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悪役令嬢

クロエ視点続きです

 その夜、わたくしは子爵の家の食事会に参加しました。

「この度はお招きありがとうございます」


 適当に社交辞令を述べ部屋に案内されると其処には複数の男爵や婦人がいた。その中に混じっていたピンクアッシュの髪の異国風の少年。見た目はとても可愛らしいが纏う空気が違う。


「貴方は?」


「エリスです。どうぞよろしく」


 子爵の紹介によると彼は聖女と遠征を共にしていたらしい。


 ……帰ってくるの、早くないかしら?


 まだ遠征隊は王都へ帰還中だ。でも野暮なことは聞きません。相手の面子を潰さないのもマナーの一貫ですから。


 適当に相槌を打ちながら、出された料理を口にします。


 なんです、これは。変に甘ったるくてまずい。


 わたくしはここに来たことを後悔し始めていた。お料理はまずい、聖女へのパイプはとんでもなく細い、おまけに話もつまらない。会話は全部聖女への賛美で、さながら聖女のファンクラブの様です。


 気分が悪くなったわたくしは一言断り離席をし、バルコニーで夜風に当たる。


 もう帰ってしまおうかしら。


 そんなことを思っているとドアが開きエリスと紹介された人間がやってきた。


「体調は大丈夫ですか?」

「ええ。なんともありませんわ」


 利用価値が見出せないこの少年に愛想をふりまいてもしょうがない。返事が少し雑になる。


「貴女はあまり聖女様に興味がありませんか?」

「寧ろ、大っ嫌いよ。自分の婚約をダメにする人間を好きになる人がいるとお思い?」

 つい、口にしてしまった。わたくしは慌てて口元を扇子で隠す。


「婚約を……?ダメに?」

「なんでもありませんわ」

 この情報はまだ内緒です。


「僕でしたらご令嬢のお役に立てるかもしれません」

「あなたに何が出来て?」

 鼻で笑うわたくしを気にする様子もなくエリスは瓶を取り出す。


「もし、凱旋式の後、貴女が聖女を連れ出してくれると約束してくれるならこれを差し上げます」

「これは?」

「マペッドという魔物からとりだした混乱系の毒です。操り人形に出来る、とまでは言いませんが簡単に催眠や洗脳を行うことが出来ます」


「こんな物どこで?」


「僕の主人が薬や毒に知識があるのです」

「そんな毒が……」

 ある訳ない。そう言おうとして口を紡ぎました。エリスはロゼの国の人間です。職人大国の人間ならばそういう者も居るのかもしれません。


「ここの人間はよく聖女様を信仰してしいるでしょう?」

「ええ。気持ち悪いくらいにね」

「畑の土にね、混ぜたんだ」


 エリスは口を吊り上げて笑った。

 その笑顔に背後がゾッとする。


「畑の土から野菜に移った毒は、それ程強くないけれど、毎食食べていれば効果がある。証拠なんて残らない。子爵達も貴女に差し上げよう。連れ出してくれれば後はこちらで……。その代わり絶対に聖女を殺さないで下さいね」


「いいわ」


 わたくしは瓶を受け取る。

 凱旋式まで日もない中、これだけの武器が揃えられたら上出来な方だ。




*・*・*



「貴女にはもっと相応しい友人がいると思うわ」

 凱旋式の後、わたくしはアンジーに言い渡します。


 わたくしの意図を分かっていたくせに、聖女に惑わされるなんてどうかしている。お陰で凱旋式ではとんだ恥をかいてしまいました。

 何を言われても、こちらが聖女の力を認めなければそれで終わった話を。少しそばかすが消えたくらいで騒いだ愚かな女だ。


「申し訳ございません。どうかわたくしをまだお側に置いて下さいませ」


 我が家の後ろ盾が無ければ直ぐに没落するであろう弱小貴族だ。


「貴女がすることは、わたくしに謝ることではなく何処に嫁ぐか子爵様と相談することではなくて?」


 子爵令嬢の名があるうちに少しでも良い所へ嫁いだ方がいい。まぁ、没落一直線なあの家の娘が良い嫁ぎ先を見つけるのは無理な話だ。平民や老人の妾として生きればいい。


 泣くアンジーを幼馴染のジェシカが慰める。

「大丈夫。大丈夫よ」



「あぁ!そういえば」

 わたくしのその声で2人の女はビクッと震える。

「聖女様と折角お知り合いになったのですもの。シスターになると言うのも一つの手ではなくて?ねぇ?ロベリア?」


 ロベリアはあろうことか聖女に顔の吹き出物を治してもらった女だ。


「いいえ。そんな、知り合いなんて」

「やだぁ。貴女の話ではなくアンジーの話よ」

「申し訳ありません」

「いいのよ。そういえばお願いがあるの。暫くわたくしの侍女をやってくれないかしら。ほら、最近新しい子がまた辞めてしまったから助けてくれると嬉しいわ」


 貴女が友達でいるなんて烏滸がましいのよ。

 

「かしこまりました」

「ありがとう。明日からよろしくお願いしますね」


 女達に八つ当たりしてもちっとも気持ちが晴れません。


 実際会った聖女は何もかもが気に入らなかった。特にあの黒髪の男は許せない。


 貴女からは全て奪ってやるわ。


 


 といっても凱旋式が終わっても聖女は城を出ることはなかった。面会の手紙が返ってきたのは1度きりで、それ以降は返事が返ってくることもなかった。噂では王族に守られているという話だ。


 イライラが募る。

 わたくしが唯一ストレス発散出来るのは、聖女に似たメイドに命令することだけでした。


 自身の部屋の掃除はアンジーにさせるつもりでしたが、このメイドにさせる方がわたくしの気が収まります。


 子爵達にはまず、陛下に抗議しにいってもらった。大事な聖女が王宮に囚われていると暗に告げると彼らはよく動いてくれた。

 そもそも婚約の危機なのだ。カヌレ領の貴族が異議を唱えるのは当然のことです。陛下が意見を変えることはありませんでしたが王族はそちらに気を向けていればいい。


 わたくしは聖女を探りました。しかし侍女を使って聖女の部屋まで調べることは出来ても護衛の兵がいて中に入ることは出来きなかった。


 せめて、この薬さえ飲ますことが出来れば。


 エリスによると数滴で催眠効果、スプーン1匙もあれば一時的に昏睡状態まで持っていけるそうだ。


 ルーシーというメイドに混入させるのが理想です。メイドの証言など貴族は誰も取り合わない。もし事態が明るみに出てもわたくしが罪に問われることはないし、気に入らないメイドも消えて一石二鳥だ。

 しかしこのメイド、いくら調べても全く詳細のわからない人物でした。

 ルーシーというメイドを知っている城の者もすらいない。

 仕方がないのでアリアの方を調べたら、料理人見習いと懇意にしていると言う。こんな美味しい条件のメイドはいない。


 子爵にお願いし、アリアの家族をこちらで抑えることにした。






 そしていよいよ今日は毒の混入を命じた日。勝負は今夜です。


 あと少し……あと少しです。


 トントンとノックがし、アリアがわたくしの部屋に訪れました。

「お使いは出来ました?」

「はい」

 上手く毒を仕込んだ様だ。


「ご苦労様。わたくしの部屋で少し休んでいくといいわ」

「そんな、申し訳ないです」

「いいのよ、手伝ってくれたんですもの。アンジー、この間頂いたクッキーを用意してくれる?そうしたらもう今日は帰って貰っていいわ」

「かしこまりました」


 わたくしは自分の侍女を家に帰す。この部屋にいるのは震えたメイドだけだ。


「どうぞ、お食べになって」

 メイドがわたくしに逆らえる訳がない。


 ビリビリ茸が入ったクッキーはさぞ美味しかったことでしょう。



 聖女に毒を飲ませたことが確認出来たわたくしはローブを羽織り子爵達を城の居住区に引き入れました。約束していた凶徒もちゃんと連れています。油断している護衛の兵を闇討ちするくらいなら訳ないでしょう。

「それでは、よろしくお願いしますね」

「はい、必ず聖女様をお救いします」


 わたくしは勇ましい彼らの背中に手を振ります。あの人たちは本気で王族に囚われになった聖女を助け出すのだと信じている。



 ああ、あの女がわたくしに従順になる姿を早く見たい。


 でも我慢我慢。今わたくしが聖女を運んでいる姿を誰かに見られるわけにはいかない。

 わたくしは明日この城を出る。カヌレ領の男爵の家で落ち合うまでは我慢です。


 アリアはカヌレ領で処分すればいい。兵士は縛り上げて閉じ込めておいた。

 護衛の兵達は甲冑を着ているので少しの間、凶徒と入れ替わっても気づきはしないだろう。いない事に気づいた時には後の祭りだ。



 そして王宮は静かに夜明けを迎えた。


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