城での退屈な生活⑥
「レイ殿下に見つかってしまいました!」
いの一番にキール兵団長に報告する。私は演習場で戦いに戦った。流石にエースと呼ばれる者にはヒヤリとさせられるものがあったが、今のところ連勝である。騎士になるともっと強い者がごろごろいるらしいが、殆どを貴族が占める騎士と戦う事は無いだろう。
失敗してしまったのは、新人を5人程纏めて指導しながら戦っている時だった。思わず力を込めすぎて彼らの剣も盾も薙ぎ払ってしまった。それを拾いに行ったのが運の尽きである。
殿下は私を凝視していた。多分バレてると思う。
キール兵団長は溜息を吐き、額にトントンと指を当てる。
「もし、殿下に聞かれたら上手く言っておきましょう。貴方は直ぐに帰った方がいい」
「ありがとうございます。もし、殿下に怒られそうになったらわたくしに無理矢理やらされたと言ってくださいね」
キール兵団長は苦笑いをしている。この様子では兵団長が怒られ役を買ってしまいそうだ。
「えぇ〜!?もう帰ってしまうんすか?次は聖女様の石を持つとどれ位の時間持ちこたえれるかの検証をしたかったのにぃ」
不貞腐れた顔をするマッドには、許可が下りたらまたやりましょう。と私は励ましの言葉をかけた。
すると、私が帰る事を察した兵達が一斉にわらわらと集まりだした。
「姉御!」
「もう終わりですか?」
「次はいつお相手して頂けますか!?」
兵達と模擬戦を重ねていくうちにいつの間にか、姉御と呼ばれるようになってしまった。私の正体を知っている兵は後ろの方であたふたしているのが見える。
「私も皆様ともう少し時間がとれたらと思うのですが、急用で直ぐに行かなければなりません。お相手ありがとうございました」
私はスカートの裾を持ち上げ別れの挨拶をした。
「礼!」
兵は兵団長の号令で一斉に拳を胸に当てありがとうございました!と声を揃えた。兵隊の声は大きい。ビリビリと空気が震えるのが分かる。
私は凹んでいるマッドに軽く手を振り急いでその場を去る。
早く!部屋に戻らなくちゃ。
レイ殿下はどう思っただろうか。
いつ部屋に来られても良いようにせめて体裁だけでも整えて置かなければ。
近道をする為、城の玄関ホールを突っ切ろうと早足で進んでいると前に人だかりが出来ていた。
なにかあったのかしら?
近道したつもりが、逆に時間が掛かってしまいそうだ。
人集りをかき分け、やっと前が見える様になる。
そして、私は直ぐ様後ろに下がった。
この黄色い声で察するべきだったのだ。
アレン様だわ。
何故だか予定の時間よりも随分早い。周りにメイドが多いのが不幸中の幸だった。
「はやくこの場を離れなくちゃ」
これは本当にヤバい。見つかったら何を言われるか……!
ぶるりと肩を震わせ踵を返すと、そこにはアリアがいた。
「ルーシーも枢機卿を拝見なさりにきたのね!」
「い、いえ!私は道を間違えて……」
アリアは私の訂正など聞いていない。うっとりと枢機卿を眺めている。
「はぁ。本当に素敵よね。あの方が同じ人間だなんて思えないわ。絵画の様に美しいんですもの」
伏し目がちに歩く麗人はそれだけで絵になる。ところが、アレンは突然立ち止まり視線を私の方に向けた。
えっ!?なんで……?
こんなにメイドがいるんだもの。見つかるわけない。
そう思う一方で、早くここから離れたくて仕方がない。
「そうね。じゃあ、私は仕事があるから……」
その場を立ち去ろうとする私の手をアリアがギュッと握った。
「ルーシー待って!アレン・デュロイ枢機卿よ?こんな近くで拝見出来る機会なんてもうないわ!勿体ないわよ」
アリアは私の手を引っ張り他のメイドをかけわけぐいぐいと前に行く。
「アリア!私本当に……!」
その瞬間、私は後ろからきたメイドにドカンと突き飛ばされ軽く体が宙を浮く。
嘘でしょ!?
私はそのまま、アレンの目の前で膝をつき倒れた。
その場が固まる。
私も恐ろしくて顔を上げることが出来ない。
平民が貴人の道を塞ぐのはタブーだ。その上、転ぶという失態まで犯している。
動かない私の横にアリアが同じく膝をついて頭を下げた。
「大変失礼致しました。申し訳ございません」
彼女の体は震えている。アレンがいくら麗人でもここで言い渡されるのは普通処罰だ。怖いわけがない。
アリア、なんて天使!!
私が感動していると、アレンはアリアに手を差し出した。
「立ちなさい」
アリアは真っ赤な顔で戸惑いながらアレンの手を取った。
「あなたは勇気ある人だね」
「いいえ!ルーシー……彼女を引っ張ってきたのは私なので」
「ルーシー……」
アレンはその言葉を噛みしめる様に呟く。私はびくりと肩を震わす。
「怪我を、しているね?」
「はい」
私は短く返事をする。包帯があちこちに巻いてあるので誤魔化しはきかない。
「治療が必要だね」
「いいえ、大したものでは……」
「治療が必要だね?」
もしかしてなくてもバレてる?
滝の様に汗が流れる。
「……はい」
私が震えた声で答えると景色がぐるりと回り体がふわりと浮いた。
「きゃっ!?」
焦点の定まった私の目にはアレンの顔が映る。私は抱き上げられて、所謂お姫様抱っこをされている。
久し振りに見るこの距離のアレン様は刺激が強すぎる!
私がアレンの顔面に圧倒されて思考を放棄していると、女性の悲鳴が上がった。
羨望と嫉妬が入り混じるその悲鳴に思考が現実に戻される。
……怒ってる?
その顔からは読み取ることが出来ない。
「彼女を治療しましょう。連れて行っても?」
アレンの問いにアリアは千切れんばかりに何度も頷く。
私はお姫様抱っこをされたままアレンに運ばれる。顔を手のひらで覆うが、恥ずかしくて死にそうだ。
メイドに案内された応接室に入ると久々の2人きりだ。私は椅子に優しく降ろされた。
「この様に晒すなんて、酷いではありませんか」
「僕は怪我を負っているメイドを労っているだけだよ。ねぇ、ルーシー?」
アレンは私の真っピンクの髪に口づけをする。
「それで?この格好と怪我の理由を聞かせて。チェルシーは大事に保護している、と報告を受けていたんだけどね。僕は」
この背筋がぞくりとする視線は久し振りだ。アレンは離れると無性に会いたくなるのに、会うと離れたくなる。
本当に不思議だ。
「な、なんのことでしょう?私はルーシーです」
無駄とわかりつつすっとぼけてみる。
「へぇ。じゃあ、僕はチェルシーが恋し過ぎて幻覚を見ているみたいだ」
アレンは残念そうに私の髪から手を離す。
「えっ?」
「僕はチェルシーに会えるのをとっても楽しみにしていたんだけど。そう思っていたのは僕だけだったのか」
アレンは大げさにため息をつきちらっとこちらを見る。
「うっ」
そんな悲しそうな目で見ないでほしい。
アレンの手へと自身の手を伸ばすと、ふいっと避けられてしまった。
「この手はチェルシー専用です」
「なんですかそれは!」
もう、わかってるくせに!
それでも、アレンに避けられるのは悲しい。
「……チェルシーです」
根負けした私は声を絞り出し白状する。するとアレンは私に覆いかぶさり伊達眼鏡を取った。
「チェルシーがメイドになりたいなんて知らなかった。言ってくれれば良かったのに」
「違うに決まっているではありませんか!アレン様は遠征が終わったら教会本部に戻るのではなかったのですか?」
「聖女が王族に取られそうになっているんだよ?僕が牽制しなくて誰がするの」
「うっ。ありがとうございます」
「それで?君はその格好で何をしていたの?」
「わたくしは、ちょっと外に出たくて変装していただけなのです!城に来てからは部屋の外に出ることさえも許可が出ませんでしたから。クロエ様とはその……少し交流がありましたけれど、アレン様が心配に思われるような事はありません!」
「……詳しく聞きたいことが山ほどあるね。それで、この怪我は?」
「魔物研究対策課で少々」
アレンは少し呆れた様に半目になり身を起こた。手首の包帯から解いていく。次に首、足を順に見ていき、他に痛いところはないかと聞かれたがこれには首を横に振る。
「毒に侵されていたのは〈情報共有〉で気づいていたが……。思ったより化膿しているね。王宮は何をしているんだ」
アレンは悔しそうに眉を歪め、私の手を握る。
「これは、痛かったね」
私は痛くて眠れなかった夜を思い出す。
でも。
「アレン様に会えない日々の方がわたくしには辛かったです」
私はアレンにもたれかかり、すりすりとおでこを擦り付けた。
「寂しかったです。夢の中でしか会うことが出来ませんでしたから」
私の言葉にアレンは強く私を抱きしめた。少し苦しいけれど私も手をアレンの背中に回し抱きしめる。
「チェルシーがずっと僕の腕の中に入ればいいのに」
「少し我慢ですわね。それにしても、よくわたくしだと気づきましたね」
「君の姿が見えればステータスが横に出るからね」
そう言えばそうだった。〈情報共有〉していても見ようと意識しなければステータスは見えない。私が、アレンのステータスを見たのは〈情報共有〉した最初だけなので忘れていた。
「メイド姿のチェルシーを見つけた時は本当にびっくりしたよ。その格好も似合っているけれど、君のそんな姿は他の者には見せたくない」
確かに令嬢がメイドの格好など外聞が悪い。しかし、そこに嫉妬が混じっているのがわかる。それが少し嬉しい。
「気分転換にルーシーになるのもよいではありませんか。ね、御主人様?」
私がふざけて返事を返すとアレンの眉がピクリと動く。
「メイドごっこをするつもりなら僕は容赦するつもりはないけど?」
妖艶な笑みを浮かべたアレンに私は即座に降参した。




