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〈聖女〉

 私達が城に着くやいなや豪華な部屋に通されお茶が出された。部屋に通されるまでに通りすがった侍女メイドからは黄色い声が上がったのは流石としか言いようがない。


 アレン様は人気なんだなぁ。


 呑気にそんな事を考えていた、先程の自分が恨めしい。


 お偉い様方に会う前にお手洗いを済ませておこうと部屋に居たメイドに案内を任せた。するとメイドは右へ左へとどんどん曲がり、ずいぶんと遠いところにあるものだなぁ〜と疑いもせずについて行ったらこのザマである。用を足し廊下に出たら、そこには誰も待ってはいなかった。


 まさかこの歳で迷子になるなんて。


 慌てて《メニュー》を開きマップを見てみたものの城の上に自分のカーソルが点滅しているだけだった。役に立たないマップである。


「これってきっと嫌がらせよね」


 誰かに尋ねようにも人っ子一人歩いていない。とりあえず記憶にある道を行くものの余計に迷ってしまったようで最初にいたお手洗の場所さえわからなくなってしまった。

 白亜のこの城は何処を歩いても似た景色だ。


 とぼとぼ歩いていると、なんだか既視感のある中庭に出た。


「あっ、ここって……。」

 備え付けられているベンチを見つけて辺りを見回す。


 やっぱり!レイ王子とのイベントがあった中庭!!素敵〜!


 先程まで沈んでいた気持ちが急激に上昇する。


 この場所に立つ事が出来るなんて幸せ。迷子になってよかった……!


 ベンチに腰を下ろし、つい鼻歌を口ずさむ。そう、これはゲームの主題歌である。


 すると青く淡い光が無数に生まれ小魚の様な形になる。初めて見た現象だ。もしかしたらこれが〈聖女〉(セイント)のスキルの効果なのだろうか。しっかり歌を歌ってみると光の数は増していく。


 それが頭上で集まり小魚の形にどんどん変わっていった。小魚は空中で群れをなし私の周りをぐるぐるまわる。陽の光がキラキラ反射し複雑な色合いを見せていた。


 綺麗。だけど歌い終わるまでに、このスキルの能力を確認したいな。また発動条件がよくわからないし。


 右、左、上、下


 小魚をあらゆる方向に動かしてみる。ある程度自分の意思で動かせる様だ。次に2〜3匹だけ地面にぶつけてみたが小魚はすり抜けるだけで何も起こらない。


 単純な攻撃系のスキルじゃなさそう。


 次に魚の群れを自分を起点に徐々に大きく周回させてみる。風が巻き起こるものの周囲の木々をすり抜けるだけで何も起こらない。


 もうすぐ歌い終わるという所で、自分の意思に反して小魚が一斉に中庭の出入り口に向かう。

 私が入った入り口とは逆の方向で、小魚の向かう先には人影が見えた。


 ひぇっ……!


 私は歌うのをやめ叫ぶ。

「避けてください、なにが起こるかわかりません」

 城で攻撃を加えたとなると何が待っているか、火を見るより明らかだ。


 小魚は私が歌うのをやめても消えなかった。杖をつき鎧を纏った男性を目掛けて小魚は曲線を描いて進む。男性は避けられないと悟り剣を構え、周りにいた騎士や側近達は前に飛び出し盾を構えている。たが小魚はそれを全てすりぬけ、杖をついた男性を優しく包む様に覆うと再び光の粒になって消えた。



 私は急いで男性に駆け寄る。


 やはり物理的な攻撃をした様子はない。きっと特殊効果を与えるスキルだ。しかし特殊効果には良いものもあれば、悪いものもある。



 私は男性の側にたどり着く前に盾を持った騎士達に取り囲まれてしまい、凄い剣幕で怒鳴られる。


「女、団長に何をしたのだ。言え!」


「申し訳ありません。わたくしにも初めて起こった事でわからないのです。団長様、お体は大丈夫でしょうか。何が気分が悪かったり、お辛いところはありませんか?」


 会話の流れから彼が兵団長若しくは、騎士団長と察する。


 どうしよう。この世界にきて間もないというのに処刑されるかもしれない。故意でないというのは言い訳にもならない。



「少しよろしいでしょうか」

 奥からアレンの声が上がった。


 騎士達はアレンに道を譲る。


「チェルシー、ここで何をしていたの?」

 アレンの優しい表情に少しホッとする。チェルシーは道に迷った所から説明し今まであった事を説明した。


 アレンは頷くと盾を持った騎士越しに杖を持った兵団長に話しかける。


「私の連れが失礼しました。その魔法は害を加えるものではありません。宜しければ一度私に体を診せて貰っても良いですか?」


 この世界では外傷、魔法傷、HP回復は教会、病気は薬師となっている。



「枢機卿に見て頂くなど、これ程心強い事はありません。よろしくお願いします」

 兵団長は笑って答える。何の魔法がかけられたかわからない状態なのに、全く慌てる様子が無いのは流石といえる。


 私もその言葉に軽く安堵の息を吐いた。人を傷つけたという事はなさそうだ。



 私は軽く拘束されたまま、ここからほど近い別室に移った。衝立の向こうでアレンが診察を行なっている。


 そして、私は今観察される様な視線に晒されている。そう、レイ殿下である。


 グリーンの瞳が面白がる様に私を見ている。最推しが目の前にいる動揺だけで私は処刑台に立っている気分である。彼のルートでは確かにあの中庭が出会いの場であるが、こんな切羽詰まる展開では無い。


「チェルシー、といったか」


「はい、チェルシー・シュガーレットです。シュガーレット伯爵家の三女で御座います」


 レイに声をかけられ思わず声が上ずる。レイの後ろに控えている騎士団長の視線が怖い。


「アレン枢機卿とはどのような繋がりなのだ?」


「枢機卿には願いがございます。私はそれをお助けしたいと思っております。詳しくは枢機卿に聞いて頂ければ助かります」


 私にはどこまで話をしていいかわからない。丸投げするのが一番だ。


「先程の魔法は実に美しい魔法だった」


「ありがとう存じます」


「枢機卿が其方の魔力がすると言って真っ直ぐ中庭に向かわれたのだ。どうやら私の知らぬことがまだありそうだな?」


「・・・・・。」


 その目は完全に新しい玩具を見る目になっている。彼は面白いもの、新しいものが大好きなのだ。


 ドギマギしていると衝立の向こうからアレンが出てきた。彼は殿下の視線を遮るように私の目の間に立つとにこやかに話しかける。


「概ね予想通りだったよ」

 そう言って私の手を取り、拘束している騎士達に私から離れるように視線で促す。

 騎士達は困ったように騎士団長を見て指示を仰いでいる。

「枢機卿、彼の容態を教えて頂きたい」

 騎士団長が説明を催促すると衝立の向こうから兵団長がやってきた。


「皆様、心配おかけしました」

 兵団長は一礼して私の方にやってくる。軽やかな足取りで歩く彼の手に杖はない。


「キール……其方……!」

 騎士団長は驚きを露わにし、城の者は目を見張って兵団長を見つめる。


「伯爵令嬢が治癒して下さったのだ」

 キール兵団長は本当に嬉しそうに笑っている。

「なに!?そんな事が?」

 部屋の中の者が騒めく。普通傷を回復するとしても数日教会に通い、ようやく治るものである。しかも、今回キール兵団長の足はもう治る見込みのないものとされていた。それが一瞬にして治ったのだ。



 そうか、〈聖女〉だもんね。回復系のスキルだったかぁ。それならお願い、処刑はされませんように!処刑はされません様に!


 両手を胸の前でギュッと握り心の中で祈る。


 キール兵団長は私の前で膝をおって丁寧に礼をした。


「伯爵令嬢に最大の感謝を。もう諦めていた足が治り、貴女様にはなんとお礼を言ったらいいか」


「いいえ、突然の魔法で王宮を騒がしてしまい申し訳ありませんでした。キール兵団長の活躍をこれからも楽しみにしております」


 よかった、とにかく感謝されているようだ。私が安心して微笑むと聖女だ、という声があがった。目の前で手を組んだことにより図らずしも、そう見えてしまう。


 兵団長は立ち上がり殿下に報告をする。

「殿下、令嬢は私の足を見兼ねて治療を施した様です。お騒がせしてまい申し訳ありません」


「そうであったか。では何も問題ないな。見慣れぬ治療に従者が驚いただけだ。令嬢、私からも礼を言おう」


 どうやら不問にしてくれる様だ。

「勿体ないお言葉です、お騒がせしてしまい申し訳ありません」


「さて、話を続けたいところだが、側近が私の次の予定を気にしている。魔王討伐までの間にまた其方との時間を取ろう」


「はい。次の機会を楽しみにしております」

 またレイ殿下とお話し出来るのはこちらとしても嬉しい。


「枢機卿、とても有意義な時間でした。令嬢の事は教会からまだ聞いておりませんでしたので」


「彼女の件は、あくまで私の私的な事情です。それでは我々はこれで失礼します」


 アレンは一礼すると私の手を引き強制退室させる。

 従者に案内され2人で廊下を歩く。

「あの、アレン様?そろそろ手を……」

離しても大丈夫、と言おうとするとまた彼はぞくりとする笑みを浮かべる。


「僕は君をサポートすると言ったよね。もうこんな事が無いように貴方に教える事が沢山ありそうだ」


「ひぇっ……」


 周りで聞こえる黄色い声を上げる乙女達にはこの怖い笑顔の意味はわからない様だ。

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