魔剣
翌日朝は快晴である。目を覚ますと朝露で湿気を伴った草木の香りがした。私はアレンのテントで目を覚まして、今朝もオリビアに身支度を手伝ってもらった。
遠征中は適当ポニーテールの私も、オリビアが綺麗に結い上げお化粧してくれたおかげで印象が違って見える。
鏡の前で私は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
「すごいわ!オリビア。このままパーティでも行けそうね!」
「そんな、大袈裟です。聖女様というなら相応しい装いがあります。あっ、あと何かアクセサリーはお持ちではありませんか?」
「ちょっと見てみる」
私はアイテムボックスを探り、アクセサリー類を出した。普段は戦闘補助効果が高いものをつけていたが、オリビアは目の色を輝かせて選び出す。
「聖女様のその魔法は本当にすごいですね。どこからともなく、こんなに出してしまうのですもの!」
オリビアは私の髪型や服に似合うアクセサリーを選んだ。
それはあんまりいい効果ないんだけどな。
それでもオリビアが選んでくれたものだ。今日は彼女の人形になろう。
彼女はああでもない、こうでもないと繰り返した後、私を見てうんうんと頷いた。
「出来ました!自信作です」
「ありがとう、オリビア。それではそろそろ朝食に向かいましょう」
じっとしているのも疲れた。
「あっ、もうそんな時間ですか?それではいきましょう。きっと猊下もびっくりしますよ」
私とオリビアはいそいそと朝食の席に向かった。
「アレン様、おはようございます」
私が声をかけると周りにいた護衛騎士からざわめきが聞こえた。
「今日は結い上げてもらったの。如何でしょう」
席に座るとオリビアはいそいそと配膳を進める。遠征が終わったら私も侍女を雇った方がいいかもしれない。
「チェルシーが美しいのはわかっていたけどね。戦場では少々目の毒かもしれない。周りは男ばかりなのだから」
「それは今まで女性として私が映ってなかったということですの?」
私はアバターにも課金したし、自分ではかなり満足しているだけに、その評価は不満である。
「そうではなくて、こんなに美しかったら危ないだろう?誰かに目を付けられたらどうするんだ。街に出た時もそうだったけど、チェルシーはもっと自分が他人からどう見られているか考えた方がいい」
「ふふ、わたくしに手を出そうなど笑止千万です。馬上は退屈ですし、襲いかかってきてもらっても良いくらいです」
「僕が言っているのは誘拐の話じゃない」
「わたくしも、アレン様にかけて欲しい言葉は説教ではありませんわ」
紅茶を飲みながら私はにっこり笑う。
アレンの表情は何時もの妖艶な笑みに変わる。
「とっても可愛いよ、チェルシー。ところでその髪を解くのは僕でいいかい?」
飲んでいた紅茶が変な所に入りこみ、むせてしまった。
「だめですよ!折角オリビアが時間をかけて結ってくれたのですから今日1日はこのままです!」
「うん、じゃあ夜楽しみにしてる」
私は意味に気が付きハッとなる。
「アレン様、何を仰るのです!もうご冗談を」
アレンは私の戸惑い方を見てクスクス笑っている。
「本当にチェルシーは面白い」
「わたくしで遊ばないで下さいませ。早く食べて怪我人がいるテントに行きますわよ。1人でも多く回復させなくては」
食事を終え直ぐに重症者のいるテントに行く。50人以上はいそうだ。命に別状がないとはいえ、辛そうである。骨折や発熱、火傷。そんな症状が見て取れる。
わたしがテントに入ると怪我人らは希望に満ちた顔で私を見上げる。私はこの人達の希望だ。期待に応えよう。
「わたくしが来たからにはもう大丈夫です。さぁ、楽にして下さいね」
私は歌う。魚の群れがどんどん増えテントに満ちるとそれが怪我人達に降り注いだ。私が歌い続け、天井にいる魚の数は減る事無く常に増え、そして下降し続ける。
昨日よりも喉が枯れるのが早かったが、歌っている最中アレンがこっそり治してくれた。また途中で「手が動くぞ!」「もう痛くねぇ」と良くなった症状に歓喜する声が耳に届くようになった。
私は魔力回復の薬を飲み続け、 薬の使用量が5本に届いた時、アレンからストップがかかった。
「まだもう少し行けそうです」
「そのもう少しっていうのは、倒れるまでもう少し、という意味だろう?」
私はハッとなった。
「そうよね、1回休んでお昼前にもう一回やりましょう。倒れたら今日一日魔力使えないものね!」
「まだ回復させるのか?もう必要なさそうに見えるが」
怪我人達は目に見える大きな傷はもうない。
「でも万全というわけではないでしょう?個人的にはまだ寝てて欲しいと思っているれけど、そんな事もいってられないですしね」
アレンは納得の言ってない顔をしているが、ここは私の譲れないところ!
そして、彼は譲れないポイントの線引きの見極めが上手い。
「3時間後までに戦医達に怪我人達の経過を診させよう。こいつらも兵士だ。まだ動けない者だけ回復を受けさせよう」
「はい、よろしくお願いします。戦医さんも大変でしょうがよろしくお願いしますね。」
私は後ろにいた戦医達に声をかけた。
「滅相もございません。聖女様の魔法はまさに神の御力、奇跡の技といっても過言ではありません。その御力を使って頂き有り難く思います」
彼らは揃って私に祈り始めた。
なんか凄い崇拝されている。
2回目の治癒は半分以上人が減り私も余力を使い果たした。倒れるまではいかないものの頭はかなりくらくらする。
その後すぐに、アレンに付き添われながら昼食の席についた。これを食べたら出発である。
「チェルシー、やりすぎだ。連日そんなに頑張っていたら魔王城まで持たないよ?」
「この後は馬に運ばれるだけですもの。平気ですわ」
私が微笑むと、アレンは仕方なさそうに私の頭を撫でた。
「食事は摂れそうかい?」
「スープはありますか?」
はい、とオリビアは頷く。
「では、それだけ頂きます」
私の前に湯気が立つスープが運ばれてきた。今日も豆がはいっている。
それを見て私は思い出し笑いをし、スープを口に運ぶ。
「どうしたんだい?」
私が笑ったのを見てアレンが声をかけた。
「いえ、そういえばアレン様は昔は豆が嫌いだったのに、今はこんなにメニューに取り入れられるなんて可笑しいなと思いまして」
「栄養もよくて、保存もきくからね。遠征中は特に重宝するよ」
「あっ、そういう事でしたのね。てっきりアレン様のお好みかと。でもあまり偏る食事ではまたお姉様に怒られてしまいますわね」
私はアレンの疑ぐる笑顔に気づき、自分の失態に固まった。
そうだ、これはゲーム中のシナリオでアレンが話した過去である。
小さい頃豆が苦手だったアレンに、その姉が栄養が偏るからと無理矢理食べさせたというエピソードである。
これはアレンが教会に行く前の話であり、今の私はアレンからこの話はされていない。
上手い言い訳しようにも頭が上手く働かない。
「……。そうだね、帰ったら一緒に美味しいお店のディナーでもいこうか」
周りには護衛やオリビア達がいる。アレンは、私の話に合わせてくれた。
私はそそくさと食事を終え、撤収を始めている皆の邪魔にならないように木の下に座り幹にもたれかかった。
「はぁ、どうしようかな」
「どうされましたか?」
わたしがボヤいていると護衛騎士達が反応してくれる。
「いえ、独り言です」
すると、私を見つけた兵達が次々に寄ってきた。
「お前ら何用だ」
護衛騎士が兵達との壁を作る。
「騎士様、どうか聖女様にお礼を言わせて下さい」
「キール兵団長が代表するとおっしゃってましたが、私の思いを直接お伝えしたいのです」
彼らの話を聞く限り兵が押し寄せないように兵団長が間に入っていたようだ。
目眩はするが彼らの気持ちを無下にする訳にもいかず、私は許可した。
「お礼など不要ですが、それで貴方方の気持ちが落ち着くならいくらでも話を聞きましょう。ただし、すぐに撤収の作業に戻るのですよ」
兵士達は嬉しそうな顔をし、次々に話し出す。
「聖女様に治して頂いたので腕を失わずに済みました。聖女様が今日治癒をかけて下さると言われたので昨晩の地獄をなんとか切り抜けることができました。私はなんとお礼を申し上げてよいか」
「聖女様、私は貴女様のおかげで命が助かりました。この命は聖女様のものです」
「あの時はもう子供達の顔を見ることは出来ないと覚悟したのです。今、聖女様が遠征にいて下さったのがなんという身に余る幸運だったのかと噛みしめております」
私は述べられるお礼や賛辞に適当に相槌を打ち一人ずつと握手をしていった。
挨拶が終わった者から作業に返し、残りは少年兵一人になった。少し躊躇いながら私に剣を差し出した。剣を両手で持ち、鞘に入っているので害意は感じない。
「どうしました?」
私が尋ねると少年兵は決意したかのように口を開いた。
「あの、この剣に聖女様のお力を分けて頂いけませんか?」
「なっ……!」
騎士達が、無礼だと反応したが少年は早口でまくし立てた。
「昨日、聖女様の魔法で魔物達が次々と滅されていったと聞きました。それをこの剣に宿す事が出来れば、これから現れる魔物にどれ程心強いかと、そう思ったのです」
彼が言っているのは、ルナちゃんの巣から本隊に向かっている間に小魚の群れを飛ばした時のことだろう。やはり魔物にもいくつか当たっていたようだ。
「成る程、私も自分剣で試したことはありますが他の物ではやったことありません。試して見ましょう」
私は差し出された剣を鞘から抜く。すると剣にいくつかの魔石が嵌め込まれて事に気がついた。石は透明になっている。
「この細工は?」
私が声をかけると、少年兵は恥ずかしそうに話した。
「本来は新しく魔石を買って交換しなければいけないのですが、私の家は貧乏でなかなか買えないのです」
あぁ!これ魔剣か!ゲーム内でもなかなかレアな剣である。石の魔力は使い切りでアイテム屋で買うか、自分の魔力を補充しながら使う。
「すごい名刀だ。こんな魔石があしらわれている細工など見た事がない」
貴族の騎士達も声をあげた。
「我が家の家宝なのです」
少年兵は恥ずかしそうに声を出した。
「そうね、石が空ならできると思うわ。やりましょう」
また1本魔力回復薬を飲む。頭がガンガンして倒れそうだが、これだけはやりたい。私は水晶に魔力を込める要領で魔石に力を注いだ。すると水晶のように魔石がキラキラ輝きだし灯りと花が現れた。周りの騎士達からは騒めきと歓声が上がる。
「こんなものかしらね」
私が剣を返すと少年兵は嬉しそうに受け取った。
「ありがとうございます!とても嬉しいです」
「よかったわ。また夜に効果がどうだったか教えてくれない?貴方の名前は?」
「エリスです」
「そう、エリス。ではまた夜に。健闘を祈るわ」
エリスは丁寧に礼を述べ剣を嬉しそうにかかえて仕事に戻っていった。




