表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/67

森の管理者達④

ノエル視点です

 人間の体は本当に面倒くさい。魔力の少なさから手動で行わなければならないことが増えた。


「ノエルも手伝ってください!」


 そう喚くこの女はクロエとかいったか。10日ほど前から城に来て面倒を見てやっている。現在はベルコロネのロゴを印刷した布を旗にしている。ロゴはこの女が考え出来たものだ。白地に金の刺繍でベルと妖精が描かれている。なかなか良い仕上がりになっているとは思う。


「それを私にやれと?」

「そうです。なかなか数が多くて終わらないのです」


 この旗は森の入り口や城の入り口、ホールなどに設置するらしい。ロゴは他に家具やピアノ、バイオリンの箱にも印字される予定だ。家具や楽器は各有名老舗メーカーとコラボし、経験豊富な職人に作り上げてもらうことになったと聞いた。



 スプルーは想像以上に高値で売れた。妃がいたく気に入ったらしく、ブランドのプロデュースや宣伝までしてくれるらしい。その分、城に多く献上する必要があるがチェルシーは森にずっと居るわけではないので、まぁいい条件だったのでは。と思っている。



「どうせ森の入り口に設置に回るのは私なのだからそれくらいは働け」

「手が空いているのだから良いではありませんか」


 最近は私に対する警戒心が薄れてきたのか、この女はズバズバ物を言うようになってきた。チェルシーが言うには社交界では相当な猫被りをしていたようだが全く想像がつかない。

 最初の夜は魔物がでたと喚きまくっては面倒この上なかった。しかもぼろぼろ泣かれた時は本当にびっくりした。魔族ではあんなに人前で泣くのは赤ん坊くらいだ。

 その赤ん坊ですら3歳にもなると弱みを見せぬよう人前で泣くのを我慢することを覚える。


 次の夜からは食事が終わると私の部屋に居座るようになった。暖炉の前で本を読み感想を言い合う。時には議論に発展するが私の本を理解できる者が少ないのでそれはなかなか良い時間だった。


 議論が白熱した昨日は少々言い過ぎた面もあり、しょうがないのでホットミルクを用意してやった。渡した時に目を見開いて驚かれたのは心外である。


 本日はチェルシーは森に来ていない。どうやらカヌレ領に行きたいらしいが入領の許可が出ないらしい。それに抗議しにいくそうだ。


「人間とは面倒なものだな」

「なんのことです?魔法で作業を手伝ってくれるのですか?」


 私の呟きを女は拾う。暫く一人が続いたからか、独り言が多くなってしまった。それに返事が返ってくることは少し心地がいい。


「いや、チェルシーのことだ。カヌレ領まで〈転移〉(トランスファレンス)で送ってやると言っているのに」


 兵や役人に見つかった時など、聖女が不法入領しているとバレると大変だから。とチェルシーは言う。今更兵に気を使う必要もなさそうだが、城の兵と違いカヌレ領の兵とは馴染みがないので、捕まったり噂になるのが嫌だという。


 そもそも観光なのだから大人しくしていればよっぽど大丈夫なはずなんだが。


「あぁ……そのことですのね」

 女は視線を逸らす。そういえばスティーブから報告を受けていた時も目が泳いでいたな。


「何か知っているのか?」

「……知っても怒りませんか?」

「内容によるな。言え」


「ではこれを手伝ってくれたら教えます」


 強かな女だ。


 私はパチンと指を鳴らす。すると針が勝手に動き次々と縫われていく。


「こんなに簡単に終わるなら最初から手伝ってくだされば良いのに」


 こんなくだらぬことに魔力など使いたくはない。


「それで?」


「あっ……あぁ。エリスの指示でカヌレ領にチェルシー・シュガーレットの入領拒否の指示しましたの。あと1年は入領が難しいと思われます」

「何故お前にそんなことが出来る?」


「わたくしの父はカヌレ領の領主です」


「そんな格好しているからわからなかったぞ」

「身分が無くなったのだから仕方がないでしょう」


 よほど気にしていたのか、女は真っ赤になって俯く。


「こんな森の中ではどんな服を来ていようが一緒だ」

「でも貴方がいるではないですか!」

「それがどうした?」

「もういいです!」


 ベルコロネのブランドが上手く軌道に乗ればこの女の分け前も多くなる。そんなに嫌ならそれで服を買えばいいだろう。


 女は立ち上がった。

「わたくし、新しい薪をとってきますわ!」


 ベルコロネの森は昼でも少し寒い。薪は城の外にあるが、結界の中なので魔物に襲われる心配はない。あいつも最初は不安そうにしていたが、結界に触れて浄化されていく魔物を見て安心したようだ。


 しかし、いくら時間がたっても女は帰ってこない。出て行ってから1時間は経っている。


 何処かで迷ったか?


 魔力を探るが、あの女の魔力は消え入るほどしか無い。よっぽど近くにいなければわからぬほどだ。


 面倒な。


 私が重い腰を上げた時に、チェルシーが部屋に飛び込んできた。


「ノエル!聞いてくださいませ!本当に役人って事務的でどうにもならないのですよ!!ルール、ルールと!!宰相をお出しなさいといったら苦笑いする始末ですわ!」


「チェルシー様、落ち着いてください。ほら、ノエル様もいきなり言われては困ってしまいますよ」


「チェルシー、女がいなくなった」


 チェルシーの入領許可の愚痴はスルーし、人間の女が帰ってこない話をする。


「しょうがないですわね。探しに行きましょう。あら、旗も出来たのですね!素敵です」

「ついでに一部は下に持って行きましょうか。城へと続く道に設置するのは、えっーと、これですね。うっ、重い」


「代わりましょう」

 外に設置するものは大きいのでかなり重たい。チェルシー一人では大変なので半分を受け持つ。


「ありがとうございます」

「なに、気にするな」


 私達はとりあえず薪置き場までいく。そこには一枚の紙切れが置いてあった。


「なんです?これは」


 そこにはこう書かれていた。


 女は預かった。返して欲しければ聖女を差し出せ

 レオン帝国


 何故ここに帝国の者が?森に侵入した時点でわからぬはずがない。


 チェルシーも同じことを考えたのだろう。難しい顔をしている。

「もしかしたら、アイテム〈イレイズ〉かもしれませんわ」

「なんですか?それは」

「魔物との戦闘回避アイテムです……魔物の探知能力が働かなくなります。消耗品で長続きはしませんが」


 厄介なアイテムがあるものだ。


 そこにバタバタと複数人が石畳を歩く音が聞こえた。


「スティーブは城の中に隠れていなさい!ノエル行きましょう」


 旗を置き私達は城の正門へと向かう。そこには、レオン隊列を組んだ軍隊がいた。1小隊、6人ほどがいた。先頭を歩いているのはオーウェン・レオンだ。


 この城はレオン帝国側からだと大凡一日あるけば着くほどの距離だ。しかし、こんなに簡単に侵入を許すなど。



「馬鹿にされたものだ」

「ノエル!ここは私にお任せ下さい。貴方はクロエ様を頼みます」

「チェルシー……」


 こいつらは訓練された兵士だ。その辺のゴロツキとは違う。


「大丈夫です。困ったら喚ぶ、でしょう?人質を取られたままの方が動きにくいです」


 私は頷く。取り戻すのなら一瞬で終わろう。



 クロエの顔を思い浮かべ、転移をする。ついた場所は森の中、まだ城が見える場所だった。


「な、なぜここがわかった!?」

 動揺しているのは大佐と名乗る男に爺と呼ばれていた老人だ。


 他には男が3人。剣を構えて威嚇している。その後ろにクロエはいた。手を縛られ猿轡をかまされている。



「やれ!」

 老人の命令で兵士がうごく。

 いずれも力に自慢がある者達なのだろう。勇猛果敢に攻めてくる。2人は前衛、1人が人質についた。


 向かってくる刀を紙一重でよける。すれ違いざまに後頭部に一撃ずつおみまいしてやった。男達はバタバタと倒れる。


「ふざけんな!」


 残りの1人の兵が無策に飛び掛ってきた。私は倒れた兵が使っていた剣を2本拾う。魔力を込めて放り投げると剣は男の鎧を貫き、その勢いで木へと繋ぎ止めた。体には当たっていないはずだが、男は泡を吹いて気絶していた。人間というのは弱いくせにいつも威勢だけはいい。殺さないようにするのは本当に骨が折れる。


 最後に老人を〈拘束玉〉(リストレイントボール)に閉じ込める。一見シャボン玉のように見えるこの檻も私の魔力を上回る者でなければ壊れることはない。



「待たせたな」

 私は女の拘束を解いてやる。


「平気か?」

「助けになど……誰もきてくれないと思いました」

「私にお前を助けに行けと言ったのはチェルシーだ。それに私もお前を見捨てるほど冷酷ではない」


 女はポロポロと涙を流す。


 だから、なんで泣くんだ。


 泣かれてもどうしていいかわからない。困った私は涙を拭う。

「泣くな」

「わたくしも好きで泣いている訳ではありません!怖かったですから仕方ないでしょう」

 人間の女は震える。


 あんな人間が怖いのか。

 そんなにか弱くて今までどうやって生きていたんだろう。


「側に……、ずっと私の側にいれば安全だ。だから泣き止め、クロエ」


 女は私に抱きつく。

 困った。私が下手に触ったらこの生き物は壊れてしまうのではないか。

 

「約束、しましたからね!」

 目を腫らした女は今までにないくらい嬉しそうな顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ