シュガーレット領①
更新おそくなりました。
「誰?」
「誰だ?」
2人の声が揃った。
この国では婚約の段階で教会の許可を得るため書類を申請し、よっぽどでなければそのまま2人は結婚へと進む。結婚の際には改めてまた教会に書類を提出し、式を上げる形になる。私が家を留守にしている間に勝手に婚約を進められ、何処かに嫁がされようとしている。しかも商家って貴族ですらない。
これってまるで……
「バッドエンド。あっ!」
思わず口をつき、慌てて手を口に当てる。そこで漸く私は、バッドエンドで商家の家に嫁ぐというストーリーがあったのを思い出した。
やばい。商家と結婚なんてしたくない。早く動かないと。
「わたくしの全く存じあげない方ですが……恐らく豪商の筈です。わたくしの家は、その……上手くいっていないところがありますので援助を申し込まれたのではないかと」
こんな事ならはやく実家の援助してフラグ潰しておくんだった。
遠征にばかり目がいって他のことに意識をむけていなかった。
「モヒートという名ならロゼ大国が関わっている可能性もあるな」
私はその可能性にゾッとした。もしそうなら私は他国に嫁ぐことになる。
「枢機卿がいないこの時期に、こんなことになるとは」
そう言った神父は少し痩せたように見える。
「ご迷惑をおかけします。それにしても伯爵が教会に圧力かけるなんて、どうかしているわ」
シュガーレット領は田舎だ。どうせ、許可しないなら寄付額を減らすとでもいっているのだろう。
「わたくしは一度実家に戻り話をしてきます。馬を走らせれば半日もあればつくでしょう」
凱旋のパレードがあるのでアレン達が到着するまでに戻って来なければいけない。殿下にも留守にする旨を報告してしなくては。
「私が転移させてやろう」
「いいんですの?」
思わぬ申し出に私はノエルの手をぎゅっと握った。
「あ、ああ」
「ありがとうございます!では今からいきましょう。早ければ明後日には兵達が帰ってくるはずですわ」
私は急いで殿下に手紙を書きアーロン神父に渡した。
「これをどうか殿下に渡してくださいませ」
「確かに承りました。どうか、お気をつけ下さい」
ノエルと一度教会の外へ出て〈転移〉の魔法を使用してもらう。教会の中では上手く魔法が使えないこうだ。やはり完全な人間とは少し違うのかもしれない。
マイハウスの失敗を生かし、今度は家の玄関を思い浮かべた。すると、きちんと体は玄関に運ばれて画面越しに見覚えのある我が家へと着いた。
私は怒りに任せてバンッとドアを開ける。
中にいた執事達はギョッとした顔で私を見ていた。
「お父様!チェルシーが帰りましたわ!」
執事やメイドがわらわら集まり戸惑いの顔を見せる。
その中で一人私に一番に駆け寄ってくる男性がいた。
「お嬢様どうして勝手に出て行ってしまったのですか!?私が何度王都にお迎えに上がろうとしたことか」
男は涙目で訴えてきた。このウェーブがかかった茶髪の男はスティーブ。私より少しだけ年上だ。攻略対象キャラの一人で私の側近そして幼馴染のポジションである。
ちなみに実家に帰ると彼とのフラグが立ってしまうので要注意である。
「よくわたくしが王都にいるとわかりましたね」
「何度も王都に行きたいとボヤいていたではないですか。最近領地ではチェルシーお嬢様が聖女様となったと話題はもちきりですし」
スティーブが私に話しかけて来たことにより確信を得たのだろう。遠巻きに見ていた皆から小さく私の名が聞こえ始めた。本物か?と言う声が混じっているのは、私の頭がどピンクだからだろう。
その時、2階へと繋がる階段からシュガーレット伯爵がゆっくり降りてきた。
「何事だ?」
「御機嫌よう、お父様」
私はドレスの裾をもってお時儀するが、伯爵は引きつった顔を見せた。
「なんだその頭は」
「虫除けで御座います」
私は後ろにいる中年の男と小太りの男を見つめる。小太りの男は30代くらいだろうか。着ているものはそれなりなのだが、いやらしい顔つきが印象的だ。ぞろぞろと10人ばかり従者を引き連れていた。
「伯爵様、こちらのお嬢様が?」
「はい。我が娘、チェルシーです。私はこの様な不出来な娘よりも、上の姉の方がウィルソン家に相応しいと思うのですが」
「いいえ、いいえ。可愛らしいお嬢様ではありませんか。噂とは印象が違いましたがお会いしてさらに確信しました。チェルシー様こそ我が家に相応しいと」
まさかこの男がモヒート商会の会長?ということはあの小太りの男が婚約者……いくらなんでもこの男との結婚は嫌すぎる。
最悪、家を出てシスターにでもなろう。
そう心に決めると、カークは私の元へつき礼をした。
「お初にお目にかかります。ご令嬢、私はカーク・ウィルソンと申します。漸く貴女とお会いすることができ、私は天にも昇る気持ちです」
「まぁ、平民が何を思い上がっておいでかしら。わたくしに話しかけるなど少し学が無いのではありませんか。さがりなさい」
私が明らかな拒否をすると、屋敷中が凍りつく。スティーブは青ざめなんとか場を取りなそうとアワアワしている。カークは一瞬私を睨んだものの直ぐに笑顔を取り戻した。
「それはそれは手厳しい。大変失礼しました、我が妻に成られるお方ならこれくらいの胆力をお持ちでないと」
「我が娘が大変失礼しました。こちらで言い聞かせますので後はお任せ下さい」
「はい、よろしくお願いします。チェルシー様は色々とご存知ないのでしょう。それではご令嬢、これで失礼いたします」
いやらしい笑みが浮かびゾクリと背筋が凍る。彼らは再び階段を上がり従者をつれて来客室の方へ向かった。
「なんだあの男は。私が丸焼きにしてやろうか」
ノエルはとても不愉快そうにしている。
「それも良い案ですが、まずは話し合いからですわね」
「お嬢様そちらの方は……」
スティーブが遠慮がちに話に入りノエルを見た。ノエルが人に与える威圧感だけは半端ないのだ。
「彼はノエルです。わたくしの友です」
「なぁんだ、こんなときに連れてくる男性なんて僕はてっきり……」
「スティーブ!」
スティーブがホッとしながら胸を撫で下ろしていると伯爵が怒気を含んだ声をだした。
「はい!」
「少し黙ってなさい」
「かしこまりました」
スティーブを黙らせた伯爵は私に向き直る
「チェルシーは私の部屋に来なさい。あぁ、そこの君は帰るように。これから婚約するという女性に他の男性が近くにいるものではない」
伯爵はノエルを追い出そうとした。これはよくない。
「ほう?貴様が私に命令するのか」
ノエルは威圧をかける。私でも心臓がばくばくなる程だ。通常の力しか持たない我が家の者達にとっては如何程のものか。奥ではバタンと誰かが倒れた音と小さな悲鳴が聞こえる。
「ノエル、ちょっと」
私が彼の袖を軽く持ち気を引くと皆は安堵の表情を浮かべた。
私は後ろを向いて一言こそっと告げる。
「南棟の3階、端の部屋よ。争いは無用でお願い」
ノエルがうなづくと私は皆に聞こえるように少し大きな声で彼に別れの挨拶を述べた。
「ここまで護衛してくれてありがとう!とっても助かったわ。後は一人で大丈夫だから」
「わかった」
そう言ってノエルは鼻をならし、伯爵を人睨みして出て行った。
「なんだ。あの男は」
「ほほほ。心強いでしょう」
「お前の客でいなければ処刑していた」
「それはご配慮ありがとうございます」
今の弱ったノエルでも捕まえるのさえ無理だと思うけど。
顔を歪ませた伯爵に私は連れていかれ、執務室に入室した。
「お前は現状がわかっているのか」
「お父様も私の価値が上がったのはわかっているのですか」
お金を持っているとはいえ外国の平民に嫁ぐなんて売られる様なものだ。売るのならもっと良い場所が選べるだろう。
「お前の価値が少々上がったから、ウィルソン家も婚約に乗り気なのだろう。散々好き勝手してきたのだ。このチャンスを逃さず家の為に上手くやりなさい」
「資金不足で我が家が傾きかけているのは知っています。わたくしが援助致しますから、はやくあの男を追い出して下さいませ」
「何を戯けたことを。お前に我が家を支えられる金がずっと作り出せる訳がなかろう」
「出来ます。手持ちでもお父様のおっしゃる分だけ用意できますし、魔物を倒せばいくらでも」
「はっ。伯爵家がスラムの真似事か」
スラムの者はお金がない為、死を覚悟しながらも低級の魔物を狩りお金を稼ぐ。
「お金が無いのは事実ではありませんか。あんな嫌な顔した男と結婚するなら出家でもした方がマシというものです」
その言葉に伯爵は少し動揺を見せた。
「私としても上の姉らを嫁がせれられるならどれ程安心できるものか!先方がお前でなければ援助しないと言わなければ、お前など!」
主人公はこんな家の為によく旅に出ようと思ったなぁ。
「わたくしは王都でも貴族から沢山縁談の話を持ちかけられました。その中から援助して下さる家を選ぶのはいかがです?」
「此方にも面会の手紙は届いている。私だってウィルソン様がお前を指定しなければそうしたさ。だが我が家を大金を注ぎ込んで援助したいという家がどこまであるかな」
「お金はわたくしが用意できると言っているでしょう」
「魔物を倒してか?そんな事を妻にさせる貴族がどこにいる。笑い者も良いところだ」
伯爵は鼻で笑う。
「だから!」
そもそも結婚しなくても私は援助出来るんだってば!
「黙りなさい。既にウィルソン様から結納金としてかなり援助を頂いている。ウィルソンは平民だが商売に長けている。ロゼの国からは王家と縁をもつ貴族からの承認も貰っている。今更覆すわけにはいかないのだ」
またロゼの国!!王族に近い者が出てくるなんて、一連のことも国ぐるみだったのかしら?
「では、わたくしが直接ロゼの貴族と掛け合ってきますわ!」
その言葉に、伯爵は顔色を変えた。
「何を馬鹿なことを!今のお前ならやりかねないところが恐ろしい!」
伯爵は鈴を鳴らし外で待機していた私の側近のスティーブを呼んだ。
「はい、伯爵」
「こいつを部屋に閉じ込めておけ。逃してはならない、後で応援を送る」
「お父様!!」
「後は教会が承認するだけだ。大人しくしていなさい」
「こんな結婚、お母様が許可するはずがありません!お母様はどちらですの?」
「エメリア達は冬が始まる前にと旅行に出した。この家には今私しかいない」
「そんな……」
執務室を追い出された私はスティーブに連れられ南の棟へと向かった。




