人間
テントの外から護衛の声がし、私はぎゅっとアレンの裾をつかんだ。
言わないで!
アレンは難しい顔をした後、護衛に指示を出した。
「なんでもない、だが警戒だけはしておけ。それと、少しテントから距離を置くように」
「はっ!」
護衛は不思議でいっぱいだろうに指示にキチンと従うあたりすごい。
「ありがとう」
すぐ様開戦にならなかったことに、私はホッと息をついた。
「お前の目的はなんだ。何故チェルシーに会いにきた」
「友に会いに来てなぜ悪い」
「まぁ……!ノエルっ!わたくし嬉しいですわ!」
初めて友達と認めてくれた!感涙をながしてしまいそうだ。
「僕としてはこんな所に姿を現されてはとても困るのだが?今すぐ封印してやろうか?」
「お前なぞに封印される私ではない」
「ほう、ならやってみるか」
「私は構わぬぞ」
わぁ!ギスギス再び!
「アレン様お待ちくださいませ!わたくしに会いに来たらノエルはわたくしのお客様です。争ってはだめです!ノエルも、こんな人間の多い所で暴れてはだめです。何かあってもわたくしの魔力で回復して差し上げれない可能性が高いです」
「チェルシーは私も救うと?」
「当たり前です!わたくしが何のためにここまで来ていると思っているのですか」
「魔王討伐だろう」
アレンがツンと言う。
「和平です」
「一度お茶を淹れましょう。ほら2人共、席に着いてくださいませ」
私は2人を強引に座らせ、お茶をいれた。
「はい、どうぞ。カモミールティーです。リラックス効果がありますわよ」
「うん、美味しい。ありがとうチェルシー」
アレンは一口飲んでにっこり笑うがそれ以上飲もうとしない。
「なんだこれは。良い香りだが草の味がするぞ」
ノエルは気に入らなかったようだ。
「チェルシーが入れてくれたこの心遣いがわからないかなぁ。この魔王は」
「不味いものは不味いと言わねばまた出されるだろう」
失礼な人達だ。
「もう!わかりました。次回までにもっと練習しておきますわ」
「それでいい」
ノエルは〈転送〉の魔法を使いお茶菓子とプレート、紅茶を机に出した。
「美味しそうですわ」
「君が来ると思って用意していたものの一部だ」
「ありがとうございます」
私はうきうきとリンゴのタルトを取ってお皿に乗せるがアレンはそれを見てギョッとした。
「チェルシー、そんな何が入っているかわからぬものを食べてはダメだ」
「絶対大丈夫です。それならもっと早くわたくしは死んでいます」
私はフォークで切りパクリと口に含んだ。
「んー!美味しいです。幸せです」
「好きなだけ食べればいい」
「はい、頂きます」
しかしアレンはノエルの出したものには口をつけようとはしなかった。
「こいつは敵だ」
「500年前の、です」
「魔族だ」
「でもわたくし達と同じ様に考え、見ることができます」
「沢山の村を焼いた」
「それは……」
私は何も言えずフォークを置く。
「住民に村を焼いてくれと頼まれたからだ」
アレンは冷笑する。
「そんな人間が何処にいる」
「疫病がいくつもの村全体をおかしていた。当時はこの森に近い村々と魔族はそれなりに交流があった。これ以上広がらぬ様に、そして病人達が苦しまぬ様ひと思いにに焼いてくれと頼まれたのだ」
「お前らは罪のないものも沢山殺した」
「戦争中だ、お互い様だろう。現に魔族はもう私一人しかいない」
私は胸がキュッとなり2人の手を握った。
「ノエルは人間に敵意がある訳ではないのですよね?」
「憎いと思う時もあるが、わざわざ殺しにいこうとは思わぬ。人間を滅ぼしたところで私の中の何がが変わるとは思えぬ」
アレンはノエルを睨みつけ私の手を振りほどいた。
「アレン様……」
すると、アレンは目の前のスコーンを手に取り二つに割ると一口食べた。
「僕はお前が嫌いだ」
アレンはノエルに嫌いだと言うのに、ノエルのお菓子を手にとった。私は嬉しくて嬉しくて笑みが止まらない。
私がにやにやしているとアレンはバツが悪そうな顔をして私をジロリとみた。
「何?」
「いえ、今日はステキな日だなぁと思ったのです」
私がにへらと笑うと、空気が少し緩んだのを感じた。
その時、テントがバサリと切れ私の瞳には、外の景色が映し出された。それと同時に背後から剣がブスリとノエルの胸に突き刺さった。
「ぐっ!」
彼の胸から、口からおびただしいほどの血が流れた。
「ノエル!?」
私の悲鳴にも似た叫びが夜に反響する。
乱入してきた男は剣をぐっとより深く突き刺し、そのまま地面にノエルを縫い付けると、魔王からヒョイと離れた。
「あはは、なんでこんな所に魔王がいるか知らないけどらっきぃ。聖女様って魔王と繋がってたの?」
私はその異国風の顔立ちをした男を睨め付けた。
「エリス!どうして!」
「聖女様が夜に報告に来いって言ったんだよ?そしたらさ、テントから信じられないほどの邪悪な魔力が漂ってるんだもん。僕もびっくりだよぉ」
朝のエリスとは別人の様だ。しかし彼には構ってられない。私はノエルの元へ駆け寄る。
「ノエル大丈夫ですか?魔族はこれくらいで死んだりはしないでしょう?」
これで死ぬなら500年前の戦いで苦労はしなかったはずだ。しかし全くノエルの顔は青白く全く反応しない。
どうして?
傷口に目をやると剣がジュウジュウと音を立て、ノエルを蝕んでいるのがわかった。それは私が魔力を込めた魔剣だった。急いで魔剣を引っこ抜くがより血が流れるだけで症状は治らない。
すると、騒ぎに気づいた護衛達がこちらに向かってきた。
「どうしましたか?」
「魔王だ!魔王がいたぞ」
エリスは大声で叫んだ。それを聞いた護衛騎士たちの顔色が変わる。
「お前、何者だ。全く近づいてくる気配がなかった」
アレンはエリスに剣を向ける。
「あれれ?僕に剣を向けていいのかなぁ?僕は魔王を倒した英雄になるかもしれないよ?」
エリスはにやにやと人を茶化す喋りをする。それが妙に勘に触る。
「まさか、魔王が聖女の魔力の一突きでこんな風になっちゃうなんてね、僕もびっくりだよ」
「アレン様、魔王とは!?」
武器を構えてやって来た護衛騎士たちはアレンに指示を仰ぐ。
「まずはこいつにも話を聞かねばならない。一度捕まえておけ」
護衛騎士たちは混乱しながらもアレンの指示に従う。ところがエリスは手練れの筈の騎士たちの攻撃を掻い潜り、他の兵たちが休息を取っている場所へ逃げる。
そこでも、あっちに魔王がいるぞと叫んでまわった。
兵たちが続々とこちらに集まってくる。
アレンは苦虫を潰した顔になり、ノエルを見た。
「そいつはどうだ!?」
私は軽く歌を口ずさみ少量の治癒の光をノエルにあてるが、うめき声を上げるばかりで治る気配がない。
「だめです、余計に苦しんでしまって。わたくしの治癒の魔法は効きません」
どうすれば……どうすればこの人を助けられる?
「アレン様治癒を」
「人が多すぎる、枢機卿の僕が魔王を助けるなどあってはいけない。しかもその様な状態を魔法で治せるのは君くらいだ」
ノエルが魔王で無ければ!
魔族で無ければ助けられる?私の頭に浮かんだ考えはそれと同時に、ルナちゃんの巣で彼が放った言葉を思い出させた。
ーーー人間に落ちるくらいなら死んだ方がましだ。
私は頭を振ってバシッと自分の頬を叩き気合いをいれる。
「後から文句を聞くわ。こんな風になったノエルが悪いのですからね」
私は歌った。小魚は出現しない。治癒ではなく彼の魔物の部分を浄化する。
しかし、完全に浄化してしまって良いのだろうか。魔族であることは彼の誇だ。
私はノエルの手を握り彼の魔力の流れに集中する。
魔力には質がある。魔属性の魔力だけかき集め〈聖女〉の魔力に包み込むと手を通し全て自分の中に流し込んだ。
大丈夫、彼の魔力は私の魔力で制御できる。ノエルの魔力は私の中で浄化と増加を繰り返しているが暴走する兆しはない。
魔族を形成する魔の部分はほとんど私が吸収した。彼の角はボロボロと朽ち果て、髪が漆黒からグレイに変化していく。
残りすくい取れなかった細かいのは全部浄化!
私は自分の魔力を彼に流し込む。ノエルの体は青く光り、兵たちは息を飲んでその光景を見つめている。
ノエルはそこでまた苦しみ始め、暴れようとした。
「アレン、ノエルを抑えて!」
私が叫ぶとアレンは直ぐに動いてくれた。
これで体は人間になっている筈だ。
私はガリガリなくなっていく魔力を薬で回復すると、最後の締めに入る。
小魚を目一杯だし暗くなった夜空を小魚の群れで埋めた。星と合わさり、夜の海に入り込んだようだった。
魚は青くきらきら光りどんどんノエルに飛び込んでいく。
「絶対に助けますわ」
たとえ後で貴方に罵られようとも。
いつも読んで頂きありがとうございます!風邪をひいてしまったので投稿を2〜3日お休みさせて頂きます。
来年もどうぞ宜しくお願いします。
それでは良いお年を。




