相談
私がキョトンとしていると、殿下は罰の悪そうな顔をして離れた。
状態も安定し、大事な相談をしたい事を告げると、殿下は今から時間を取ってくれるという。私達は一度別れ私の部屋に集合することにした。
バルコニーから帰るとスティーブが出迎えてくれる。
「お早いお帰りでしたね」
「今からレイ殿下くるから用意して頂戴」
「えぇ〜!?」
スティーブは飛び上がり、いそいそとお茶の準備を始める。
私は、《メニュー》からオートでドレスに着替えた。思ったよりも時間にゆとりがあるので殿下はこちらの準備に合わせてゆっくり来てくれているのかもしれない。
ノックの音が部屋に響き、殿下が真面目くんを引き連れて部屋にやってきた。
「いらっしゃいませ、殿下」
「あぁ」
見張りの兵が見てるので本日は初めて会った程である。部屋に入り、私と殿下は向かい合わせに座る。
「それで話とは?」
「実は……」
私は今日の出来事を殿下に話し、最後にポケットからだした瓶を机に置いた。
「これが渡された毒です。わたくしが持っていると何かの拍子に浄化してしまう可能性があるので殿下にお預けしてよろしいですか?」
殿下が頷くと、真面目くんが瓶を自分のポケットにしまった。
「わかった。そのメイドの家族はこちらで保護しよう。それにしても、クロエの部屋に行っていたのは知っていたが魔物対策研究課までウロウロしていたとは」
「あら。きっとお役に立ちましてよ」
ほほほっと笑って誤魔化すと殿下は何かあったら報告を早くあげる様にと笑った。話が早くて助かる。
「クロエはこの毒をどこから手に入れたのだろうか」
「上級モンスターの毒ですからかなり貴重ですね。マッドもこの様に瓶に入るほど大量なものは見たことがないと言っていましたわ」
カヌレは港がある。貿易が盛んなので異国の品かもしれない。
「まさかまたエリスが……」
私がぼやいた瞬間、部屋の外でがたんと物音が聞こえた。
誰かが言い合いをしている声だ。
「なんだ?」
殿下が眉を顰める。
真面目くんは扉の前に立ち、剣に手を置く。
「どうした?」
真面目くんが扉の外の兵に尋ねる。
「お騒がせして申し訳ございません。メイドと料理人見習いがどうしても聖女様に会いたいと騒いでいるのです。直ぐに追い払いますので」
それってもしかして。
「ルーシー!!」
扉の外でアリアが私を呼ぶ声が聞こえた。私は立ち上がり扉を開ける。
扉の外ではトーマスが兵に掴みかかってもみくちゃになっているところだった。
「わたくしの友人です」
私の言葉で兵は憎々しげにトーマスを放った。
アリアは私の顔を見てホッとした顔をする。
「殿下、先程お話したアリアとトーマスです。ご一緒してもよろしいでしょうか」
私が振り返って殿下に尋ねると、いつの間にか私の真後ろに立っていた殿下が笑った。
「許可する」
殿下が来ているとまでは知らなかったのだろう。アリアとトーマスの顔は真っ青だ。
私はアリアの手を握って中に引き入れる。
「大丈夫。入って」
ガチガチに固まった2人に椅子を勧めたが、畏れ多くてとても座れないと言う。私はともかく殿下がいてはしょうがない。
無理に座らせるのも可哀想なので、アリア達には立ってもらったままで話を聞くことになった。
「申し訳ございません。まさか、殿下がいらしているとはつゆ知らず……」
アリアから緊張しているのが伝わる。
ちょっとだけ間が悪かったね
「よい。それでチェルシーに何用だ」
「はい。伝えたいことがあったのですが、聖女様に明日会えるかどうかわからなかったものですから」
一応私は明日も掃除に行くつもりだったのだが。身分がバレたからと距離を取るつもりはなかった。
「俺、….…いや、私、思い出したんです。あの毒の甘い匂い」
トーマスは何処かで嗅いだ匂いがすると言っていた。パペッドの毒ならそうそう嗅ぐことなんてない。
「どこです?」
「ほら。ルーシーが、違った。聖女様が休憩室にいる時に見たろ、クズ野菜」
あの、中が空洞になっている野菜だ。
「あの野菜の臭いだ。煮込むと特にあんな匂いがするんだ」
軽く目を見開いた殿下がすかさず「産地は」と尋ねる。
「カヌレ領です」
「報告はそれだけか?」
真面目くんがアリアとトーマスに確認すると2人は頷く。
殿下はそれを聞いて立ち上がった。
「私は父上に報告に行く。お前はその野菜を集めておけ。絶対に人に触らせるなよ」
「はい」
「よく知らせてくれた。お前の家族は私が保護をする。安心しろ」
殿下の言葉にアリアは涙を溜めて頭を下げる。
「ありがとうございます」
「チェルシー」
「はい。」
殿下は思い出した様に、最後に私の呼ぶ。
「其方は部屋で大人しくしている様に」
「かしこまりました」
カヌレ領で一体何が起こっているんだろう。
私は首を振り、自分の思考をかき消す。確かめる手段はある。きっと自分の目で確かめるのが一番早い。
「アリア、トーマスありがとう。今度は私がおもてなししたいのだけれどどうかしら?」
「でも、仕事が……」
躊躇うアリアを椅子に座らせる。
「聖女の相手より優先する仕事なんてなかなかないわよ」
「紅茶でいいですか?」
スティーブも2人に尋ねる。
この後の2人の仕事を考えると長居は出来ないだろう。でももう少しだけ3人の時間を楽しみたかった。
きっと、もうすぐ私は城を出るから。
*・*・*
わたくしの名前はクロエ・カヌレ。公爵家に生まれ、皇太子殿下の婚約者。将来をも約束された人間だった。
周りに敵はいなかった。わたくしより優秀な者はおらず、敵になる前に排除し蹴落とすことは簡単だった。わたくし以外の女はわたくしを引き立てるために存在している。
ところが、魔王討伐の凱旋式を数日後にひかえた秋、お父様の部屋に呼び出されたわたくしの輝かしい人生は陰りをみせます。
「殿下との婚約が破棄される可能性がある」
「な、なんでですの!?」
「陛下は聖女こそ国妃に相応しい、とそうお考えだ」
「んな」
なんて見る目のない王なのかしら!
怒りでどうにかなってしまいそうだ。
「万が一婚約が破棄される場合、どの領よりも手厚く我が領を優先して聖女の加護を頂けることとなった」
「そんなもの!一族から王族が出るのと、どちらが大事だと思っているのですか!」
「いいかい。それによって、疫病や魔物からの被害を今後何十年も考えなくていいんだ。損な話ではない。それに」
お父様はじっと私を見ます。
「私もお前が皇后に向いているとは思わない」
この男は何てことを言うのでしょうか。わたくし以外に相応しいものがいるはずがないでしょう。
「わたくしは、必ず皇后になってみせます!どんな手を使っても!」
「クロエ!」
わたくしはお父様の制止の声も無視をして部屋を飛び出した。
わたくしに今まで手に入らなかったものなどありません。思い通りにいかなかったことなど1度だってないのです。
そうは言っても、わたくしが一人登城したところで事態が好転するとは思わなかった。作戦を練らなくては。
わたくしが悶々と一人考えていると、翌日のパーティでビーズ子爵という冴えない男がわたくしに話しかけてきました。
「ご機嫌よう、クロエ様」
「ご機嫌よう子爵様」
ビーズ子爵はカヌレ領の子爵だ。愛想良くしなければいけないが、パッとしない存在が不愉快で仕方がない。
「お聞きになられましたか?遂に聖女様が魔王を討伐なさったとか」
「ええ。その様ですわね」
最近はどこも聖女様、聖女様。話題の中心はいつだってわたくしでしたのに。
「大層美しいとの噂です。早くお会いしたいものです」
「えぇ。わたくしもですわ。一体どんなお方なのか……早くお会いしたいですわ」
会ったらすぐに地獄に突き落としてやるわ。
「おや、クロエ様もですか!」
ビーズ男爵は同志を見つけた様に喜び、周りを見渡し近くに誰も居ないことを確認すると小声で続きを話す。
「実は聖女様とパイプを持つものがいるのです。名はエリスというのですが、今夜お食事でもいかがですかな」
ほらね、この世の中はわたくしの思い通りになる様に出来ている。
次回もクロエ視点で進みます。
丁度チェルシーが実家にいる頃の時間軸からの話です。