追放された悪役令嬢は
クロエ視点です
わたくしは箒を握りしめて床を履く。
「あぁ、惨めだわ」
ボロボロな服を着て、婚約破棄をされて。こんなはずではなかったのに。
涙が滲み出るますが、ここで泣いても助けてくれるものなどいません。
「お父様……」
いつの日か父が私を救い出してくれるでしょうか。
「え?お布団ですか?ちゃんと用意しましたよ。碌に掃除もされてない部屋ですからね〜埃がいっぱいで掃除しがいがありますね」
聖女の側近のスティーブが居なければ、わたくしは精神が崩壊していたかもしれません。能天気なこの男はわたくしのプライドを刺激したりはしないのですから。
「箒なんて初めて持ちました」
「じゃあ今日は箒記念日ですね」
意味がわかりません。
「貴方はこんな場所で夜を過ごすなんて不安になりませんの?」
「あぁ、僕はチェルシー様のお家で寝るんですよ。リビングですけど」
わたくしは血の気が引く音が聞こえるような気がしました。
「まさか、ここにわたくし1人ということでしょうか!?」
「いえ、森の監督者としてノエル様がいらっしゃると思いますけど」
複雑な感情が渦巻きます。あれは魔物よりよっぽど危険な生き物ではないでしょうか。
「不安です」
「大丈夫です。ノエル様は優しいんですよ」
貴方の目は節穴です!
掃除が終わりスティーブが帰っていくと、私は魔王と一つ屋根の下になってしまいました。といっても魔王城はかなり広いです。全体的に薄暗く、気を抜くと迷ってしまいそうなほど。
「飯だ」
ノエルが、言葉少なげにわたくしを誘いにきます。案内された場所は魔王城のダイニング。灯りは松明だけです。ノエルは所謂お誕生日席に座り、その佇まいは正しく魔王の様でした。
「随分とこの城に慣れていますのね」
「ああ」
えっ!?それだけですの?
「ノエル様の部屋はどちらです?」
「最上階だ」
「あら、城主の部屋ですのね。魔王が過ごしていた部屋なんかでよく眠れますわね」
「・・・・」
話しかけてあげているのに、この男は本当にわたくしには一向に見向きもしません。
静かな食事を終えてさっさと就寝します。
「冷たいお布団……」
いつもは侍女が布団を温めておいていてくれました。
その侍女もわたくしが牢に入ると見下す目をしてわたくしを嘲笑いました。
「この人が毒を渡していました」と証言したのはロベリアだったでしょうか。あの時のあの女の顔は一生忘れられません。
憎い、憎い。全部が憎い。
この感情をどうしたら良いかわかりません。
わたくしはシーツを握る手につい、力が入ります。
思い出に浸っていると背後にあった棚の調度品が音を立てて落ちました。完全に不意打ちだったわたくしは心臓が跳ねます。
「きゃぁぁっ!」
驚きました。まだ心臓がどくどくいっています。
「何よ、わたくしを驚かせるなんて、なかなかやりますわね」
私は棚を見にいきます。すると、今度は右側にある棚の調度品がガタリと落ちました。
……魔物……?
喉の奥でヒュと音が鳴ります。目視では分からないけれどもしかしたら、何かがいるのかもしれません。私はぞわりとしたものを感じ、思わず部屋を飛び出しました。
「う、嘘つき嘘つき嘘つき!魔物はいないっていったではですか!」
私の悪態は廊下で木霊します。
どうしましょう。
怖くてとてもじゃないけれど、部屋に戻れません。でも、暗くて寒い廊下に一人立ち尽くしているのも怖くて仕方がありません。
口を固く結び、一気に階段を駆け上がります。行き着いたのは最上階の魔王の部屋です。
「ノエル!ノエル!居ますか!?」
わたくしは扉を叩きます。焦りからか若干声が上ずってしまったかもしれません。
暫く返事が無いことにやきもきしていると短く、なんだ、と声がして扉が開きました。
わたくしは急いで部屋の中に飛び込みます。
「魔物が!部屋に魔物がでました!」
ノエルは眉を顰め私を見ます。
部屋の中は暖炉が焚いてありとても暖いです。机の上には栓が開いてあるワインボトルがあり、グラスにはワインがなみなみと入っていました。眼鏡をかけたノエルは片手に本を持っており優雅な夜を過ごしていたことが伺えます。
この人!こんな悠々自適と!
まぁ、今はそれは置いておきましょう。
「魔物です。退治してください」
「この結界の中動ける魔物など居ない。見間違いではないのか?」
「何かを見たわけではありません。でも2度も棚から物が落ちたのですよ!?」
「では、落ちただけだろう。さっさと部屋に戻れ」
「わ、わたくしに死ねと仰ってるのですか!?」
ノエルは大袈裟にため息を吐いた。
「いいか、ここはあいつの結界の中だ。魔物はいない!」
ピシャリと言い放つノエルの声に涙ぐんでしまいます。
でも実際に私は怖い思いをしているのです。もっと安心させてくれても良いではないですか。
生まれてからこんなに人に冷たくされたことありませんでした。こんな生活がずっと続くのでしょうか。
「うっ……」
そう考えたら涙がポロリと零れ落ちた。いけない。こんな人の前で涙を流すなど、余計惨めになるだけです。しかし必死にひっこめようと我慢すればするほど感情が膨れ上がりました。
「も、もう少しくらい…わたくしの話を聞いてくれても!良いではないですかぁ!今日だって大蛇で怖い思いをしたのです。少しくらい優しくしてくれてもっ!」
ボロボロと涙が溢れていく。どれだけ手で拭っても一度決壊したら止まることは無なかった。
ノエルはといえば、子供のように泣きじゃくる私を前に目を丸くして固まっている。
「……こい」
「え?」
「部屋に見に行けば満足するのだろう」
まさか、本当に動いてくれるとは思いませんでした。
「……はい」
わたくしの部屋へむかいます。
「ほら、落ちているでしょう?あれも!これも!」
「特に魔力は感じないが」
ノエルがそう言った次の瞬間、棚に立てかけてあった本がバサバサと落ちました。
「きゃぁ!ほら、やっぱり何かいますでしょう!?」
私は思わずノエルの服をつかんでしまいます。
「〈拘束玉〉」
ノエルが呪文を唱えると本の裏から20cmくらいのシャボン玉のようなものがふわふわと飛び上がった。
「これがお前の言う魔物だ」
玉の中で何かが動いている。それは
「いやぁぁぁぁ!ねずみ!??無理です、早くどこかにやってくださいませ!」
「ここは森だ。虫にもネズミにも慣れておかねば身が持たぬぞ」
ノエルは魔法で窓を開けるとネズミをしゃぼん玉ごとぽいっと外に投げました。
「無理です!無理です!ネズミがいる部屋などでは眠れません。わたくしと部屋を交換してくださいませ」
「あれは私の部屋だ」
「そんなのズルいです!」
「話にならん」
とにかくこんな部屋では安心して眠れません。 しかし直ぐに使用できる部屋などありません。私は苦渋の決断をします。
「では、こうしましょう。私の部屋には暖炉の用意がございません。気持ちが落ち着くまであたらせてもらえませんか」
居座るしかありません!そもそもネズミがいなくても、魔物だっていつ現れるかわからないのですから。
「ダメだ。はやく寝ろ」
「一晩中ずっと部屋の扉を叩きましょうか?」
眉間にシワを寄せたノエルは私の目を手で覆いました。
「なんの真似です!?」
「〈幸眠〉」
「!?」
体がぐらりと揺れます。その後はふわふわと深い夢の世界へと落ちていきました。何故か夢の中で出てきたのは憎いはずの灰色の髪をした、黒い目の男でした。




