約束
夕方にもう一回更新します
城に用意された馬車に乗り、最初の教会に帰ると神父が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、枢機卿」
「あぁ。アーロン神父彼女は僕の客だ。夕飯は彼女ととる」
「かしこまりました。お初にお目にかかります。この教会の神父、アーロンです」
神父様は私も丁寧に迎えてくれた。人の良さそうな顔をしている。
「チェルシー・シュガーレットです。お会いできて嬉しいですわ」
挨拶も程々に済ませるとアレンに用意されている客室に向かった。部屋に入ると正に2人きりだ。
「さて」
私はびくりと肩を震わせる。
「ご、ごめんなさい。まさか、あんな事になるなんて思ってなくって!見知らぬスキルが発動したからつい、どんなものか見てみたくって。だってどんな効果かきになるじゃない?幻想的な魚がいっぱい出てきたのよ」
ある意味これはゲーマーの性である。
言い訳をまくし立てると手首を掴まれた。
「きゃ!?」
「《ステータス》」
2人の真ん中にチェルシーのステータス表示がでる。名前、HP、MP、状態が表示されている。
人を診察する上では随分便利な能力だ。
アレンはじっと私のステータスを見て目を見開いた。私もつられて自分のステータスを見るとMPのバーが5分の1程減っている事に気が付いた。
こんなに減るなんて珍しい。私はMPを結構あげている方なので大魔法を使わなければこんなに減ったりしない。
「貴女は想像以上にステータスが高いな。体は大丈夫?疲労感はない?」
「魔力が減ると疲労感が出るのですか?」
「そうだよ。あんな長い呪文の大魔法を何も考えず使って。何かあったらどうするの」
「今日1日で色々あったからこれくらい疲れているのは当たり前だと思っていたわ」
ジトっとした目で見られる。
「それで済むのはこの非常識な魔力のお陰だ。普通の人間が使えば発動が失敗し、倒れてもおかしくない」
そうか、MP上げておいてよかった。
「今後気をつけます、心配してくれてありがとうございます」
その言葉を皮切りに今日会った事を懇々と叱られた。城で人を信用しすぎな事、魔力を使って付け入られる隙を作ったこと、王族と簡単に次の約束をした事。
「待ってください、何故王族と約束をしてはいけないのですか?」
「チェルシーは王族につくの?そう言えば随分殿下に気を許していた様だけど」
アレンは急に怖い顔つきに変わった。
「確かに殿下とは仲良く出来たらなぁと思っていますが、それだけです。教会と王族の仲は悪く無いと記憶しているのですが……」
「今はね。魔王を倒した後チェルシーを巡って対立する可能性はあるね」
「わたくしを巡って……?」
それはよろしくない。やはりスキル〈聖女〉のせいだろう。
「でしたら魔王討伐が終わり次第このスキルはお返しします」
「それは出来ない」
スパッと否定された。がっくり項垂れて椅子に腰掛ける私を見てアレンは隣に座る。
「僕は討伐が終われば教会に戻るが、チェルシーをずっと守る。だから安心していい」
「私は教会とか王族とは派閥争いに巻き込まれるのは絶対いやです。でもアレン様は信じます。教会には協力しないけれど、アレン様の助けにはなりたいもの。だからちゃんと守って下さいね」
改めて言葉で伝えるのは少し恥ずかしい。でも彼に答えなくては。ゲームでだけど、私は彼の人となりを見てきた。それに、今日助けてくれた恩もある。信頼するには十分だ。
アレンは意外そうな顔をした後嬉しそうに微笑んだ。
「では誓いを」
そう言って私の手を取ると手の甲に口づけをした。
顔が熱くなるのがわかる。純日本人にその仕草は反則である。
「あの……、顔見ないで下さい。変な顔していると思うので」
片手で精一杯隠すが、逆に面白がられてしまった様だ。アレンは口づけをした手を離してくれないどころか、もう片方の手首まで掴まれてしまった。
「へぇ。僕はチェルシーの顔ならどんな顔でも見逃したくないな。顔、見せて」
囁く声とは別に顔を隠していた手を退けられてあばかれてしまう。
「僕が見た中で一番可愛い」
「待ってください、顔が近いです」
「何か問題でも?」
自分の鼓動の音が聞こえるのではないかと思った瞬間、部屋のドアがノックされ扉の向こうから声がする。
「アレン様、お食事が出来上がりました」
「わかった」
そう言うとアレンはチェルシーの手首を離した。
「もう少し、こうしていたかったのに。残念だ」
悪戯っぽく笑う彼は本当に魔性の男性だと思う。色気を垂れ流しにするのは毒なのでやめて頂きたい。
食事を終えると、王宮からですよ、と神父から手紙が渡された。
「ありがとうございます」
なんだろう?アレンが気にしているようだが、これは1人でじっくり読もう。
「それで、枢機卿。討伐の出発はいつになりましたか?」
「半月後だ」
神父がアレンに尋ねる。私も初めて知った。半月後……それまでに戦いの準備をしなくてはならない。まだ魔法も実戦で使った事は無いし、一度魔物と戦ってみなければならない。
自分がやるべき事が明確に見えてきた。しかし今日は色々な出来事があってもう眠たい。
「それでは、わたくしは今夜はこれで失礼いたします」
もう十分長居してしまった。王都にはマイハウスと呼ばれる部屋があり、マップで見れば場所はわかるはずだ。マイハウスの家具を色々いじって可愛くするのも以前はハマったものだ。
「馬車を手配しよう」
アレンはそう言ってくれたが、自分でも場所が曖昧だ。うろうろして探す事になると思う。
「大丈夫です。近いので歩いて行きますわ」
「なら、僕が送ろう」
「いいえ、結構です。わたくしよりアレン様の街歩きの方がよっぽど危険です」
こんな美人さんが夜道を歩いていたら何があるかわからない。それに街人相手なら私は結構強いはずだ。武器もある。
「僕は君を守ると誓った」
「出来る事は自分でするべきです。それに私はアレン様が心配なので、送ってもらっても帰り道にこっそり教会までついて戻ってしまうかもしれませんよ」
「そうしたらしょうがない。チェルシーを夜道に1人歩かせるかけにはいかないから僕の部屋に連れて行って一緒に寝るしか無くなっちゃうね」
「なっ……!」
アレンは食後の紅茶を飲みながら、なんでも無いようにこたえる。赤くなったら負けである。
「神父様、わかっていますわね。わたくしは帰りますが、このお方をどうにか抑えてくださいませ」
「アーロン神父は、僕の言うことをよく聞いてくれるはずだね?」
神父は困った様に私をみる。
「枢機卿の好きなようにして差し上げたらよろしいのではないのでしょうか」
「神父様、アレン様が外に出たらそれだけで騒ぎになるとわたくしは今日1日でよくわかったのです。権力に屈してはなりませんよ!」
神父は道に迷った子羊の様な顔になってしまった。援護は期待できそうに無い。私はハァっとため息をつく。
「長引きそうですわね。アレン様、わたしくしは一度お花摘みに行ってまいります」
困った時のお手洗いもとい、お花摘み作戦である。
私はお手洗いに行く振りをして脱兎の如く教会から逃げた。レベルが高いので身体能力も総じて高い。わたしの脚力についてこれる者はそうそういないはず。何故なら私はこのゲームのヘビーユーザーだから。
大体の方向性は頭に入れていたのである程度まで走って《メニュー》から《マップ》を選び歩く。
季節はまだ秋口。多少肌寒さを感じるのでそろそろコートを用意した方が良いかもしれない。
マイハウスには殆ど迷わず着いた。教会から歩いて20分くらいの場所だろうか。豪邸にしたはずの我が家はボロボロで初期の状態になっていた。
「うそでしょ」
悲しみで立ちくらみがするけれど、しょうがない。鍵をアイテムボックスから取り出して入ってみると中もまぁ、なかなかにボロかった。洋風なので若干薄気味悪いとまでいってもいい。
《メニュー》を開き残高を確認してみると、アイテム類の持ち越しは出来ている様で、お金はカンストしている。明日色々買い替えるとしよう。
怖いのは苦手なので布団に潜り込むが隙間風が肌に冷たい。
今日は城にいかず部屋の掃除をすればよかった。
しかしチェルシーは碌に後悔する間も無く眠りに落ちた。
アレンがステータスを覗けるのは枢機卿だからです。通常他人のステータスを見ることは出来ません




