嫉妬
教会への挨拶を終えた私達は観光地を回った。運河沿いを散策するが周りの景色がどうしても目に入らない。あんなに楽しみにしていたのに、頭の中でぐるぐるしているのはフレイヤの言葉だ。
どうしよう。あんな綺麗なお姉さんが相手だなんて。
「チェルシー!チェルシー!」
遠くで私を呼ぶ声が聞こえハッとする。目の前に道は続いていない。階段だ。体が前に傾いても落ちていかなかったのはお腹に回ったアレンの手が支えてくれたからだ。
「ぼーとしてたら危ないよ。大丈夫?」
「ごめんなさい、少し考え事をしていて」
アレンは直ぐ後ろにいるダニエルに少し待っているように命令すると、私の手をひいて歩く。
「フレイヤのこと?」
私はぎくりとする。
「何のことでしょう?」
「気にすることはない。あれは聖女ではない。聖水と称していたのは解熱効果のある強力な回復薬だ。他にも体を楽にする効果がありそうだけど。ステータスからじゃわかんなかったな。兎に角、傷を治すものではなかった」
点滴のようなものだろうか。体に戦う力があれば怪我の治りが早くなる。
「フレイヤは薬師なのでしょうか?」
「そうだとしたらとても優秀だね。僕はあのような薬は見たことはない。聖女と言わず薬師と名乗るならば教会のお墨付きをあげれるんだけどね」
アレンの嬉しそうな顔に少しもやっとしたものを感じた。優秀な薬師が出てくるのは素晴らしいことだ。でも、恋のライバルが優秀という事実に焦りを感じる。
「……アレン様はフレイヤをどう思ってますか?」
忘れていたがアレンはとてももてる。枢機卿という立場からどちらかというとアイドル的な扱いが多いがライバルが多いのは間違いない。
「別にどうも。君は僕がチェルシー一筋なこと知ってるだろう?」
「そんなこと知りません!」
嫉妬心を見透かされて私は俯く。するとアレンはそっと耳元に唇を寄せた。
「君が望むなら嫉妬すら出来ないくらい愛してあげる。チェルシーが安心できるならなんだってやってあげるよ」
私の顔が上気する。
何か言い返そうとアレンの顔を見ると彼は不敵な笑みをしている。
私は口をパクパクさせるのが精一杯だ。アレンはそんな私を見てクスッと笑い、口元にキスをする。
心臓が大きく跳ねる。
びっくりした!唇にキスさせるかと思った!
「かわいい」
「もう!こんな、所でっ!」
「誰も見てないよ」
「〜〜〜っ!」
私は思い切ってアレンの腕にしがみついた。
「じゃあ、わたくしがこの様にくっついても良いと言うことですね?」
どうです?やられる方は恥ずかしいでしょう!?
「いいよ。じゃあ今日はこのまま回ろうか?」
なんで嬉しそうなんですか、アレン様!?
「いくら観光地だからって羽目外し過ぎでしょう」
後ろから呟くカークの声に私はパッとアレンから離れる。
「見ました?」
「そんなイチャイチャしてて見るなという方が難しいだろう」
カークの横にいるダニエルも苦笑している。やはり悪目立ちしてしまったようだ。
「アレン様のせいですよ」
「それもチェルシーがかわいいのが原因だよね」
「もう!」
この人は基本的には私が何してもかわいいと言ってくれる。こんな甘やかされては困る。
私がプイッとするとアレンは私の指に自分の指を絡ませ手の甲にキスをした。
「ごめんね?」
全然悪いと思っていなくせに。それでも、そんなふうに謝られたら許すしかない。
「わたくしも、つまらぬ事でアレン様を煩わせてしまいすみません」
アレンは笑って私の頭を撫でる。優しいその手はとても安心する。
好きだなぁ。
もう用は済んだのだからフレイヤの店にはいかなければいい。うん、もう気にしない。
日も沈み、私達は教会へと戻る。宿泊はやっぱり教会だ。
カークとダニエルが同室、その隣の部屋に私、アレンは高位の者専用の客室に泊まる。
部屋に入ると荷はもう既に部屋に届けられていた。私の案内された部屋が従者用の部屋である事にアレンは不満げで、ホテルを取るとまで言い出したが、教会の者に不審がられてしまうので、この部屋で大丈夫と言い聞かせた。
私はベッドにダイブしごろごろする。
「あぁ、疲れた」
今日は観光をしたけれど、明日は港に行ってみよう。エリスを早く見つけたい。今から裏路地に入ってみるのもいいかもしれない。
「でも勝手に出ていくと怒られるわよね。一度アレン様の部屋にいこうかしら」
私が階段を上がりアレンの部屋をノックしようとしたときだった。
ガタガタと中から大きな音がし、アレンの部屋のドアが大きく開いた。
開いた扉からはフレイヤとアレンが出てきた。
「もっとお話ししよ?」
「断固拒否する」
「もうちょっとだけ〜絶対退屈させないのにー」
アレンがフレイヤを追い出す所のようだった。
私は驚いて、ついアレンを凝視してしまう。アレンは気まずい顔をし、 直ぐに目を逸らした。
「ルーシーと仕事の話をする。大事な話だから出て行ってくれ」
勿論、そんな約束はなしてない。彼女を追い出す口実だ。
「えぇ?他の方の婚約者でしょ?私もいるわ。誤解がないようにね?」
「いい加減にしないと神父を呼ぶ」
アレンが本気で怒り始めたのに気づいたフレイヤは口を尖らした。
「また明日もきます」
明日も!?私の考えが甘かった。フレイヤは相当本気だ。
「ちぇ〜。もうちょっとだったのに」
すれ違いざまに、そんな独り言を言ってフレイヤは去って行った。
「アレン様……?」
「酒を届けにきたと聞いてドアを開けてしまった。まさかフレイヤだとは。こんなグイグイくる人は初めてだよ」
アレンはぐったりと椅子に座る。
「明日からはホテルに泊まりましょうか?」
「それがいい。毎晩来られたのでは身がもたない」
机の上にはボトルと2つのワイングラスが置いてあった。
「飲んだのですか?」
「あぁ、1杯だけ付き合ったよ」
「それはお優しいことですわね」
私はつい、可愛げがない態度を取ってしまう。
さっき、心配ないって言われたばっかりなのに……。こんなヤキモチばっかりやく自分なんて嫌だな。
私はアレンの隣に座り手を握る。
「嫌なことを言いました。ごめんなさい」
ところがアレンは手を素早く引っ込めた。何時もだったら優しい笑顔を向けてくれるのに。
「いや、それよりもなんの用?」
いつもより冷たい?
「あの、エリスを探すのに街の裏路地に行ってみようと思うのですが」
「却下する。今日は僕がついて行けない。そんな危ない場所に君一人で行かせられない」
ついて行けない?なんでだろう。
私がアレンの顔を見ると彼は真っ赤になってそっぽを向く。
「まさかもう酔ってしまったのですか?」
アレン様はお酒に弱いのかしら?ううん、晩酌でよく呑んでいたのは知っている。まさか、熱……?
私が〈情報共有〉でステータスを見ようとすると、それに気がついたアレンは私の目に掌を当てる。
「見なくていいから」
「でもなんか変ですよ……?」
私が手探りでアレンに触れると、アレンは大きく体を震わせ、私から離れた。
いよいよ、おかしい。
改めて観察すると息も苦しそうだ。
「毒でも盛られましたか?」
「あぁ」
アレンは目をそらす。
「そんなのいつ、だれが……!?」
そして、私は机の上にあるワインを見て全て察し歌う。
毒って。これ……媚薬じゃない!!こんなものも持っているなんて。フレイヤ!絶対許さないんだから!




