただの営利目的だったらそれで良いのですが……。魔王討伐が迫っていなければ、わたくしが囮になったものの!」

 わたしが本気で悔しそうな顔をすると、騎士団長は呆れた顔になったがレイ殿下はその案を顎に手を当て一考する。


「ふむ、悪くはないが誘拐された先が他国だと面倒だな。あやつらが吐いた情報次第では、今から囮を使い誘拐されてみるのも手だな」


「わたくしは他国の線は薄いとおもっておりますが……。もしわたくしにお役立て出来る事がありましたらお呼びください」


 ゲームの中では他国とはかなり友好的にやっているようにみえた。

「ふむ」


 私はその後、魔王討伐の遠征の話を聞く。私の周りにはキール兵団長と護衛騎士を10人程つける予定になっているらしい。


 その他の細かい報告を聞き、ではそろそろと立ち上がろうとするとお茶菓子を出された。

「まぁ、もう少しゆっくりしていけ」

「はぁ」


折角なのでお菓子を頂く。流石お城のお菓子だ。とっても美味しい。


「うまいか?」

「はい!毎日お茶しに城に通いたいくらいですわ」

 私がにへっと笑うと、殿下は私の隣に腰を下ろした。


「わざわざ、お茶しにこなくっても毎日食べれる方法があるが?」

「お金を払えば運んでくれるのですか?おいくらです?」

「違う、城で暮らせばいいだろう?」

「お城は権力争いの渦巻く場なので、わたくしは遠慮しておきます。今日はとっても疲れました」


 レイ王子はにやりと笑った。そんな顔も素敵である。

「わかった、考慮しておこう」

「?」


 私が首を傾けていると騎士団長がピクリと動き、迎えがきましたよ。と教えてくれた。どうやら騎士団長が教会に報告したらしい。


 迎え?

 そこでハッと気がつき、青ざめる。

 城の中まで迎えにくる人など一人しか知らない。


「殿下、わたくし城で暮らすのも悪くない気がして参りました」

 私は悪い事をしていないが、絶対怒られる。経験則でわかる。


「ほぉ?だが今は帰った方がよかろう。其方に説教をするのは、私の役目ではないからな」



 使用人が扉が開けるとそこには私の想像通り、緋色の礼服を着た美しい顔の男性が立っていた。


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