背中
「あの、わたくし……とても光栄な話しだとは思っているのですが」
「大丈夫だ、チェルシー。わかっておる」
殿下の苦笑する姿が胸に痛い。
そんなことを言わせてしまい申し訳無い。私とアレンが婚約すると知っている真面目くんがどうして今更そんなことをいうのかわからない。
「殿下、暫くチェルシーと散歩に出てはどうです?」
アレンの提案に殿下は目を丸くする。
「いや、しかし」
なんで今、散歩?
不思議に思っていると、私と殿下は真面目くんにぐいぐいっと背中を押される。
「いいから!少し!行ってきて下さい!」
部屋の外まで押し出され、扉を閉められてしまった。
「わたくしの部屋なのに」
ぼやいていると殿下は私に手を差し出しだした。
「仕方がない。歩こうか」
「はい」
私は殿下に行く道を任せて歩く。殿下は私の歩く速度に合わせて歩いてくれる。
こんなに素敵な人なんだもの。絶対幸せな結婚をして欲しいな。
「そう言えば、何故アリアはクロエ様に捕まってしまったのでしょう」
アリアには護衛騎士がついていたはず。
「君にはすまないと思ったが、ギリギリまでクロエの動向を探りたかった。アリアがクロエの部屋に報告にいけば捕まる可能性は高かったが、彼女が君の役に立ちたいと申し出たからな」
私はあの夜アリアがクロエの部屋に行くなんて聞いてなかった。心配を掛けまいと思ったのだろうか。
「アリアが無事で本当によかったです」
「あぁ、彼女には君の魔力が篭った魔石をお守り代わりに持たせたのでよっぽど大丈夫だとおもったが……。未だクロエがそこまでやるような人間だったなんて信じられぬ」
殿下にとって、クロエは幼い頃からの婚約者だ。いまどの様な気持ちでいるかは私には分からない。
殿下が足を止める。
私達は最初に会った中庭に足を運んでいた。
ベンチに2人で腰をかける。
木々がさわさわと音を立て、色づいた葉が舞う。
「最初に其方を見たのはここだったな」
「はい。あの時はこうして殿下とこんな風にお話できる仲になるとは思いもよりませんでした」
私もだ、と殿下は笑う。
「あの時から、こうして其方を保護していれば今の状況は変わっていただろうか」
クロエのことが余程気がかりなのね。
城に入りレイルートに入ってしまえばクロエの断罪イベントが起こる可能性は高い。
「どうでしょうね。罪は罪として裁く必要があると思いますが、出来るだけ救済の道も用意せねばと思っています」
殿下は渋い顔をする。
「なんの話だ」
「クロエ様の話でしょう?」
「.........」
そんな、出来ない子を見る様な視線をしないで欲しい。
「クロエではなく其方のことだ」
「?」
私は別に城に保護されたくない。
焦れた殿下は頭をかいて私の手に自分の手を重ねた。
「このままこうして城で過ごさぬか?」
私は眉を顰める。ここ数日でも窮屈な思いをしたのに、ずっとなんて嫌すぎる。殿下には以前にもお断り申したはずだが……。
でも、あの時とは表情が違う。真剣な、熱を帯びた目が私を映す。
「私の、妃にならないか?」
「えっ……?」
いきなりのプロポーズに私の顔は一瞬で真っ赤になる。
いつから?いつからそう思ってくれていたの?
そして、私は胸が締め付けられるのを感じた。殿下は私とアレン様をどういう風に見ていたのだろうか。この人の心を傷つけてはいなかっただろうか。
「殿下、わたくし……」
「すまない、くだらぬ事を言ったな。忘れてくれ」
殿下はそう言って立ち上がり、私から離れていく。
傷ついた横顔に心が痛む。
「お待ちくださいませ!」
私は必死で呼び止めた。
「わたくしは殿下というお人が大好きです。ずっとずっと、殿下と会うより前から大好きでした」
推しに初めて自分の気持ちを伝えるのだ。逃げ出したくなる衝動をギュッと抑え、私の告白は続く。
「殿下がこっそり人参を残すのも可愛いなぁと思って見てましたし、執務中の真剣なお顔はかっこいいし、剣を振るう姿は凛々しくて素敵だし、あと歌声も好きです」
「!?」
若干、ゲームのエピソードが混じってしまったが、まぁいいや。
「つまり!わたくしは殿下のファンなのです!でも、でもっ……、ごめんなさい。愛しているのはアレン様だけなのです」
私は胸が苦しくて涙が溢れる。この人には悲しい顔をさせたくはない。
「なんで其方が泣くのだ」
殿下は、私の頭にポンと手を乗せる。
「わかりません」
「私は其方の前で歌など歌っただろうか」
「……内緒です」
私がツンとすると殿下は、くくっと笑った。
「そんなに見られているとは知らなかった」
「わたくしも、殿下が好意を持って下さってるなんて気づきませんでした」
私がふふっと笑うと殿下は目を細めた。
「其方はそうして笑っているのがよく似合う。私のことで涙を流す必要はない」
殿下はそういって背中を向けた。
「私はこれから陛下に報告に行ってくる。皆にはよろしく言っておいてくれ」
「かしこまりました、殿下」
私は一人、自分の部屋に向かう。ここで振り返ってはいけない。
ドアを開けると、真面目くんが駆け寄ってきた。
「殿下は?どこに?」
「陛下にご報告に上がるとのことです」
真面目くんは、私の赤い目を一瞬見たあと、お辞儀をして飛び出していった。
「おかえりなさい、チェルシー様。あれ?その目どうされたんです?」
「なんでもないわ。スティーブ」
私はアレンの横にストンと座る。
「これでよかったのでしょうか」
ポツリと零した私をアレンはぎゅっと抱きしめる。
「正解なんてない。人の心はままならないものだから」
アレンは殿下の気持ちに気づいていたのだろうか?
私の視線に気づいたアレンは私の頰へと唇を落とした。
「だから、皆後悔しないように一生懸命もがくんだよ。」
「アレン様も?」
「そうだよ。大切なものが無くなってしまわないようにね」
アレンは強く私を抱きしめた。
「アレン様、わたくしクロエ様の件で助けていただきたいことがございます」
「なに?チェルシーをこんな目に合わせたんだもの。それ相応の罰を受けて貰うつもりだよ」
アレンの笑顔が怖い。
「相応の罰、は良いのですがなるべく宰相の恨みを買わないようにしたいのです」
「というと?僕は最低でも国外追放が妥当だと思っているよ」
ひぇ。話しといて良かった!
「国外追放ではダメです!もっとマイルドに出来ませんか?」
「難しいだろうね。罪を決定するのは教会だ。君に手を出して甘い前例があっただなんて、聖女の地位が大したことないなんて思われてしまう」
「あの、実はクロエ様を国外追放にすると恨みをもった宰相が他国と手を組んで戦争になる恐れが……」
アレンは指でこめかみを抑える。
「それは君の見た未来?」
「はい」
「わかった。戦争を起こさせる訳にはいかない。善処しよう」
「アレン様!ありがとうございます」
私が顔を輝かせると、アレンは仕方がないなぁと困った笑顔を見せた。
私はこの笑顔が大好きだ。
翌日、聖女誘拐事件として王宮で断罪の場が用意された。
罪人として現れたのはクロエとカヌレ領の子爵、男爵らだ。そこに、王、宰相、レイ殿下それに私とアレンが立ち会う。各護衛も来ているので人数は思ったより多い。
場をまとめるのはアーロン神父だ。これも教会の仕事である。枢機卿であるアレンがやっても良いのだが、被害者が私ということで、意見が偏らないようにアーロン神父に執り行って貰うこととなった。
位の高いものほど家名を守る為、裁判にはならず、こういった場を取ることが多いそうだ。
ゲームでの断罪の場はダンスパーティの最中に行われた。こんな仰々しい場ではない。またクロエが犯した罪が格段と重くなっている。
この条件でクロエに救済の道を用意しなければならない。
私は固唾を呑んだ。




