チェルシーの告白
「お返事の前に、わたくしは貴方に言わなければならないことがいくつかございます」
私は改めて姿勢を正し、ぎゅっと強く拳を握る。
「わたくしは……こちらに喚ばれる前にはこの世界でこれから起こる様々な未来の可能性を見ることが出来ました」
「今は見ることが出来ない?」
私は頷く。今はアレンのルートに乗っているのだろうがシナリオやイベントが滅茶苦茶だ。私を狙うものまで現れて今後どうなるか全く予想がつかない。
「どこからか運命が繋がって類似の事件が起きることはあります。ですが今、わたくしの見てきた未来とは大きく異なっております」
アレンは驚きはしたものの、頷き私の顔をみた。その目に疑いの色はない。
「チェルシーは、聖下のような事を言うね。だが納得いったよ。遠征の最中に貴女が、知っていると言っていたのはその力のせい?」
「教皇様も未来が……?」
もしかして別の転移者?
「あぁ、天啓が下るそうだ。それでその力がどうしたの?」
「わたくしには、アレン様とその……結ばれた場合の未来も見えたのです。良いものも、悪いものも」
アレンの顔が真剣なものに変わった。
「わたくしと結婚したいなんて、教会が認める筈がありません。必ず異端審問にかけられます。わたくしはそれが恐ろしいのです」
私は自分の思いを吐き出した。
アレンの事が好きだからこそ、未来が怖い。
しかしアレンはにこやかに笑う。
「でも未来は変わってきている。そうだろう」
それは間違いない。私はうなづく。
「僕はね、もう聖下に結婚の意思は伝えてあるんだよ」
はい!?
その事実に口から心臓が飛び出るくらい驚いた。
「そんな事したら、アレン様は……!!」
「大丈夫。聖下はわかってくださった。それどころか、僕に大事な人がやっと出来たと喜んでくださった。確かに〝枢機卿〟は結婚出来ない。だけどね、〝神父〟だったら結婚出来るんだよ」
そんな豆知識は知らなかった。
私が開いた口を閉じれずにいるとアレンは言葉を続ける。
「手続き上、一回神父になるけど結婚しちゃえば直ぐに枢機卿に戻れる。もう首席枢機卿になるのも、教皇になるのも難しいけれどね」
「そんな……事が?」
「うん。前々から聖下には手紙でお話してたんだけどね。昨日正式に許可を貰ったから。チェルシーがいなくなった後、オリビアがテントであった事を僕に伝えに来たんだ」
「全部?」
「全部」
私の顔が上気していく。確かあの時、私はアレンへの気持ちを口に出した。
オリビアの裏切り者ー!
「でもね。僕は直接チェルシーの口から聞きたい」
アレンの目は私を捉えて離さない。
「あ、あの!待ってください。まだ伝えなければならない事があるのです。アレン様がわたくしをそう思ってくださってるのは分かったのですが、それはわたくしがあちらの世界で見た未来の影響がアレン様に残ってしまっているのではないかと思っているのです」
正確に言うとクリアした乙女ゲームのデータがアレンだけ残っているのではないかと思っている。
「未来の影響?」
アレンは不思議そうな顔をしているが、私だって不思議なのだ。
アレンは訳のわからないといった顔をしている。私もゲームの事を言わずに説明すると訳がわからなくなる。
私があたふたしているとアレンは私の頬に手を触れる。
「僕はね、チェルシーを最初に見たときなんて綺麗な人形だと思ったんだ」
「人形?」
「そう人形。美しけれど、なんの感情も持たない。それが少し僕に似ていた」
少し懐かしむような表情を見せたアレンは私の目の奥を見て、思い出したようにクスリと笑う。
「けれど転移をした後の貴女はころころ表情を変える。青くなったり赤くなったり挙動不審になったり、民間兵に紛れて討伐にいこうとしたり」
「うっ」
確かに令嬢とは言い難いかも知れない。
「僕はそんなチェルシーを見ているのが面白くて、興味深くてもっと見たいと思った。貴女の顔が感情を持つ度、僕も同じ様になれる気がした。でもね、僕はきっと」
アレンは一度言葉を切った。はにかんだ顔に私もつられて照れてしまう。
「きっと、一目見た時からチェルシーが好きだったんだよ。それがチェルシーの所為だと言うなら僕は貴女に感謝したい。こんな気持ちを教えてくれてありがとう。チェルシー」
「……っ!」
最初に見たアレンの親愛度はデータが残った訳ではなかった。この人はちゃんと私を見て、好きになっていてくれていた。
アレン様はどうして私の不安などあっと言うに晴らしてくれるのだろう。アレンルートがこんな平穏に迎えられるのも不思議な気持ちだ。どうして、こんなにシナリオが変わったのだろう。
そこで私はふと気付く。私はアレンを攻略などしていない。
攻略されたのは……私だ。
アレンが率先して立ち回ったからこそ教会内で波乱もなく終わったのだろう。
不安という不安が全て涙になって溢れでて、アレンを思う気持ちだけが心に残る。
私は居ても立っても居られず、アレンに抱きついた。
「アレン様、愛しております」
「うん」
アレンの手が背中に回り大きな体に包み込まれる。
「ずっとお側に置いてください。結婚のお話謹んでお受け致します」
私は、きっとこの時のアレンの笑顔を生涯忘れることはないだろう。
その後夕飯はノエルと3人でとった。ノエルの顔色は大分いい。大事をとって本日はシュガーレット家に泊まっていき明日朝出発する事となった。
「それではノエルは昨日私と別れた後ずっと〈転移〉の魔法を使いっぱなしだったのですか?」
「大したことはない」
「人間の体なのですから無茶してはいけませんよ」
「大したことはない」
「もう!」
ノエルは私と別れた後教会に〈転移〉し、王都の教会に届いていた私の結婚願いをアーロン神父からもぎ取りレイ殿下の元へ行ったらしい。
私から手紙を受け取りやきもきしていた殿下は事態を把握すると、アレンに手紙を書いた。教会に今すぐにでも届けを受け取り拒否するように出来るかといった内容である。その手紙をノエルが〈転移〉をして帰還中のアレンに届けた。
「あの時、私の顔をみた小僧が襲いかかってきてなかなか話を聞かぬ故苦労をした」
「当たり前だろう。チェルシーを連れ去ったのだぞ」
「結果、色よい返事が貰えたのだろう?私としては娘が嫁ぐ様で大変複雑だが感謝しても良いくらいだろう」
私の結婚の危機を知ったアレンは、こうしてはいられないとノエルに教会本部へ送ってくれと頼んだそうだ。
「ノエルが教会本部にいったのですか!?」
敵地中の敵地ではないか。
「小僧が私に頭を下げたのだ。大変愉快だった」
「馬の代わりとしては役に立ってくれた。礼をいう」
満足そうに微笑むノエルと黒く笑うアレン。それを見てにこにこ配膳するスティーブ。ここだけ切り取ったら和気藹々としている様にしか見えない。
その後、アレンは教皇に結婚の了承を得ると城へ行き殿下と合流した。
ノエルは何度も転移を繰り返したため、翌日に真面目くんと合わせて4人で私の元へ向かうことになった。しかし翌朝、朝食をとっている最中に私と〈情報共有〉しているアレンが私のHP、MPゲージの揺れがおかしいことに気付き、急いで〈転移〉の魔法を使ってやってきた、ということだった。
「ノエル、ありがとう。でもわたくしの為に無茶なんてしては駄目よ」
私がお礼を言うと彼は珍しく優しい笑みを浮かべた。
「お前だから私は動いた。それだけだ」
「では、わたくしも貴方が大変な時必ず助けにいくわ」
「これ以上お前に恩を作ったら返せなくなる。チェルシーは守られていればよい」
それを聞いたアレンがフンと鼻を鳴らした。
「チェルシーが大人しく守られてくれるものか」
「わたくしだってワザとやっているわけではないのですよ」
「お嬢様はいつからそうなってしまったのでしょうか……」
スティーブは遠い目をして呟いた。
「そういえばノエルは凱旋パレードと式はどうしますか?私の家や実家で待っていても良いのですが」
「自分の葬式だと思って参加してやろうと思っている」
えっ?本気!?
「嫌な思いもすると思いますが……」
なんたって魔王討伐を讃えられるのだ。当事者の魔王が参加するなんて。
「構わん。パーティなど久しぶりだ」
「ノエルがいいなら良いのですが」
「祝宴では国の重鎮が沢山くる。まちがっても魔法なんて使うなよ。後、人間と言うのも駄目だ。あぁ、僕たちと絶対離れるなよ。何処で何があるかわかったものではない。それと」
「まだあるのか」
アレンはノエルに次々と注意事項を述べていった。なんだかんだ心配しているのだろう。出るなと怒らない辺り少しは認めているのだろうか。
「あ、僕も行きたいです!」
スティーブが元気よく参加を表明した。
「駄目です。スティーブはお留守番です」
見張るのはノエルだけで精一杯だ。
「チェルシーには一人くらい側近がいた方が良いだろう。スティーブなら良い足か……支えになってくれるだろう」
アレンの言葉にスティーブは笑顔満開である。
いや、この人今足枷って言おうとしてたよね?気づいてスティーブ……。
「スティーブはよいお茶を淹れるのでな。私も吝かではない」
ノエルがそう言うなら連れて行くことになるだろう。私はがくっと肩を落とした。
明日の凱旋式、無事に終わるかしら。