暴走①
朝日が眩しくて目を開いた。寝ぼけた頭で辺りを見回し、見覚えのない景色にハッと目が覚める。
「そうか、もう会社ないんだ」
もう一眠りし、惰眠を貪ろうかと思ったがなかなか寝付けず起き上がる。
昨日の青いドレスは少し汚れてしまったので緑のドレスに着替え身支度を終えると、昨晩貰った手紙の事をようやく思い出した。
ペーパーナイフを取り出し、封筒を切る。レイ殿下からでメイドがした事に対する詫びの手紙と3日後にあるお茶会の招待状が入っていた。参加の有無を言わさない内容である。強制だと思っていいだろう。
外に出て適当に家具を見繕い買った。しかし家の修繕は時間がかかるらしい。
冬に入るまでになんとか終わるといいけれど。
夜に浴びた隙間風を思いだしぶるっと体を震わすとコンコンと咳がでた。寒さに当てられたからか、咳が時折でるのだ。魔王討伐時には万全の体調で臨みたい。
しかしながら、実際に暮らしてみるとゲームとは違い生活とは困った事ばかりなのだ。洗濯一つとっても水汲みの場所も分からなければ道具もない。どうしたらいいのかわからない。異なる生活環境に身を置くのはとっても大変な事だった。
午後には教会に顔を出した。特に用事もなかったので、神父様に挨拶して帰ろうとしたら、アレンが慌ただしく部屋から出てきた。
「あら、アレン様。ごきげよう。どうしたのです、そんなに急いで」
「この伯爵令嬢は僕に挨拶すると死ぬ病にでもかかっているのかい?」
アレンは恨みがましく私の鼻をつまんだ。昨日こっそり帰った事、まだ気にしてるのか。
「ひゃ。もう、何を大袈裟な!アレン様がその無駄に振りまく色香を仕舞えるなら、わたくしはちゃんと挨拶できます」
鼻をつまんでいるアレンの手を私は軽くつねる。すると、アレンは鼻から手を離し私の手をにぎった。
「色香?何か問題でも?」
「わたくしには毒なのです!」
こんなに頻繁にどきどきさせられては私の心臓がもたない。それなのに、私の抗議にアレンは満足そうに笑う。
「それは問題ない」
問題大有りです!
そのまま手を引かれ教会の中庭に連れて行かれる。整った庭の真ん中に椅子と机が置いてあった。アレンは椅子をひいてくれる。
「ご令嬢、少し僕とデートしませんか?」
「美味しいお茶とお菓子があるなら喜んで」
勿論、そんな物なくったっていい。ただ、素直に応じるのが気恥ずかしいだけだ。だが、それをアレンに完全に見透かされていたようだ。より恥ずかしい。
教会のシスター達がテーブルをセッティングしてくれる。セッティングを終えると彼女達は捌けていき2人きりになった。
そういえばアレンはいつも一人で居るが、側近は居ないのかなぁ。
「体はもう大丈夫?見せて」
「すこぶる健康です」
私が手を差し出すとアレンは昨日と同じように手を握りステータスを確認する。一晩経ったのでMPはもう完全回復している。なのにアレンは納得いかない顔をしている。
「体の魔力の巡りが少しおかしい、風邪でもひいてる?」
そんな事までわかるのか……。ちょっとびっくり。
「少々咳が出るくらいですわ。お気になさらず」
「酷くなる前に必ず報告して。薬師に診させよう」
「ありがとうございます」
心配してくれる人がいるというのは嬉しいものだ。
「あ、報告といえば!昨日の殿下からのお手紙ですが、お茶会の招待状でした。3日後行って参りますね」
「わかった、予定を空けておこう」
「すみません、アレン様。招待状に名前が有ったのは私だけでして」
うぅ、言いづらい。
「問題ない」
彼は相変わらず涼しい顔で答える。
大有りです!と言いたいが彼ならなんとかしてしまいそうだ。
「殿下とか昨日縁もありましたし、わたくし一人でも大丈夫ですのよ?」
「チェルシーは、私が守ると決めた。側にいなければ守れないだろう」
「アレン様、城では兵もおりますし、わたくしはそれなりに強いんですよ?もっと信じてくださいませ」
「信頼は築くものだよ。貴女の行動を観察した限り、僕がずっと側にいるのが妥当だと感じた」
「ひどいです!」
「チェルシーは、甘い言葉で囁かれる方がお好みかな?」
顔が赤くなるのがわかる。
アレンの甘い声はそれだけで、必殺技だ。
誰か!この人を止められる人は何処かにいませんか。
なんだかんだ、アレンとの会話を楽しんだが、肌寒くなってきたので本日はここで解散する事にした。また送っていくとアレンは言い張ったが、これから仕事があるらしく、なんとか一人で帰れた。
そして次の日、私は見事風邪を拗らせ熱を出した。
3日間高熱にうなされたが、やっと体が楽になってきた。食事を殆ど取れなかった事や微熱がまだある事もありまだフラフラするが、外出準備をする。パンくらいは買って食事をとらなければいけない。そして一番大事なのは城にお詫びの手紙を出すことだ。すっぽかしてしまった形になるのだが大丈夫だろうか。それにアレンも心配している事だろう。
パン屋に行きお会計をしていると、女主人と見られる女性が私を見て気さくに話しかけてきた。
「あんたいい髪の色だね。最近話題になっている銀髪で、それで美人だ」
「話題?どんなお話でしょう、教えて頂けませんか」
「おや、この街に住んでいて知らないなんて。珍しい子もいたもんだ」
本当に驚かれている。
「最近は風邪で床に臥せっていたもので」
「そうかい、そりゃ大変だったね。話題というのはね、アレン・デュロイ枢機卿が街で銀髪の女性を探しているじゃないかって話さ」
「!?」
驚いて口をパクパクさせていると女主人は得意げに話しを続ける。
「最初は黒いローブを着て怪しい人物がいるって、みんな訝しんだんだ。そしたらフードの中にある顔は水色の髪をした麗人だった話だ。数日前にも枢機卿が街にいたって噂だから、全くないって話ではないだろう?」
「確かに……、そうですね」
私は苦笑いしか出来ない
神父様は何をしているのだろう。もっと強く彼を止めて欲しい。
「そのお方が、銀髪の髪の長い女性を探しているって事で、街にいる銀髪の娘は大騒ぎさ。お貴族様ですら、使用人に彼を探すよう命じているらしいよ」
なにそれ怖いっ!
すると聞き耳を立てていたのだろう、他の年配の女性も話に入ってきた。
「それが新しい噂では、王族もその娘を探してるってんだ」
……レイ王子だ。お茶会すっぽかしたから?
「どうにも騎士団や兵も率先して探してるってきいたよ。それで、実はどこかの国のお姫様が攫われたんじゃないかって、さっき他でも話してきた所よ」
「そうかい、そりゃ街にいる娘には残念がっていそうだねぇ。あんなに張り切って着飾って出歩いてたってのに」
女性2人は笑いあっているが、私は乾いた笑いしか出ない。はやく対応しなければ、話がどんどん大きくなる。
パンを受け取り部屋に戻るとベッドに項垂れる。
「そりゃ、いきなりいなくなったら皆んな心配するよね」
でも会いに行き方を失敗すると、叱られる!自ら出頭するのと、見つかって捕まるのでは大分印象が違うのだ。なるべく穏便に事を済ませるには、はやく、こっそり教会に行くのがいいだろう。
「あぁ、また熱が上がってきた気がする」
頭がくらくらする。そう言えば〈聖女〉って自分にも効くのかな?今日はもう少し頑張らなければいけない。魔力は沢山あるのだ、試してみよう。
歌い始めると、先日と同じように室内に淡い光が広がり小魚が何匹か姿を現わす。
多分、数匹で良いはず。
直ぐに歌うのをやめたが、光が溢れて止まらない。魚はチェルシーを中心に周回し始めどんどん描く円が大きくなって行く。増え続けた魚は室内を通り抜け、外から小さい叫び声が聞こえた。
なんで歌うのをやめたのに止まらないの?
ステータスを確認すると今は全体の8分の1程しかMPが減っていないがじわじわ減り続けている。
それなのに、自分の体調は一向に良くならない。それどころか呼吸が早くなり息苦しくなった気がする。
我ながら失敗した。今からでもアレン様に会いに行こう。
這うように外に出ると、槍を持った兵士が数人待ち構えていた。
今も小魚は増え続け街の南側を埋め尽くす程である。巡回していた兵が駆けつけたのだろう。
「お前が、銀髪の女か。まさか、こんな危険人物の手配だったとは。城まで来てもらう」
兵団長、末端まで情報が行き渡ってないですよ。
しかし、今は説明している余裕もない。この減り続けるMPをなんとかしなければ。
私は兵士たちの槍を適当に交わし走り抜けた。
アレン様は自分が街に降りると騒ぎになると覚えました。ちゃんとローブを着て探します。