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城での退屈な生活①

 凱旋式も終わりを迎えたが、私はまだ城にいた。さっさと帰ってやるつもりだったのだが、貴族たちが王都に集まっている今、教会に戻るのはお祈りに来る方の迷惑になるのでは、と王妃様から助言を受けたからだ。


 シスター達に無理を言う貴族が現れるとも限らない。そう思うと、この展開が王妃様の思う壺だとわかっていても教会に戻れなかった。


 今、私は城の居住塔の客室にいた。一緒に居るのは側近のスティーブだけだ。

「暇ねぇ」

 私は手に持っていた本をパタリと畳む。この本もこの部屋に用意されていたものだ。物語であれば私も夢中で読むのに、マナーや歴史といった教養の本ばかりである。つまらない。


「仕方ありません。外に出れないのですから、大人しくしていなけば」

 スティーブの言葉に私はため息をついた。


「これじゃあ体のいい軟禁よ」

 ノエルは調べ物があるとベルコロネの古城へ行き、アレンとは会う間も無かった。もう教会本部に戻ってしまっただろうか。確認しようにも少しでも部屋外に出ようとすると扉の前に立つ護衛に止められる。


 城にきて3日目、そろそろ外に出たい。


「教会に戻りますか?」

「うーん、でもアーロン神父に迷惑はかけられないわよね。せめて、いつまで貴族が王都にいるのかわかればいいんだけど……」

「この機に社交も行うはずなので後1週間くらいではないでしょうか?」


 長い!!


「もうこんな部屋でそんなじっとしていられないわ!」

 私は立ち上がって《メニュー》を開き緑色メイドの服に着替える。これは戦闘とは全く関係ない、お洒落を楽しむ為に配信された城のメイド用衣装である。


「どう?」

 私がスティーブに尋ねると、彼は頭を抱えていた。

「まさか、その格好で外を歩き回るつもりじゃないでしょう?」

「それ以外に何があると言うのですか」

 ひぃ、というスティーブの悲鳴は無視をする。私はメイドキャップにお団子にした髪を隠し眼鏡をかける。バルコニーから見える中庭には今は誰もいない。


「じゃあ、少し散歩してくるから!」

「ここ、4階ですよ!?」


 私はグッと親指を立てる。

「私がいない間偽装を頼んだわよ」

「チェルシーさまぁ」


 泣きそうなスティーブを放置して私はバルコニーから壁を伝い、下へと降りる。


「うん、案外余裕ね」

 パンパンと手を払い、私は陽の光を浴びる。


 やっぱり閉じこもってばかりの生活なんて体に良くないわよね。


 わたしは中庭を散策し、その後ぶらぶら宮中の廊下を歩く。途中、曲がり角の奥からガチャンと何かが割れる大きな音がした。


 何かしら?


 野次馬根性丸出しで音のした方に向かうと少しドアの空いた部屋から声が漏れる。


「あら、失礼。怪我はしなかったかしら?」

 聞き覚えのある声に私はそっとその場を離れようとしたが、声の主が側近を引き連れて部屋から出てきた。


 紛れもなく悪役令嬢クロエ・カヌレである。


 私は跪き、彼女が通り過ぎるのを待ったが何故だか私の前で足を止めた。


「貴女、顔を上げなさい」

 心臓がどきりと跳ねる。顔を上げ彼女を見上げると、クロエは私を見てにやりと口角を上げた。

「貴女……。ねぇ、聖女様の部屋まで案内して下さる?」


「へ?」

 いきなり話しかけられた上自分の名が出て思わず目をぱちぱちさせてしまう。


「ですから聖女様の部屋です。何処なのですか?」

「えっと、聖女様の部屋は護衛騎士も居りますし、いきなり行っても面会できないと思われます」


「まぁ、随分と高貴な方でいらっしゃるのね。彼女の位は確か……」


「クロエ様、チェルシー・シュガーレット様は現在伯爵家令嬢、子爵様でございます」

 彼女の側近が私にも聞こえるようにクロエに耳打ちする。


「それでは家の階級はロベリアと一緒ですわね」

 クロエはロベリアと呼んだ侍女に嬉しそうに話しかける。ロベリアは複雑そうな顔をして俯いた。


「それにしても賜る土地がベルコロネの森だなんて。やはり聖女ともなると並外れた思考能力をお持ちなのね。あんな魔物しか居ない森で一体何をする気なのかしら」


 これには、彼女の側近たちも頷いている。


「ベルコロネの森には手付かずの森の恵みが沢山御座いますので、それが目当てではないでしょうか」

 私が口を挟むとクロエは目を瞬いた。

「あそこには魔物が沢山いるでしょう?」


「聖女様には魔物など怖くないのでは?」

 遠征に出たことは皆が周知の筈だ。クロエはそれを笑った。


「随分聖女様にまつわる話が過大になっているように思います。魔王討伐も本当に聖女の功績だったのかしら。わたくしにしたことを他の者にもしているのではと心配になりますわ」


 殿下を横取りしたように、功績も横取りしたんでしょう、と暗に言う彼女は悲しそうな顔を作る。そんな彼女を労わる様にお抱えの侍女たちは心配そうに声をかけた。


「まだ、クロエ様が婚約破棄された訳ではありませんわ。あの様な卑劣な方に負けてはなりません!」

「パーティでも殿下を独占して、バルコニーではあの様な騒ぎまで……本当に許せませんわ」


 散々な言われ様である。


 とりあえず、私も話に乗っておこう。

「そうですわ、私はクロエ様にこそ妃に相応しいと思っています」


 クロエは私をみてニッコリ笑った。

「貴女はわたくしの気持ちに寄り添ってくれるのね、ありがとう」

「いいえ、お礼など畏れ多いです」

「今から面会依頼の手紙を書くからチェルシー・シュガーレットの元へ届けて下さる?」

「かしこまりました」


 自分宛の手紙を受け取るのも奇妙な気分だ。私は側近たちとクロエの部屋に入り、手紙を預かる。

「早くお会いしたいわ、手紙をよろしくね」

「はい」

 


 私は受け取った手紙を苦い顔で見る。


 ……返事は後でいいか。


 私は一礼して廊下に出ると預かった手紙をポケットに入れて再びぷらぷら歩く。

 道なりに歩いていると、巡回していた2人の兵士とすれ違った。私がお辞儀をすると1人の兵は赤くなり、もう一人の兵は目を見開いた。

「せ、聖じ」

 私の顔を知っている兵だった様だ。言い終わる前に、手刀を首にかますと兵は膝から倒れ落ちた。


 セーフ、バレてない!


 私が安心していると隣にいた兵は剣に手をやり警戒した顔になった。


「お前、何もの……ぐっ」

 私は再び手刀を繰り出し兵の意識を飛ばす。

「ごめんなさいね」

 私は倒れる兵を廊下の隅に座らせた。


 これでよし。


 ずんずん進んでいくと同じような事が数度あった。結構顔見知りが多いのかもしれない。


 私の歩いている道も随分変わり、質素なものへとなっていった。それでも真っ直ぐ進んでいくと、小さい塔で行き止まりになってしまった。


「この建物何かしら?」

 私が引き返そうと思ったとき、頭から背中にかけてドンっと衝撃が走った。


 突き飛ばされて転んだ私は後頭部を撫でながら、後ろを振り返る。

 そこには木箱を沢山かかえた白衣を着た男性がいる。

「あれ?人!?大丈夫っすか?」

 そこにいたのは魔物対策課のマッドである。この人はNPC(ノンプレーヤキャラ)のお助けキャラだ。白衣が特徴的な若者である。


「頭を打ちました」

「あぁ、すみません!まさかこんな所に人がいるとは思わなかったっすから」


 彼はそう言って深く頭を下げた。すると持っていた荷物がガラガラっと私の方に降りかかってきた。


「ぎゃっ」

「うわぁ」

 びっくりして顔の前に手を当て防御を取るが落ちてきたのは試験管に入った液体だ。私に降ってくるや否やパリンと割れて、私は色とりどりの謎の液体まみれになった。


「なんですか、これは」

 私が呆然と言うと、マッドは真っ青な顔で手袋をし、メイド服のボタンに手をかけた。


「直ぐに脱いで下さい!毒っす!」

「大丈夫です、離してください」


 私が軽く歌うと、青い光が私の服についた毒を浄化し霧散ていく。直ぐに毒は綺麗さっぱり消えたが、肌に当たった箇所は少し爛れてしまった。


 このスキル自分には効かない所が難点よね。


 私は首や腕、足首の怪我に顔をしかめる。ところが、目の前の男性は目をきらきらさせて、私の手を握った。


「聖女様っすね!?」

「・・・・」

「あぁ、今日はなんて運のいい日だろう!聖女様に会えるなんて!!あぁ、太陽神様ありがとうございます!さぁさ、中にお入り下さい。手当するっす」


 私はお姫様抱きで半端無理やり塔の中に連れ込まれる。


「あの割れた物は片付けなくていいんですか?」

「どうせこんな所誰もこないっす!手当がさきさき!」


 私は椅子に座らされ、薬を塗られ包帯を巻かれていく。

「随分と手際がいいのね」

「よく怪我するっすからね」

「そう」


 辺りを見回すと、魔物の頭や爪、目などがホルマリン漬けになっている瓶が所狭しと並んでいる。中には小さい魔物が丸々と、なんてものもあった。


「確かにここにはなかなかくる人は居ないでしょうね」

「あっ、中で浄化魔法使っちゃだめっすよぉ。貴重なサンプルですからね」


 彼の研究があるからこそ、王都には魔物が寄ってこないと言われている。本当に優れた人物なのだが、実験に一直線故に周りを見れないのが残念な所である。

「よく私が聖女だと分かりましたね」

「ベアスパイダーの毒を一瞬で浄化できる人間なんて居ませんからね。ずっとお会いしたかったのに、何故か申請が通らなくって困ってたっす。この間の魔王討伐の報告書を読んでからはもう聖女様を実験したくて!あっ、聖女様と、でした。」


 包帯を巻きながら和かに笑う彼に私は若干引き気味である。


 これは多分アレン様か、レイ殿下がストッパーになっていたんだろうな。


「それで、なんの実験がしたかったんです?」

「手伝ってくれるんすか!?」

 マッドの目はキラッキラである。

「内容によります」

「あぁ、聖女様に手伝ってもらえるなんて夢見たいっす」


 まだ手伝うとは言っていない。


「先ずは報告書にあった、聖女様の魔力の入った魔石で何が出来るかやってみたいっす」

「まぁ、それくらいなら……」


「後は聖女様の浄化の力のメカニズムが知りたいです!あぁ、なんで歌うと魔物が浄化されるんでしょうか。僕にもその魔法が使えるのかやってみたいです。出来ればどのような魔力の流れになっているか解剖してみたいんですが」


「怖い事言わないで下さいませ」


「あぁ!失礼しました!解剖は最後(死んでから)ですよね。実はさっき手当てしている時も人と違う所がないか見てたのですが、流石に分かりませんでした」


「本当に変態ですわね。あ、でもわたくしの血でも魔物に効果あると思いますわ。以前わたくしの血が歯に付いたダークウルフが浄化されましたので」


 私もどの程度の効果があるか改めて確認したかったけれど、アレン様に止められたのよね。


 マッドは目をぐわっと開いて私に詰め寄ってきた。

「血を下さい」

 

「どうやって取るのです?」

 この世界の医術は発展していない。教会の者が魔法で治す為である。


 マッドはにっこりナイフを取り出し、私は恐怖に顔がひきつる。


 この人はヤバイ人!


「痛いのは嫌です。断固拒否です」

「どうしてもダメですか?」

「痛くない方法を考えてくれたら良しとします」


 ショボンとしたマッドの顔が明るくなっていく。

「分かりました!考えておきます。絶対っすよぉ〜」


「じゃあ、取り敢えず魔力を込めて欲しいのでここにある分の魔石にお願いします」

 そう言って奥から抱える程の木箱を取り出した。中には魔石がぎっしり入っている。


「よくもまぁ、こんな高級品がこんなに有りますわね」


「国防ですから!国庫です」


 私がめいいっぱい魔力をいれてクタクタになる頃にはもう夕方になっていた。


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