治癒
私達はキール兵団長の元へ送られた。突風と共に姿を現した私達に兵や騎士達はかなり驚いた様子だった。
「聖女様!」
「猊下!」
それぞれの従者がそれぞれの主人の元へ向かい、再会を喜んでいる。
キール兵団長とその直属部隊、護衛騎士達は馬があるため私達を救出する先行部隊として馬を走らせているところだったそうだ。突風が吹いたから馬は止まったものの下手したら馬に跳ねられて大惨事になるところだった。危ない危ない。
「無事わたくしの魔法で皆に居場所が伝わったようで良かったです。心配かけましたね」
「聖女様と猊下が連れていかれた時の兵達の動揺が酷く、士気を維持するのが大変でした」
キール兵団長は一安心したように、肩をすくめておどけてみせた。
「キール兵団長は人を鼓舞させるのがお上手ですからね」
私が出立式の日の兵団長の演説を思い出し、ふふっと笑うとアレンもうなづいた。
「よくやってくれた。魔王城を目の前に逃げ出されてはかなわないからな」
私達は馬に乗せられ本隊に合流すべく道を引き返す。道中に今まであったことを話した。
「魔王と……!よくご無事でいらっしゃいました」
キール兵団長は目を丸くしている。
アレンの口ぶりから昨日私がノエルと接触したことは兵達には話していないようだった。
「チェルシーが狂気の竜を服従させたのだ。魔王も今のところチェルシーには気を許しているきらいがある」
「魔王がですか?」
兵達はあまりの出来事に言葉にならないようだ。
「あぁ。だからチェルシーが魔王に連れさらわれないようお前達も注意してくれ」
「はっ。しかし枢機卿だったら兎も角、チェルシー様をお守りするのは誠に命がけですな」
キール兵団長は笑って答えるが後ろにいる騎士達は表情が硬い。その辺は経験の差だろうが、魔王と直接対峙する可能性をリアルに肌で感じているのかもしれない。
「それで、わたくし達の被害はどの程度でたのでしょうか?皆無事ですか?」
「私達が先行で出た際は、皆生きておりましたが重症の者がかなりいるのと、危篤の者が数名おります」
「では急がねばなりませんね。大体の位置はわかりますか?」
「はい。本隊は先程ドラゴンの襲撃があった場所で、治療をして体制を整えております」
「ということは、大体この道を真っ直ぐ行った場所でいいのかしら?」
「はい、そうです」
私は馬上で歌い小魚を出していった。その群れを真っ直ぐ飛ばす。回復をする必要があるがあるものの近くに行けば勝手に魚達が寄っていく。
ここからは木々が遮りどうなっているかは見えないのだが、魔力がどんどん減っている。という事は魚達が回復をしているはずだ。私は歌い続け魔力が半分を切った所で一度やめた。
この魚は回復も浄化もするので万が一回復ではなく、どこかで魔物を浄化しているのだったら魔力の無駄遣いになる。
私達が本隊に到着する頃には日は傾き夕方に差し掛かっていた。
「猊下!聖女様!」
オリビアはアレンを見つけると嬉しそうに出迎えた。ところが、アレンに帰還の喜びの挨拶を伝えると彼女は直ぐに私の方に来た。
「聖女様、お願いします。あちらのテントに命が危ういものがおります。どうかお力を使って下さいませんか」
「わかりました。直ぐに行きましょう。どこですか?」
オリビアの行動に若干の戸惑いをしてしまったが今はそれどころではない。
私は歌を歌いながらオリビアの案内についていく。歌っている最中は私の周りにいるものからどんどん癒しがかかっていった。
「一時間程前に聖女様の回復魔法がこちらに届きました。全体に広がり軽症のものは既に治りました。重症の者も経過が良いです。危篤の者はなんとか持ち直したものの、今でも油断はできない状態です」
私は歌いながら報告を聞き頷く。
テントに着くと酷い光景が広がっていた。苦しそうな呻き声が聞こえ、正直目も耳も覆いたくなるが、この人達の命をなんとか出来るのは私だけだ。小魚を集中させ魔力をありったけ降り注いだ。
一人たりとも死なせはしないわ。
どのくらい歌っただろうか。喉が痛みはじめ、手持ちの魔力回復薬もかなり飲んだ。患者達は火傷の跡は残ったものの皆症状は治り、起き上がる者も出てきた。
テントの中にいた者は口々に、奇跡だ、女神様だと歓声をあげた。中には涙している者もいた。
よかった。後は重症者の方を。
そう思った瞬間目が霞んできたのを感じ、私はテントを早足で出た。倒れて気に病ませてはいけない。
しかし、もう立っていられないほど疲労感が酷い。このテントの周りにはまだ人が一杯いる。くらくらする頭を抑えると横にいたオリビアが支えてくれた。
「聖女様、ありがとうございます。後はお任せください」
オリビアは私に耳打ちすると大声で見舞いの兵や見物に集まった兵を退ける。
「皆様、聖女様はお力を沢山使われたので休憩なされます。道をお開け下さい」
騎士の一人が私をお姫様抱きにして運んでくれ、他の騎士達は私が通れるよう道の確保をしてくれる。
オリビアは先頭を歩き、私のテントの場所まで案内してくれた。
こんなにオリビアが頼もしくあったことがあるだろうか!
私が感動しているとテントの寝台に横にされた。
「いくらなんでも無茶しすぎです。いきなり完治させる必要はないんですよ」
「ありがとうオリビア。もう少しと思っていたらなかなか終わらなくって。重症者のテントは大丈夫かしら」
「猊下が向かわれたので大丈夫ですわ。でも猊下もすぐ無茶をなさるので心配です。わたくし見てきてもよろしいかしら?」
私は疲労感から返事するのも億劫でこくりと顔を動かす。
「テントの外に騎士が立っていますので何があったらベルを鳴らして下さい。それでは行ってきますね」
オリビアは慌ててアレンの元へ行った。
なんか、オリビアがすごい優秀にみえる。
ふふっと笑い私は暖かい布団にくるまる。そしてそのまま意識を手放してしまった。
眠っているといつかの時と同じように温かいものが体に流れていくのを感じ、夢から覚めた。
私は薄目を開けてお腹の上にある手を握った。
「アレン様、わたくしは眠っていればそれなりに回復しますから癒して頂かなくても大丈夫ですよ」
急に声をかけられたアレンは少し驚き、笑う。後ろには3人の従者もいた。
「そういうのは倒れなるまで魔力を使わなくなってから言って欲しいね」
「アレン様がいると思うと安心して倒れられるのです」
「じゃあやっぱり少し回復しておかないと」
再び温かいものが体に伝わる。回復薬とは全く違う。私の回復魔法も受けるとこの様な感じなのだろうか。
「ありがとうございます。とっても心地がよいです。重症患者のテントがどうなったか教えて下さいますか?」
「僕達がいない間、戦医やオリビアが頑張ってくれたみたいだ。程度が大きい者から順番に診たが何しろ数が多い。危篤だった者の方が今は元気なくらいさ。とりあえず命に別状はない」
「そうでしたか、それはよかったです。明日はわたくしも其方に参加しますが、出発はいつになりそうですか?」
「食糧は余分に持ってきているので明日の午前中は休息にあてる。それでも戦えない者はここに置いていく」
仲間の治療をするのも大事だが、それで私やアレンが倒れたら本末転倒である。治療は何処かで打ち切らなければならない。
「どうせ私は午後は馬に揺られているだけですからね。午前中気合いを入れて回復魔法を使いますわ」
気合いを入れると同時に自分が今はお腹空いていることに気がついた。よく考えればお昼も食べ損なってしまっている。
「あの……今は何時でしょうか?お夕飯は終わってしまいましたか?」
「オリビアに用意させよう 」
「ありがとうございます」
後ろで話を聞いていたオリビアは直ぐに温かいスープとパンを用意してくれた。
「ありがとう、オリビア。今日のトマトスープには豆が入っているのね」
「ええ、猊下の大好物です。今日はとても無理なされたので元気になって頂こうと思いまして。……今度聖女様の好きな物も教えて下さい」
私もアレンも目を瞬く。オリビアがいつになく好意的である。どうしたんだろう。
「そういえば、わたくし達がいない間オリビアが怪我人を診ていたと聞きました。シスターの貴女が応急処置をしたお陰で皆無事でした、よく頑張りましたね」
私がそういうと、オリビアは涙ぐんだ。私もアレンもいなくてさぞ大変だったのだろう。心労に加えて辺りは凄惨な状態だったに違いない。死者がいないとは奇跡に近い。
「おそれいります」
泣いてしまいそうなオリビアに私は胸中でオロオロした。私達の前で泣くのはあまりよろしくない。
「オリビア、鍋の片付けが残っているだろう?遅くなる前に早く行ってきなさい。ウィリアムも手伝ってやってくれ」
アレンが指示を出すと2人は礼をしてテントの外へ出て行った。
「ダニエルはテント前の護衛を頼む」
「はっ」
アレン様、素敵です!そう思ったのも束の間、テントは私達2人はだけになっていた。
「やっと邪魔者が消えた」
「では、わたくしは食事をとりますからアレン様も好きになさって下さい」
「じゃあ、好きにさせてもらうよ」
アレンは私のお皿を持ち上げた。
「いくら好物だからといってもあげませんわよ」
私はむぅとむくれるが、アレンはにこにこしてスプーンでスープをすくうと私の口元に持ってくる。
「なんですの?」
「だって、病人には食べさせてあげないと」
「わたくしは手を怪我していませんし病人ではありません。自分で食べれます」
「そうか、チェルシーは口移しがいいんだね?」
「スプーンで頂きましょう!」
私は慌てて姿勢を正した。
「はい、あーん」
なにこれ?なんの拷問!?恥ずかしすぎて死ぬ。
「これ、無理です」
私は早々に根を上げた。
「大丈夫。チェルシーなら出来るよ。ほら口開けて?」
この人が言うとなんでこんな色気が出るんだろう。ただ食べさせて貰うだけなのに。
私は目を瞑って口を開けると温かいものが入ってきた。
「美味しいです。でも、味がよくわからなくなるのでやはり自分で食べさせて下さい」
「すごく可愛かったのに。しょうがないなぁ」
アレンは私にお皿を渡す。
「今日はやけに大人しくわたくしのお願いを聞いてくださるのですね」
「チェルシーの困った顔が見れたから、もう満足した」
「アレン様は変態です!」
「貴女に対しては、そうなのかもしれないね」
「どうしてわたくしだけなのですか!」
私は涙目で嘴をとがらせる。
そんなわたしに影がかかる。アレンが立ち上がったのだ。
「わからない?本当に?」
彼は、わたしにゆっくり近づき私と顔の距離が近くなる。私はパニックになりアレンの首に手を回し抱きついた。
「何?」
予想外の行動にアレンは目をパチクリさせている。
「わっ、わたくしは!!」
声がひっくりながらも、大きめの声で主張する。
「うん」
「ご飯を!食べます!」
アレンの力がガク抜けるのがわかった。
「そうだね。温かいうちに食べて」
私の気持ちはまだ伝えない。せめてこの遠征が終わるまでは。
私が食事を終えると、アレンは本題を切り出した。
「それで、君の体に入った魔力の話を聞こうと思うんだけど」
きたっ!
私は身構え、応戦体制をとった。
「黙っていたのではなく、そんなこと忘れていたのです。そんな大事なものだとは思わなかったので」
「勿論忘れていたことも問題だが、僕は水晶の魔力が貴女の中に入っていったという事象の方が気になる」
「そうなんですか。特に何の異常もありませんよ?」
「チェルシーは水晶に魔力を注いだ。同じように元々狂気の竜が持っていた水晶にも誰かの魔力が入っていたと思わないか?」
ルナちゃんが満足する質のいい魔力を持っていて、懐いているあの人しかいないだろう。
「ノエルの魔力がわたくしにはいったのですか?ですが魔族が使うような魔法は使える気がしません」
「今、僕らの魔力が混ざっていてもお互いの力が使えないように、魔王の魔力が使えるわけではない。が、奴のはかなり邪悪な魔力だ。普通混じったら自我が保てなくなってもおかしくないほどなのだが」
アレンは私の瞳の奥をじっと見つめた。
「なんともありません」
私がけろっと言うと彼はため息をついた。
「〈聖女〉のスキルの効果だろうな。無意識に貴女が浄化した可能性も考えてみたが、君が水晶に出した魔力には闇や火が灯っていただろう?あれはおそらく魔王の魔力の質を表している。奴の魔力だけ取り出せたら良いのだが」
「流石に難しそうです。魔力の違いなんてなんにも感じないのですもの」
私が困ったように頬に手を当てると、アレンは拗ねた口ぶりになった。
「チェルシーに奴の魔力が混じってるなんて気にくわない、あいつは絶対滅ぼす」
「ダメですよ!本当に悪い人ではないのです」
口では物騒な事を言いながらもアレンの目からは殺意が消えているような気がした。どうにか和平まで持っていきたい。
確信を持った私の言い方にアレンは、それも聖女の力のお陰なのかな?と茶化しながら私の真意を探った
「そのようなものです。アレン様は、ノエルを信じているわたくしを信じて下さいませ」