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シュガーレット領⑥

「伯爵、何故私がここに来たかわかるか?」

 一番位の高い殿下が足を組み話を切り出す。


「娘のことでしょうか?」

「正確には聖女の事だ。これは教会が保護している」

 殿下がそう告げるとアレンは私の名前が書かれた婚約の書類を机の上に置いた。アレンの冷たい声が響く。

「これはなんだ」


 向かいに座る4人は真っ青な顔で用紙を見つめる。少しの静寂を挟み、伯爵が小さく答える。

「婚約届でございます。我が娘を誰と結婚させるかは父である私が決めて良いはずでした」

 



「そうだ。普通の娘ならそれで良い。だか彼女は聖女となった。其方らもその力を目にしただろう」


 殿下の問いに今度は誰も口を開けず、うなずくばかりだ。


「危うく聖女を……我が国の力を他国に取られるところだったのだぞ」


 レイ殿下のその言葉に伯爵は顔を上げ息を飲んだ。伯爵のした事は叛逆と取られても仕方の無い事だった。


「私は娘が聖女としてこんな能力があるとは知らなかったのです。国に背く意思などございませんでした!」


 これに眉を顰めたのはアレンだ。

「ではお前は聖下のお言葉をなんだと思ったのだ?聖女と認めたのは他ならぬ聖下だ」


 伯爵は慌てて首を振る。

「申し訳ございません。先ほどの言葉にその様な意図はございませんでした。教皇様の言葉を疑うなどした事はありません」


 叛逆なら処刑、教皇を疑うなら破門になる。破門になれば、この国では生きていけないくらい厳しい暮らしが待っている。異端者として扱われるからである。


 私はこの糾弾に内心オロオロしていた。


 伯爵位取り消しにならないよね?


 その場合、伯爵はこの国では子爵となる。私は子爵令嬢でも構わないが、兄弟達はそうではない。

 嫁いだローズお姉様は、婚家でどの様な扱いになるかわからないし、次女のライラお姉様は結婚へのハードルが上がる。勿論、今10歳の弟も。伯爵位を継げる者は男性に限られるので、位を取り上げられると困る。



 まだ会ったことはない姉や弟だが、スティーブルートでは大変お世話になった。不幸になられるのは頂けない。


 じっと殿下の顔を見ると彼は毅然と伯爵に処罰を言い渡した。

「本来なら相応しい処罰を与えるが、聖女の家の爵位が下がると侮る者も出よう。今回は城から暫く財政に詳しい監視人を出す。息子が成人になったら直ちに爵位を譲渡しろ」


 見張りは付くものの、かなり甘い措置だ。伯爵の顔に生気が戻り、私もホッと胸を撫で下ろした。


「次にモヒート商会」

 殿下に呼ばれた彼らは小さな悲鳴をあげた。

「私共は何も知らなかったのです。入国し聖女とは聞いたもののまさかこの様な尊いお方だったとは」


「殿下はまだ何も仰ってない!勝手に喋るな下衆が!」

 真面目くんは剣を抜きモヒート商会に向ける。

「ひぃ」


「よい、話が進まぬ。それを仕舞え」

「はっ!」

 真面目くんは下がり剣を腰の鞘にしまう。

「何も知らずどうして聖女を娶ろうと思った」

「美しいからでしょう」

 アレンは真面目な顔で頷くが絶対違う。

「いえ、違います。それは」

「違うとはどういうことだ」

 アレンが眉を顰めると会長は小さくなってしまった。少し呆れた顔の殿下がアレンを抑える。

「枢機卿、話が進まぬ」

「失礼。モヒート商会会長、訂正しろ」


「はい。聖女様がお美しいのも有りますが、王族に所縁のあるお貴族様から提案頂いたのです。チェルシー・シュガーレット様と息子が結婚が出来たら我が商会のあらゆる税を引き下げてやると。持ちかけられた雰囲気から断れる類の話でない事はわかりました。元々付き合いのあったシュガーレット領があまり裕福で無いのは気づいておりましたので、それで……」


「その貴族の名は?」

「カシャッサ侯爵様です」


「公爵ではなく侯爵か」

 レイ殿下は顎に手を当て考えこむ。

 縁あると言っても今の王族とは縁遠そうだ。


 エリスもその仲間なのかしら?


「侯爵は他に何か言ってなかったか?目的や、これからの事など」

 アレンが質問すると会長は俯き息子のカークと視線を合わせた。

 カークはゴクリと喉を鳴らしレイ殿下の目の奥を見つめる。

「侯爵家で見た事をお話しすれば、私達の罪を軽くして頂けますか?」


 側近の真面目くんが怒声を飛ばした。

「お前らは殿下に嘆願できる立場などでは無い!わきまえよ!!」


「その情報が価値ある者で有り、私達に協力するのならば考えよう」

 絶望に染まっていた瞳に少しの輝きが戻った。

「ありがとうございます。侯爵様は何をお考えになられているか、私共にお話しになったことは有りません。しかし侯爵様の御子息が生まれつき両目が不自由でして、その問題さえ無ければ王にさえなれたのにと零していらっしゃるのを聞いたことがあります」


 うーん。流石に生まれつきの物は私でも治せないと思うの。


「一度調べてみよう。もし有益な情報であれば其方らの罪の減刑を考慮してやろう。調査が終わるまで、こいつらの処遇は後に来る監査人に一任する」


「ありがとうございます」

 会長とカークは処刑ということは無さそうだ。私も胸を撫で下ろした。


「さて、これで話しは終わったかな?」

 アレンはゆっくり立ち上がり私の手を取った。

「なんですか?」

「次はチェルシーと話す番だね」

 アレンと話すのは私が拒絶したあの夜以来である。アレンは何故か今まで通り話してくれているが緊張して口が渇く。

「どこか場所はあるかな?」


 アレンの問いに私が伯爵に目線で尋ねると、好きにしなさい。と言われた。


「では、用意した客室にご案内します。殿下はどうされますか?」

「私は調べる事が出来たので急ぎ、城に戻る。ノエルはまた魔法を使えるだろうか?」

「どうでしょう?客室に一度使いの者を行かせますね」


 私達の話を聞いていた伯爵がメイドの一人にノエルの様子を見てくる様指示を出した。ノエルからは大丈夫だと返答がきたので私達は皆で客室まで向かうことにした。側近の真面目くんは「なんで殿下が直接出向かねばらなぬのだ」とプリプリ怒っていたが、ノエルがわざわざこちらまで足を運ぶ訳がない。


 レイ殿下は後ろを歩く真面目くんを窘める。

「ノエルは私の側近ではない、友だ。呼びつける真似をしたら失礼だろう」


 友!?友達!?色々ずるい……!


 私が目をパチクリさせて驚いていると、殿下はくくっと笑う。

「そんな顔するな。あやつはお前の知り合いだからこそ私と打ち解けたのだ。そうで無ければ殺しあっていたかもしれぬ」

「僕は死んでくれた方が安心できるけどね」

 アレンはフンと顔を背けるが、言葉とは裏腹に殺意は感じない。


 2人の様子に私も胸が温かくなる。縁が結べて良かった。にこにこしているとアレンは照れたように私の頬をつまんだ。

「笑うな」

「良いではないですか。わたくしは嬉しいのです」

 私がにへっと笑うとアレンはぐっと反論を飲み込んで背中を見せた。

「それでどこまでいくんだ?」

 話題変えられてしまった。


「そこを曲がってすぐです」

 少し前を歩くアレンにレイ殿下が少し早足で横に並び肩に手をおくと何やら楽しそうにやり取りしている。小声で話しているのでよく聞こえないがアレンの顔が少し赤いので殿下がちょっかいを出しているのかもしれない。それを困った顔で見ている真面目くんが微笑ましい。


 ドアの前に着き真面目くんがノックすると、中から私の側近のスティーブがひょこっと出てきた。

「来ないと思ったらまだこの部屋にいたのですか?」

 私は嗜めたがスディーブは目をキラキラさせる。

「だって、魔王様のお話が面白いんですよ!いっぱい魔物について知っているのです。僕も小さい頃のチェルシー様のお話をして差し上げました」


 一体何の話をしてるんだか……


「ノエルは疲れているのですよ、貴方が疲れさせてどうするのです」


 私が呆れながら中に入ると、大分顔色が良くなったノエルがいた。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、〈転移〉(トランスファレンス)を1回するくらいなら問題なさそうだ」


「無理をさせるな。私が自分でできたら良いのだが」

 殿下がノエルの体調を慮って、そういうとノエルは首を振る。

我が一族(魔族)の魔法だ。人間が簡単に使えるものではない」


 今までゲームであったのは戦うための魔法だけだ。ノエルが使うような便利な魔法は恐らく魔力量の多い魔族特有のものなのだろう。


 私でも使えないのかな?今度きいてみよ!


「では、私は戻る。明日は王都でパレード、凱旋式がある。9時には外壁の門の兵たちに合流するように」

 殿下の連絡に私はこくりと頷いた。

「殿下、助けていただき感謝申し上げます。本当に何と申し上げればよいか」

「気にするな、面白そうだから来ただけだ」

 レイ殿下は、にっと笑って私の頭を手をぽんと置いた。

「チェルシーからはかけがえのないものを貰った。それに今回は収穫もあった。明日の凱旋式はお前が主役だ、遅刻するなよ」

「はい」


 殿下はアレンには「また明日」 と一言いうと、真面目くんと共に〈転移〉の白い光の中に消えていった。

 私は頭を下げて見送るとスティーブにアレンに用意した客室の場所を聞いた。この隣に用意があるようだ。ノエルは寝たいと言うのでスティーブを引きずり退出した。



 スティーブを部屋の前に立たせ、客室に2人っきりになった私達はいつも通り横並びになって座る。


 いつもとあんまり変わらないな。


 私は一大決心して伝えたつもりなのだが伝わらなかったのだろうか。それにしても、アレンとのこの距離感に未だドキドキしてしまう自分が情けない。


 静寂が2人を包む。

 アレンは俯いたまま黙っている。

「あの、アレン様。どうしたので……」

「チェルシー」


 アレンは顔を上げ私の言葉を遮った。

「はい」


「僕と結婚してほしい」


 私は言葉を失った。

 どこか怖かったはずのその言葉。けれど溢れてとまらない涙は怖いからではない。


 アレンは心許なげに私を見ている。

 今すぐに了承の返事を伝えたい。


 でも私は彼に伝えねばならない。色んなことを。

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