仮面の君
朝を迎え、教会の客室で目覚めた私は急いで支度しアレンの部屋に行く。
「フレイヤは来ていませんか!?」
「大丈夫だから君はちゃんとローブを着てね」
昨晩は、フレイヤがまた来るのではと気が気ではなかった。応戦体制でアレンの部屋にいすわったが、日を跨ぐ頃に部屋に戻されてしまった。
「絶対許せません!ここを早く出ましょう」
私は寝ぼけるカークを起こし、教会を出る。もうこれで会うことは無いはずだ。
ただの恋敵ならまだしも、アレンに危害を加えるつもりなら私も本気で邪魔をしなければ。
荷物は新しくとった宿に置き、私達は手分けしてエリスの捜索をする。
町や港で聞き込みをしたものの、特にこれといった情報を得ることは出来なかった。
しかし、アレンの情報はあっという間に町中に巡ったらしく、街人からはフレイヤを聖女に勧める声が散見された。その中に恋人としても勧めてくるおばさんが何人かおり、私がイライラしたのは内緒の話である。
「もうやめにしよう。この街にはいないって事だよ」
そういったカークを睨みつけるが、実は私もそんな気がしてならない。
「もう少し探します!」
「いやいや、無駄だって」
「まぁ!」
言い方にカチンとして反論しようとするとアレンが私の手をとった。
「美味しいご飯でも食べながら休憩にしませんか?お姫様」
アレンはディナーに誘っているようだ。アレンが言うと、自分が本当にお姫様になった気分になる。
こう言われては私は頷くしかない。
「はい」
なんで枢機卿の言う事は聞くんだ、と怒るカークの声が聞こえた。
仕方がないじゃない。私がアレンに勝てるはずがないのだから。
「よかった。今日は予約しておいた店があるんだ。ダニエル、カークを頼むよ」
私はアレンに連れられ馬車に乗る。どうやら二人で行くみたいだ。ついた場所は海が見えるレストランだった。
外観から、それなりのお金持ちが来る場所なのがわかった。私は〈アイテムボックス〉からドレスを選び装備の変更を行う。昼間のようにローブを着ては入れない場所なので私は目から上だけを隠せるショートベールをしていくことにした。
「こうしてお洒落をするとデートみたいで少し照れますね」
「僕はデートのつもりだけど?」
私は口が緩むのを隠し、アレンのエスコートで中に入る。
大きく開かれた窓からは水色の澄んだ空に夕焼けのオレンジが混ざり合う。幻想的でとても綺麗だ。
「お刺身が有名なところなんだよ」
「アレン様っ……!」
素敵すぎます……!
心のヨダレを拭き席に向かおうとした時だった。
「あれっ?アレン様!?」
嬉しそうに駆け寄ってくるのはフレイヤだった。
「こんばんは。まさか、こんな所で会えるなんてすごい偶然ね」
フレイヤは黄色のドレスで着飾り昼間あった時よりもずっと色っぽくなっていた。
「貴女もこの店に?」
「ええ。仕事の話で……。そうだ!折角だもの。ご一緒しない?」
嫌ですよ。とは言えない。店の中で騒ぐ訳には行かない。
「僕は構いませんが、其方のお連れの方は宜しいのですか?」
アレンの問いにフレイヤはいいわよね?と連れの男性に目配りをする。
「折角のご縁だ。私からも同席をお願いするよ」
穏やか声の男性だ。チャールズと紹介された彼は淡いラベンダーの髪色をしている。前髪は眉下で真っ直ぐに整えられており、毛先は肩の少し上で綺麗に切りそろえられていた。さらりと揺れる髪は艶やかでよく手入れされていることがわかる。
おかっぱ男子だ!
男は豪奢な仮面で目元を隠しているため顔がわからないが凛とした声からは私と同じくらいの歳だと感じられた。
「ところでそちらは?」
フレイヤは私を見る。
「ルーシーだよ」
アレンが答えるとフレイヤは少し目を見開く。
「どうして……?あっ、こんなこと聞いちゃダメよね。ご一緒していいかしら?」
嫌にきまってるでしょう!といえたらどんなに楽か。
「ええ」
「よかった!ほらアレン様行きましょう!」
フレイヤはアレンの腕に絡みつく。
えっ!?一緒に来た方にエスコートして貰わないの!?
ヤキモチを焼くとか以前に失礼なのでは。そう思ってもアレンはフレイヤの勢いに押され連れてかれてしまった。
私は仮面の君と取り残される。
「一緒に参りましょうか」
「あぁ。連れが失礼をしてすまない」
「いえ」
そこで私はようやく仮面の君が杖をついていることに気がついた。
「足が悪いのですか?」
「いいえ、目が少し。宜しければ席まで手を引いて頂いてもよろしいですか?」
「勿論です」
私はなるべくゆっくり歩き、杖が椅子の足に引っかからないよう気をつけて歩く。案内された席は窓側のとても素敵な席だ。アレンとフレイヤは横並びに座っている。
私は仮面の君が座るのを介助する。
「よければ診るけれど」
アレンがそう言うと仮面の君は首を横に振って笑う。
「これは生まれつきのものなんだ。大丈夫、食事は慣れたものだよ」
宣言通り仮面の君は美しく食べてみせた。
「2人はどのようなお関係なんですか?」
私の質問に仮面の君が答える。
「僕の今の仕事のパートナーでね。カヌレの街の聖女と縁があるとは光栄なことだよ」
「あら、お戯れを」
フレイヤのまんざらでもない顔にアレンは真顔になっている。しなだれかかった彼女からはアレンの表情が見えない様だ。
またくっついて……!
「そう言えばアレン様は王都の聖女について詳しいのよね?彼女はどんな人なの?」
「聖女はチェルシー・シュガーレットただ一人だ。つまらない冗談はそろそろやめてくれないかな?」
アレンの冷たい瞳にフレイヤはいそいそと姿勢を正した。
「そんな冷たくして、後で後悔してもしりませんよ?」
「絶対にそれはない」
「そうかなぁ」
彼女がおどけてみせると突然背後でバタンと椅子が倒れ、食器が落ちる音がした。
大きな音に驚いて振り返ると先に食事を取っていた2つ奥のテーブル席に座っていた男性が床に転がり胸を押さえている。
「大丈夫ですか!?」
フレイヤは誰よりもはやく男性の元へ駆けつけポケットから瓶に入った水を飲ませた。
アレンは男性の手を取り男性のステータスと経過をジッと見守る。
ぐったりした男性は水を飲まされ状態が安定したかの様に見えたが、はげしく咳き込み再び苦しみだした。
「えっ!?どうして……?なんで……」
フレイヤは目を見開き激しく動揺する。
ステータスを確認していたアレンも顔が険しくなる。
「いけない。このままでは!」
アレンは治癒魔法を施す。しかし、状態は芳しくない。
「アレン様」
私が呼びかけるとアレンは頷く。
魔法を使えば、バレるかもしれない。聖女が不正入領。とても外聞のいい話ではないが、誰かを見殺しにまでして守ろうとは思わない。
ううん、寧ろこの噂で逆にエリスをカヌレ領に呼び出してあげるわ!
そして、私は歌を歌った。
客が注視する中、私は歌う。小魚が宙を舞い、青く淡い光に包まれた男性は落ち着きを取り戻していった。
「銀髪……」
フレイヤの呟きが聞こえる。
「もう大丈夫だ」
ステータスを確認していたアレンが男性の手を離した。
その場からは拍手が沸き起こった。
ショーか何かと思ってくれたら……そう思いアレンをちらりと見る。
彼は緋色の礼服を着ている。
大衆演劇でも役者が正式な礼服を着ることはない。
あぁ、ダメだ。逃げよう。
私は一礼した後、机に食事代を置くアレンの元へ行く。
「早く行きましょう!」
「申し訳ない。急用で失礼する」
アレンに挨拶された仮面の君は穏やかな笑みを浮かべ手を振る。
「またお会いしましょう」
私はアレンに手を握られ引きずられる様にその場を離れる。
ふと、後ろを振り返ると優雅にワインを飲む仮面の君に畳み掛けるように怒っているフレイヤの姿が見える。
私はフレイヤのその姿に違和感を覚えつつホテルへと向かった。




