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シュガーレット領⑤

 突然の魔力を感じ取って警戒したシシリーオン達は後退りして唸っている。


 レイピアをもつ私の手にもう一つの手が重なった。


温かい。


私はこの体温を知っていた。

「チェルシー、もう大丈夫だよ」

 緋色の礼服を纏った彼はそう言った。


「アレン様!どうしてここに?」

 数日ぶりなのにもうずっと会っていないようだ。

「チェルシーを迎えに」

 私に笑顔を向けるアレンは何時ものアレンだった。私はその言葉に口を歪ますが泣いている暇はない。


 現れたのはアレンだけでなかった。


「何故ここなのです!もっと安全なところに転移出来なかったのですか?殿下の御身を危険に晒さないで頂きたい」


「やかましいぞ、人間。チェルシー、困ったらよべと言っただろう」


 怒鳴っているのは殿下の側近だ。相変らず真面目そうな彼はノエルに転移場所が気に入らないと怒っている。ノエルはそれをほぼ無視してスタスタと歩き矢面に立った。


 それと同時にわたしに並び立ったのはレイ殿下だ。

「チェルシー、助けにきてやったぞ」

「ありがとうございます」

 皆んなが来てくれた嬉しさで声が震える。

「ほら、俯くな。まだ戦闘中だ」

「はい」


 私の見据える先にはシシリーオン相手にノエルが一人立っている。


「お前達一体どうしたのだ」

 ノエルがシシリーオンに話しかけるが魔物は唸るばかりだ。


「私の顔を忘れたか。情けない」


 そういってノエルは辺り一帯を自分の魔力で満たしていく。重苦しく息苦しい。

 周りの兵達は青ざめて膝をつき口々に言葉を発する。

「なんだこの魔力は」

「わからない。なんでこんなに震えるのかも、わからない」

 


 シシリーオンも唸るのをやめ尻尾を体に巻きつけ、目を見開いている。

「躾が、必要か?」

 ノエルが魔力に加えて殺気を放つとシシリーオン達はついにぶるぶると震え頭を低くしたまま動かなくなった。

「そうか、わかってくれて嬉しいぞ」

 そう言ってノエルは邪悪な笑みを浮かべながらシシリーオン達に近づき頭を撫でる。

「イタズラしては駄目だろう?あの娘は私のものだ。わかるな?」

 シシリーオン達はこくこくと首を振る。



「あれで本当に封じてあるのか?恐ろしいやつだな」

 殿下がボヤくとアレンはにこやかに答える。

「殺してしまってもいいと思いませんか?」


「其方は本当にあやつが嫌いなのだな」

「当たり前です」

 その雰囲気に私はクスリと笑ってしまう。

「いつ皆様仲良くなられたのですか?」


「ノエルが色々かけ回ったんだ」


 えっ?ノエルが?


 殿下の言葉が全く想像できず、私は目を瞬いた。

「その話は後で話そう」

 アレンは私の髪を優しく撫でる。その手が私は嬉しくてたまらない。

「はい」


 シシリーオン達が山に帰っていくとノエルが私達の元に帰ってきた。

「シシリーオンからも話を聞いた。ここの領主と話をさせろ」

「かしこまりました」



 私たちはずらずらと教会に戻る。

 撃退して喜んだ領民の顔が見れると思いきや、皆震えて跪いていた。


 そこに伯爵と神父が私達の元にやってきた。彼らも膝をおり跪く。

「殿下と枢機卿に御目通りできたこと至極光栄に存じます。私がシュガーレット家当主デリック・シュガーレットでございます。この度は事態を収めていただき感謝致します。助けて頂いたこのご恩は私の一生を掛けてお返しいたします」


「枢機卿、私がシュガーレット領の教会の神父です。お会いできて光栄です。まさか、お会いできるとは思わず……お見苦しい姿をお許し下さい」


 伯爵と神父は順番に挨拶を述べた。


 そうだよね。この2人偉いんだもんね。



 いつまでも、殿下達をこんな所で立たせっぱなしではいけない。

「場所を移しましょう。我が家で如何でしょうか」

 私が皆んなに提案すると、伯爵はぎょっとなる。

「チェルシー!」

 伯爵は口を出すなと言いたそうだ。


「……。お父様は急いでおもてなしの準備を始めた方がよろしいのでは?」

 その言葉に伯爵の側近達はハッとなりそわそわし始めた。


「そんなものはよい」

「殿下はこう言ってますが、王子をお迎えするのです。相応のものをお願いしますよ」

 側近の真面目くんは眼鏡をグイッと上げる。


 その言葉に側近達はひぃ、と言葉にならない悲鳴をあげた。お父様は丁寧に挨拶を述べた後いそいそと帰って行く。



「神父、貴方からも話を聞く。シュガーレット家に貴方も来るように」

「はい」

 アレンの命令に神父は首でも吊りそうな顔をしている。

 アレンは私に向き直るとポンポンと頭を撫でた。

「一人でよく頑張ったね。もう大丈夫だから」


 離れた分だけ会うと好きの気持ちが募る。こんなことを知るために彼と離れた訳ではないのに。

「ありがとう、ございます」

 私がアレンに癒されていると横から不快な声がした。


「おい、お前!おれの嫁に何をしている!」


「「「は?」」」


 私をグイッと横から引っ張ったのはカークである。その出来事にアレンと殿下とノエルの声が重なった。


「これは俺の嫁だ。最初は気の乗らない結婚だったが、気に入った。見栄えもするし、能力もある。あぁ、そうだ。今度からその力は使うなよ。金になる!俺だけの為に使うんだ」


 カークは早口で理想の未来について語り始めた。この雰囲気の中でよく尊大な振る舞いができるものだと私は呆れるばかりだが、アレン達はそうでは無いようだ。後ろから殺気を感じる。


 アレンはカークの頭を無理やり自分の方に捻った。


 ちょっ!アレン様、今カークの首をから変な音が鳴ったよ!?


「なんだこの喋る汚物は。いつからチェルシーがお前の物になった」


「え?は?」

 アレンの美しい顔とのギャップにカークは目を白黒させている。




「お前はやはりあの時丸焼きにしておけばよかった。全てが不愉快極まりない」

「ひっ……!」

 ノエルが軽く殺気を放つと殿下は、まぁまぁとアレンとノエルの肩を叩く。


「ノエルの殺気に当てられてはそやつは

それだけで死んでしまうかもしれぬ。そやつにはまだまだやって貰わぬ事があるでは無いか」


 殿下がカークを見ると側近の真面目くんが剣を抜き、首元に当てた。

「殿下を前に頭が高いぞ。控えよ」


「も、申し訳ございませんっ!」

 カークは吊った腕を動かしにくそうにしながら跪く。

「カーク、腕は大丈夫ですか?もう痛みませんか?」

 私は悲しい顔を作った。

「チェルシー……」

 カークは私が心配したことに感動するが、神父は挙動不審になる。


「わたくしの力でも治せない大怪我ですもの、ねぇ?神父様。アーロン神父に紹介状を出すのでしょう?」

「……っ」

 神父は青ざめすぎて金魚の様に口をパクパクさせている。


「へぇ」

 アレンはカークの手首を掴んでステータスを見る。

「何をする!!」

 ロゼの国には教会がない。ロゼの国は魔法があまり主流ではなく、手に職を持って働く人が多い商業国家である。

 ゲームでは職業のスキルを上げて楽しむエリアであった。なので彼は教会と言われてもピンとこないのだろう。

「下らない。いつから教会はロゼの国の犬になったのか」

「ち、違います。枢機卿!違うのです。伯爵の機嫌を損ねれば教会の寄付が減額されてしまいます!教会を守る為だったのです!」


「違うぞ!私は本当に怪我をしたのだ!」

 空気の読めていないカークが不満そうに口を挟む。


「では、貴方は伯爵の犬だったか」

 神父は慌てて首をふる。

「そんなつもりは決して……!」


「おい!私は本当に怪我をしているのだ!なぁ、神父!」

 カークが割り込み神父は遠い目をした。


「いいえ。健康体そのものです」

 神父の見事な手のひら返しにカークは目を丸くした。

「な……に……?」

「この方は主席枢機卿、聖下の次に尊いお方でございます。枢機卿が診たのですから異常がないのは明白です」

「!?」

 ようやく状況が飲み込めたカークは、あんな一瞬で診たというのか?とつぶやき冷や汗をかきながら、二の腕をさする。


 アレンはそんなカークを一瞥し、神父への処置を言い渡した。

「この教会の惨状を見る限り神父としての適性を満たしているようには決してみえない。この件については後で処罰を言い渡す」

 神父は諦めたように礼拝堂から見える傾いた太陽とアレンを仰ぎ見た。

「かしこまりました」


 次にアレンはカークを見下ろす。

「それで、お前はいつまでその見苦しいものをぶら下げておく気なの?」

「失礼しました!」

 カークは首からつっていた三角巾を放り投げだ。



 会長とカークはレイ殿下に命を受けた兵達によってシュガーレット家へと運ばれた。

 私達も伯爵が用意した馬車に乗り館へ行く。




 到着すると家中の使用人達が出迎えた。30名程だろうか。こんなにいたんだとちょっとびっくりする。

「お嬢様〜、シシリーオンが出たのにどこにいってたんですかぁ!僕一人で心細かったですよぉ」

 はらはらと涙を流しながら泣出迎えてくれたのはスティーブだ。

「わたくしはスティーブがいなくて良かったです。足手まといですから」

「酷いです!」

「これが現実です」


 私が話していると後ろにいたアレンは興味深そうにスティーブを見た。

「あ、紹介します。皆さま、彼はスティーブ。キャメロン子爵の次男です。そして私の元側近で幼馴染です」

「元ではなく現役です。ってえええ枢機卿じゃないですか!」

 スティーブの目玉が飛び出た。

「あわわわわ。なんでこんな偉い方が屋敷にいるんですかぁ」

「こら、わたくしの後ろに隠れずちゃんとご挨拶なさい。皆んな忙しく準備していたはずですよ。なぜ貴方は知らないのですか」

「申し訳ありません。シシリーオンが怖くて隠れていたのです」


 がくっと肩の力が抜ける。

「貴方は本当に戦いがダメですわね」

「僕は護衛ではありませんからね」

 そんな事を誇られても困る。


 側近の真面目くんが咳払いをし主人の紹介をする。

「こちらの方はレイ・スフィア殿下です。子爵の息子が殿下のお顔を拝見できたことを一生の名誉と思いなさい」


「ででででででんかぁ!?」

 スティーブはふらふらし始めたもう倒れてしまいそうだ。

「そんなに驚かなくて良い。楽にしろ」


 いきなり言われても無理だよ。普通。


 ゲームではこのメンバーはお互いに出会わない。なんだか、不思議な気分だ。

「ありがとうございます。殿下がお優しい方で僕は嬉しいです」

 そうやって照れながら笑うスティーブは私よりよっぽどヒロインらしかった。


「それでどこで話し合いをするんだ」

 ノエルは不機嫌全開である。


 あれ?少し顔色が悪い?


 私が顔をジッと見るとノエルは何だ、と私の鼻をつまんだ。


「ひゃ!ノエル様顔色が……」

 鼻を摘まれた私は鼻声で話す。

「大丈夫だ」

 いや、かなり悪そう。そう言えばノエルって転移やシシリーオンの時かなり魔力を使っているんじゃ。


 私が心配そうに見てるとスティーブがノエルの手首を掴んだ。

「客室に連れて行きます。魔王様も退屈な会議より寝て過ごした方がいいでしょう?」


 えっ?今なんて……。


 魔王という言葉に、事実を知っているものはヒヤリとした物を感じる。

「スティーブ?どういう事?」

「あっ、魔王様が抜けたらだめですか?」

「いえ。そうではなく魔王って……?」


「僕が勝手にあだ名を付けました。だめでしたか?」

 スティーブがノエルに確認をとる。

「構わん」

 ノエルは満足げに答え。スティーブもこんなにこのあだ名が似合う人間はいないと喜んでいる。


 天然同士って怖い。


 私が難しい顔をしていると、ノエルはスティーブに連れられ階段を登り、客室へと消えていった。

 見送る私の肩にアレンがポンと手を置いた。


「あだ名なら別に良いんじゃない?」

 にこやかに笑っているけど、バレたら堂々と滅してやるって顔に書いてある。

 


「殿下をお待たせするでない。はやく応接室へ案内しろ」 

 真面目くんがそう言い放つと、伯爵の側近スチュアートがこちらです、と殿下とアレンに一礼しホールの奥の応接室に案内した。


 中には伯爵、拘束された会長とカーク、神父が待っていた。



 今度は伯爵も耳を傾けてくれるだろう。


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