ドラゴン
「ドラゴン!?」
しかも真っ黒な奴だ。初めて見た。
「狂気の竜!?何故、始祖竜がこんな場所に!」
「まさか、魔王を守るために!?」
兵達の動揺は酷い。先ほどの鳴き声によって民間兵は粗方気を失っている。
「歌え!」
アレンの指示に頷き、歌を歌う。
小魚が民間兵に癒しを与え結界を作った。目をぎょろぎょろと動かし何かを探っていたドラゴンは聖結界に驚いたようで一瞬の隙を作った。
「弓兵構え!民間兵は馬を連れて森に退避!他の者は武器を取り隊列を作れ!」
キール兵団長が怒号を飛ばす。護衛騎士は私の元へ全員集まり戦闘態勢をとった。
「彼の者に力の祝福を、我に彼の者を守る力を。我は時の女神の巡り合わせを願い、疾風を呼び起こさん〈付加魔法〉」
私はこの場にいる者にステータスの底上げをするよう魔法をかける。
詠唱し終わる頃にはドラゴンは地上に向かい火を吹いていたが結界が私達を守る。地上の魔導士が攻撃を重ねるがその中でもアレンは特別だった。
サッカーボール程の火の玉や氷の粒がたくさん飛んでいく中、アレンが呪文を唱えると20mほどの大きな魔法陣が空に現れそこから大量の雷が放たれるのだ。
えっ!?アレン様のステータスどうなってるの?
私は魔力回復の魔法をかけながら戦況を見守る。
このまま魔法だけで押し切れないかな。
ドラゴンは空中で魔法を避けながら、的確に結界の同じ箇所に火を吹き続けた。それはドーム上の結界の丁度一番高く中心となっている箇所である。
そろそろ貼り直した方がいいかも。
聖結界は割とMPが減る魔法なので乱発は出来ない。
私が再び歌い始めると、ドラゴンは一度天高く舞い上がった後、物凄い勢いで下降して火を吐きながら結果の中心へと、飛び込んだ。
それは一瞬の出来事のように感じた。バリバリと結界は割れガラスの様に飛び散る。破片は次々と光の粒に変わり消えていった。弓兵が弓を射るが全て鱗に跳ね返えされてしまった。
ドラゴンは勢いを殆ど落とさず兵の中に丸まりながら落下し、着地と同時に羽を広げ尻尾を鞭の様に振るった。 その一連の動作に強風が巻き起こり兵達は態勢を崩し、ドラゴンにとても近づける状態ではない。
その上ドラゴンは低空飛行しながら真っ直ぐ私に向かってきた。
護衛騎士達に緊張が走る。瞬く間に眼前に来ると前衛に並んだ盾を持つ騎士達はドラゴンの風圧と体当たりで吹っ飛んでいった。槍や剣を持った者達も同じように蹴散らかされドラゴンは私の目の前にきた。ドラゴンは巨大だ。前に私が博物館で見たティラノサウルスの全身骨格程あった。翼も有るのでもっと大きく感じる。私はレイピアを前に突き出したが、目標に届くよりもはやくドラゴンは私に頭を近づけて舌でペロリと上半身を舐めた。
「ひっ……!」
私が声にならない叫びをあげた次の瞬間、ドラゴンは私を掴み、飛び上がろうとしていた。
「えっ?えっ!?」
頭はもう真っ白である。
私は腕ごと掴まれている為身動きが全く取れない。
飛び立とうと羽ばたくドラゴンは先程と同じように甲高い鳴き声を上げ兵達を怯ませると空に飛び立った。
「チェルシー!」
アレンの叫び声が聞こえた。
私とアレンは鎖で繋がっている。手首に重みがかかり引っ張られる。
ドラゴンは多少の重みなんて御構い無しと空を飛行し魔王城の方角へ飛ぶ。
手首の痛みに耐えているとアレンが鎖を短くしながら、すごいスピードでこちらに向かってきているのがわかった。
「アレン様!大丈夫ですか?」
「問題ない」
アレンはドラゴンの指に捕まり振り落とされないように体勢をとった。
岩山にある大きな横穴を通り、ドラゴンの巣と思われる場所に降ろされた。
空の旅は全く快適ではなかった、いつ落とされるか気が気ではない。 この横穴の遥か上に小さな穴が空いているようで日が入り、中を十分見渡すことができた。
私達を見たドラゴンはアレンが見つけるとキョトンとし、威嚇の様に小さく唸ると口を大きく開いた。
「だめ!」
私は咄嗟に飛び出しアレンを庇った。
今度こそ食べられるかも!
私はぎゅっと目を瞑り衝撃に備えた。
ところが、ドラゴンはピタリと動きをとめた。
それどころか、私にすり寄ってきた。
迫力があるので、少しドキドキしたがどうやら私に対して害意はなく、いうことも聞いてくれる気があるらしい。
「狂気の竜が人に懐くなんて。そもそもドラゴン自体人が扱えるものではない。チェルシーは一体何をしたんだ!?」
そんな疑う様な目で見なくても、何もしていませんとも!
「全く覚えがありません。以前にも竜とは対峙した事はありますがドラゴンがこの様になることはありませんでした。考えられるのは〈聖女〉のスキル効果か、ノエルと友達になったことぐらいですわね」
私は恐る恐るドラゴンの撫でると、嬉しそうにしている。
「うーん、少なくとも〈聖女〉のスキルに恭順の効果は無いよ」
「そうですか。ってそれはどうしたんですの!?」
私はアレンの手首を凝視した。右手首は赤黒く変色し変な方向に向いている。
「あぁ、これはさっき〈捕縛〉で貴女を追ったときにやってしまったんだ、治してくれる?」
「勿論です、こういう事は、はやく言ってくださいませ!」
私が歌うと直ぐにアレンの手首は元に戻った。
「ありがとう。回復薬を飲むといい」
アレンは自分の腰から試験管の様な長い筒に入った魔力回復の薬を取り出した。手はしっかり動いているようだ。
「ありがとうございます。わたくしは自分で持ち歩いているので大丈夫ですわ。それはアレン様が飲んで下さい。」
私は《メニュー》から《アイテムボックス》を開きから魔力回復の薬を飲んだ。
アレンはそんな私を不思議そうに見る。
「チェルシーはいつも何処からアイテムや武器を出しているんだい?」
「へっ?」
あっ、やっぱり《メニュー》見えてないんだ。使ってる人も見たことないもんね。
「空間収納魔法といいますか……。色々取り出せるのでとっても便利なのですよ」
「そんな魔法初めて聞いたよ。武器だけはすぐに取り出せる様腰に携帯した方がいいと思うけど」
「私は今まで支援魔法重視でしたからその発想はありませんでした」
私が目から鱗を落としているとアレンはため息をついた。
「収納魔法もどこで覚えたか不思議だが、貴女が支援に回るというのも可笑しな話だ」
他の攻略キャラを強くしてたからね!とは言えない。
「上手く説明出来ません。私には色んなことがあったので」
「いや、いい。貴女が話したくなった時に話してくれれば」
「はい。それにしても、ここは何処なのでしょうね?はやく皆の元へ戻らなければ」
「さっき上から見た感じだと魔王城の近くみたいだね。全然見当違いの方向に飛ばされなかったのは不幸中の幸いだ」
「とりあえず横穴を出ましょうか」
アレンは頷き私達が歩き出そうとするとドラゴンは立ち上がり道を塞ぐように丸くなってしまった。
「まぁ!」
「出て行って欲しくないということだろうか」
私はドラゴンの顔の前に行きなるべく優しく語りかけた。
「ねぇ、ルナちゃん。私達外に出て魔王に会いに行きたいの。そこをどいてくれないかしら?」
「チェルシー、ルナちゃんとは……」
「可愛いでしょう?」
私は手を胸の前で合わせて笑う。狂気の竜なんて呼ぶには長すぎる。
しかしルナちゃんはプイと違う方向に顔を向けてしまった。出て行って欲しくないらしい。
「うーん、困りましたわね」
こんな所では戦闘もできない。アレンの魔法は辺りに広がって危ないし、私は必要以上にルナちゃんを傷つけたくないと思っている。
「空はとべませんしね」
上に穴が空いてるがとても登っていける様な場所ではない。
「とりあえず、皆に位置と僕達の無事だけでも伝えよう。チェルシー、〈聖女〉のスキルは使える?」
アレンが魔法を使うより私が使った方がルナちゃんを刺激しないだろうし、確実に私の魔法だと気付いてもらえる。
「はい」
私は歌い、小魚を出すと手を振り上げ上に泳がせた。魚の大軍は私のイメージ通り外に出たら暫く円を描いているはすだ。きっと私達の居場所を皆に教えてくれるだろう。
最期のサビに差し掛かった時急に突風が吹いた。
私は覚えのある突風に腕で顔を庇いながら苦い思いをする。
どうして今来ちゃうのよ!