お茶会
私達3人は卓を囲む。
「はぁ。わたくしは貴女を推していたのに残念だわ」
お妃様は拗ねた顔をする。私たち2人は苦笑するしかない。
「母上……」
「わたくしには身に過ぎた言葉です」
私達の微妙な雰囲気を感じ取ったのか、王妃様は目をパチクリさせて私達の顔を見比べた。
「うちの子を袖にするなんて、聖女のお相手はアレン・デュロイ枢機卿かしら?」
「え!?」
そして私はハッとする。今のリアクションは正解だと言っている様なものだ。
「あらあら。大丈夫よ。婚約が決まるまで誰にも言ったりしないわ。でも、これからもわたくしとお茶をして下さると嬉しいわ」
「かしこまりました」
お互い縁を繋いでおいて損はない。
「母上はチェルシーの魔法の美容効果を聞きたいだけでしょう」
「まぁ!この子ったら!そういうのは女性同士の時にこっそりお話しするものですよ」
怒られている殿下はなんだか貴重だ。私がクスリと笑うと殿下は照れた顔をした。
「またお茶会の時に聞かせてくださいませ。その時は殿下にもお会いしに行ってもよろしいでしょうか」
ドキドキしながら聞くと殿下は当たり前だ。と快く返事をしてくれた。
よかった。殿下もいつも通り接してくれる。
「あら、貴方はこれからパーティで忙しいわよぉ。もういい年なのだから早く相手を決めて頂戴ね」
「私はつまらぬ女なぞ嫌だぞ」
「ふふ。兵を失神させてまわったり、演習場の壁を壊したり、わたくしのバラ園をめちゃくちゃにしたりする女性なんて相当魅力のある方で無ければ認めませんわよ」
この人侮れない。
私が目を逸らしていると殿下は諦めたように笑った。一拍おいて殿下は話題を変える。
「カシャッサ侯爵のことだが」
カシャッサ侯爵はロゼ大国の貴族だ。私との婚約をモヒート商会の会長に命じた人物である。
「なにかわかりましたか?」
「ロゼの国は職人国家だ。能力があるものこそが尊敬される。しかし、姫君や王子達はどうもその辺が頼りないらしい。秀でたものがいない故今、後継者争いが過熱している」
「王族はどこも大変ですのね」
「派閥や国民からの支持というのはやはり協力者や有益な味方があってこそだ。一人ではどんな優秀な者も潰されてしまう」
「聖女様がお嫁に来てくれれば心強かったのにねぇ」
王妃様が口を尖らせ、殿下は一瞬口をつぐんだ。
「母上……。まぁ、其方をそのように考える者は多いということだ。カシャッサ家は前王の弟の一族だ。通常で考えれば王になることは難しいが令息のシャルルという人物はロゼ大国では大層人気があるらしい。それこそ民衆の間ではシャルルを王にと囁かれるくらいにはな」
しかし、モヒート商会の会長の話ではその令息は目が不自由だという。
世の中はなかなか上手く回らないものだ。
「わかりました。より一層気をつけます」
「城で保護してあげたかったんだけど、こんな事になってしまってごめんなさいね。陛下も心を痛めていらっしゃったわ」
陛下が!?
「いいえ!どうかお気になさらないようお伝えください」
「お伝えしましょう。それではそろそろお開きにしましょうか。枢機卿も教会で首を長くして待っていることでしょうから」
にこにこ笑う王妃様はからかうように私を見る。殿下はため息をつき、私の頭へ手を伸ばす。しかし、その手は私の髪に触れる前にグッと固く握られ下に落ちる。
しまった、と顔に書いてある。
「また遊びに来ますね」
私が笑いかけると殿下は苦笑する。
「困ったことがあったら遠慮なく頼って欲しい。またいつでもこい」
「はい!」
こうして、私達は城を出る。
城のホールではアリアとトーマスがこっそり手を振ってくれたのが見えた。彼女達にもまた会いに来よう。同じ街に住んでいるのだから、きっといつでも会える。マッドが奥の方で大量の魔石をひもに繋いでブラブラさせているのは見なかったふりをする。
私が外に出ると馬車が待っていた。
馬車は2台ある。扉が開いている白い馬車が私用だろう。その後ろの馬車は窓が無く、馬に乗った兵が取り囲んでいる。このまま王都の教会まで
行くことを考えれば、あの馬車に乗っている人物は一人しかいない。
「わたくしもこちらの馬車に乗るわ。1台で結構よ」
「聖女様、しかし!」
それを兵が止める。
「いいの、お願い。スティーブは馬でいけるわね?」
「かしこまりました」
私は兵の反対を押し切り馬車に乗り込む。そこにはやつれた顔した女がいた。ローブを着ていたが、以前の輝かしいドレス姿でない事がわかる。ちらりと隙間から見える服は一般的な平民が着るようなワンピースだ。逃げられないように、以前私がつけられていた手枷を嵌められていた。
「わたくしを笑いにきたのですか?」
彼女は私に話しかける。
「違うと言っても貴女は信じますか?」
ローブの女は薔薇のような真っ赤な唇を釣り上げた。
馬車が動き出し揺れた。
「わたくしは殿下との婚約を断りましたよ」
「は??」
目の前の人物は心底訳がわからないと言った顔をしている。
「お慕いしている方がいるのです」
「意味がわかりません。そんな不確かなものに人生を棒に振るなんて。可哀想な方」
「貴女に言われたくはありません」
彼女は顔を歪ませる。
「貴女は一体何が言いたいのです。愛の素晴らしさでも説きにきましたか」
「……ところでわたくし、子爵になったのですよ」
「おめでとうございます。わたくしは平民になりましてよ」
この後は教会に幽閉でしょうね、と彼女は呟く。
「あら、それは大層お暇でしょうね」
「........」
彼女は私を睨みつけた。
「土地の税を納めるのは大変なのですよ。でも、わたくしもなかなか忙しい身なのです」
「それで?」
元公爵令嬢は察しがいい。
「どうです?わたくしの元で働いてしてみるのは?」




