森の管理者達③
「うーん。何がお金になるかわかりませんね」
私達は森を回る。私は今まで普通の会社員として暮らしてきた。何かを売り出そうにも起業したことも無ければ特殊技能もない。
「やはり森の恵みを頂くしかありませんね。切っていい木や、取ってもいい実などはありますか?」
私の質問にノエルは答える。
「ここの植物は妖精の加護がある。育ちが早い。この辺りの木を1日10本切るくらいなら問題ないだろう」
10本といってもとても巨大な木だ。1本が大型冷蔵庫程の太さもある。
「これは営業力が試されますわね。まず木材の市場価値から調査しませんと。因みにこれなんという木なのですか?」
「スプルーだ」
「「スプルー!!?」」
クロエとスティーブの声が重なる。
「どうしたんですか?そんな大きな声を出して」
クロエがいつになく興奮している。
「スプルーですわよ!?もう今はない、幻の木です!家具にでも、ピアノやバイオリンにも加工できます」
「スプルーが無いとは。人間がいかに傲慢な生き物か如実に表しているな」
「へぇ。クロエ様は物知りですね」
私とノエルの思い思いの感想にクロエは木をバンと叩く。
「貴方達、本当に価値がわかっているのですの!?国宝級の家具や楽器が生まれるのですよ!?」
それが本当なら一気に資金が獲得出来る。
「まぁ。それはよかった!では殿下に然るべき製材所を相談して持って行きましょう」
「貴女、本当に貴族として商売する気がありますの?」
「?」
私は首を傾げる。
「ただ運び込んだだけでは木こりと変わらぬではありませんか。貴族ならベルコロネのブランドを立ち上げるのが普通でしょう」
ブランド……!?思いつきもしなかったわ。
私が目をパチクリさせていると、スティーブが恐る恐る手を挙げた。
「あの……。すみません、木材は乾燥させるのに数年かかるのでは?」
私とクロエがハッとし肩を落とす。
やはり、直ぐに立ち上げは難しい。
「大丈夫だ。妖精にやらせれば良い」
ノエルの意見にかみついたのはクロエだ。
「妖精!?何を馬鹿馬鹿しいことを。彼らが人間に協力するはずがありません」
「まぁまぁ。それはノエルに任せれば大丈夫ですから」
「そんな訳がないでしょう」
食いかかってくるクロエをスルーし私は辺りを見回す。他に何か、売れそうなものはあるだろうか。
「あら?」
ガサガサっと音を鳴らして草むらから飛び出してきたのは可愛らしいうさぎだった。クリーム色で耳が垂れている、ぬいぐるみのようなうさぎ。
「わぁ!かわいいですね〜」
スティーブがデレデレしながら寄っていく。手まで広げて抱きしめる気満々である。その可愛さはクロエまで、ムスッとしながらも寄っていくほどだ。
「引っかかれても治しませんよ」
しかし、あのうさぎ。どこか見覚えがある。
私が記憶を探っているとノエルはスティーブの後襟を掴んで持ち上げた。
「危険だ」
数歩前に出ていたクロエはそれを聞いて振り返る。
「え?」
うさぎは予備動作なしにぴょんと大きく跳躍する。いや、うさぎが跳んだのではない。尻尾に体が持ち上げられたのだ。
うさぎは本来のふわふわの尻尾ではなく爬虫類の尻尾が生えていた。鱗がついたそれは草むらに続いていて先が見えない。
「危ない!下がってください」
私が声を張り上げた時にはもう遅かった。尻尾は先にいく毎にどんどん太くなる。うねうねと動き回るしっぽはクロエの足に絡みついた。クロエは足を引きずられ転倒する。
「嫌!気持ち悪い!なんですの!?」
私はクロエの元へと走る。ノールックで手を動かしアイテムボックスから素早くレイピアを取り出すと、クロエ目掛けて飛びかかってきた蛇の牙を刃で受け止める。頭だけでも大型犬ほどもあり、私は押し返されないよう、両手で力を込める。
「きゃああああああ!はやくやっつけてくださいませ!」
「出来るならそうしています!」
そう。この魔物の本体は大蛇だ。胴体の一番太い場所では太さが優に1mを超えている。尻尾の先にかわいいうさぎが付いていて、つられた他の魔物や、人間を襲う狡猾なやつである。名前はそのまま〈スネイクラビット〉。
牙からは紫色の毒がポタポタとしたたり落ちる。自身は丈夫な鱗で守られているが他の生き物に当たると瞬時に溶けてしまう程、危険なものだ。当然私も触れればただでは済まない。
「スネイクラビット」
ノエルの声が低く響く。
「戻れ」
スネイクラビットはノエルを一瞥しただけで、そのまま攻撃を開始する。
クロエの片足に巻きついた尻尾を離し、鞭のように私に振り下ろした。
やばっ!頭だけでいっぱいいっぱいだよ!
パシンと大きな音が鳴る。それはノエルが尻尾を素早く手で薙ぎ払った音だった。
「散れ!」
ノエルが魔力を纏うと、スネイクラビットはびくりと震え、直ぐに茂みに消えていった。
「ありがとうございます、ノエル」
「あやつらが直ぐ私を認識できないのが不便で仕方ない」
「いちいち襲い掛かられるのは面倒ですね」
いっそ、私が歌いながら散策をしようかな。
「大丈夫ですか!?」
スティーブの声に私は振り向く。
そこには足に怪我をしたクロエがいた。
「なんでもありませんわ」
ツンと虚勢を張っているが、足を引きずっている。
「お見せくださいませ」
「貴女のお世話にはなりません!」
「化膿して腐っても知りませんよ」
クロエは真っ青になって大人しく座る。足を見てみると鱗の跡がしっかり残るくらい締め付けられた跡があり、赤く擦り切れている。
私は歌って彼女を癒す。クロエはキラキラ光る魚をじっと見ていた。
「一度探索を切り上げてお昼にしましょう。クロエ様はやるべきことをやって下さいませ。スティーブ、手伝ってあげてくれる?」
「はい!」
スティーブの元気な声とは反対にクロエは怪訝な顔をする。
「やるべきこととはなんですの?」
「部屋の掃除に決まっておろう。貴様が野宿したいのなら勝手にすれば良い」
クロエの顔色が一瞬で変わる。
「まさか。わたくしの思い違いですわよね?掃除とは門をくぐった、聖女様の家のお部屋のことですわよね?」
「そんな訳ないでしょう。魔王城ですよ」
「い、嫌です!いつ魔物が襲ってくるか分からないでしょう!?」
クロエは涙目で取り乱す。気持ちは分かるが、国外追放された者が堂々と王都で暮らす訳にも行かない。
「結界が張ってあるので大丈夫ですよ」
毒殺しようとしてくる者がいる城よりはよっぽど安全だ。




