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閑話 オリビアとアレン

オリビア視点での物語です。


 私はオリビア。孤児なので姓はない。


 私は今、魔王討伐の遠征に参加している。もう明け方が近づき、起き出した兵士達が動き出す音が遠くに聞こえる。

 そんな私は目の前の光景をどう受け止めればいいか悩んでいた。一度、私が教会にいた頃からの話をさせて欲しい。




 私は教会で育った。シスターとなるべく育ち、10歳の頃に猊下のお世話をさせて頂く機会を得た。猊下は男の方なのにとても美しく、その才能から首席枢機卿までになられた方だ。憧れ、お慕いしない訳がない。


 ただ、ずっとお一人で努力をしていた彼は寂しそうにも見えた。聖下だけは早いうちから猊下の才能に気づき、優しく見守って下さった。時に彼に本当の孫の様に接していた。

 猊下は人とかかわるのが嫌いだった。教会内では凛としたそのお姿が際立ち関わるのも畏れ多いような、そんな存在だった。シスターの中ではファンも多かったが、擦り寄って来るものを特に嫌悪していたので、その活動は秘密裏に行われていた。

 そんな猊下を一番近くで見てきたのは私だった。どんな時もお側にお仕えし猊下の内側に入れるのが私の誇りでもあった。



 それが、聖下の部屋に呼び出されたあの日から私の生活はガラリ変わった。あの日は、事前に連絡もなく聖下にお付きの者であるクリフが猊下の部屋に来た。

 聖下がお呼びであり時間もかかると言うので私と護衛の者は全員自室で休憩に入れと指示が下った。

 私はなんだか腑に落ちない気持ちになったが聖下のご命令では仕方ない。


 しかし、待てど暮らせど話が終わったとの連絡が私に入ることはない。次の日になり流石に待ちきれなくなった私は、護衛達とクリフの元を尋ねた。


 そうすると猊下は長期休暇を取ったという。目が飛び出るかと思った。


 何故、私を置いて?


「何故ですか?私達に何も知らせず、お一人で?おかしくありませんか?」


 私と護衛の3人が固まっていると、クリフは早く去れと言わんばかりの目で手で空気を払った。

 「私が知る訳がないだろう。猊下は自室にお前達への手紙を残すと言っていた。私は忙しい、もう行きなさい」


 挨拶もそこそこに、猊下の部屋に行き手紙を読むと、同じように休暇を取る、心配するなとしか書いていない。


「猊下はどうしてしまわれなのでしょう。元々高貴な出ですし、私なしで生活できる訳がありません」




「猊下って結構自由な方なんですね。はやくお探しして見つけなければなりませんね。仕事になりません」


 呑気なのは新入りのウィリアムだ。


「ご無事ならよろしいのだが。猊下のことをよく思わない者もいる。私はそれが心配だ……」

 護衛のダニエルも、猊下に仕えて長い。彼の心中も私と同じに違いない。



 私達は本部の者に聞き込みをしたが一向に手がかりを掴めずにいた。

 中には、心無い中傷をしてくるものもいる。焦燥感と、口惜しさを胸に抱きながら日々を送っていると、聖女の噂を耳にした。


 どうやら聖下が、聖女が魔王を滅し我が国(スフィア)が救われると信託を受けたらしい。

 聖女なんてどうやってみつければ、もっと情報は無いのかと教会が慌ただしくなって数日、今度は王都(シフォン)で聖女が現れ街を大規模浄化したという噂が流れてきた。


 噂によると、猊下は聖女様の側にいるらしく、教会の幹部や貴族に根回しをしているとのことだった。


 あんなに人と関わりたがらなかった猊下が?


 私は不思議な気持ちでいっぱいだった。そんな面倒で人付き合いがものをいう仕事をしているなんて、猊下にとってどれだけ負担か。

王都(シフォン)に急ぎましょう!」

 ウィリアムはやっと仕事が出来るとうきうきだ。

「猊下が心配です、昼には支度を済ませて出ましょう」

 私はダニエルの言葉に頷き、彼らと王都まで馬で駆けた。



 王都の教会に辿り着き、神父に案内された中庭を通ると、一人の女性と仲睦まじそうにしている猊下がいた。元気なお姿を無事確認出来た私は、涙を禁じ得ない。


「猊下〜!!」


 しかし、猊下は困った顔をなさっている。


 隣にいる女は噂の聖女だろうか。

 艶のあるふわふわの銀髪に素敵なドレス。まるでどこかの国のお姫様のようだった。彼女は目を丸くして私たちを見ている。


 猊下と彼女はとてもお似合いだった。黒の礼服を着て、飾りもなくお化粧もしていない私は途端に恥ずかしくなった。


 でも、ずっと猊下のお側にいて、支えたのは私だ。一番猊下をわかっているのは、私!


 私は聖女様が猊下と仲良くするのはとても気分が悪かった。

 私がいなかった間に何があったのだろう、彼女といる時の猊下は今までとは全く違う表情を見せる。表情はやさしく、言葉が甘い。猊下の寵愛をひたすら受ける彼女が、私の欲しいものを苦労なく全部持っている彼女が憎くて、羨ましかった。



 ところでその頃、礼拝堂に異国の少年が現れるようになった。どうやら聖女様の噂を聞きつけ王都までやって来たらしい。


 どうしても取り次いで欲しいとお願いされたが猊下は聖女様を誰にも取次させようとはしなかった為、心は痛んだけれどお断りさせて頂いた。


 少年は毎日礼拝堂に祈りにくる様になった。そんな彼と私は、会えば気軽に話をできる様になった。たまに吐く愚痴も真剣な顔で聞いてくれる。

 この少年はエリスという名らしい。なかなか可愛らしい顔をしており、話を聞くのも上手い。


 ある日、私はいつも通り礼拝堂に行く途中、聖女様から猊下へと伝言を頼まれた。

 街におりて買い物をするという。

 魔王討伐までもう日がないのに呑気なものだと、いつもの様に少年に愚痴を吐いた。すると少年は、申し訳なさそうに急用を思い出したと言って帰っていった。


 珍しいこともあるものだと思ったが、そういえば彼は聖女様と面会したいと以前言っていたのを思い出した。会いに行ったのだろう。


 少しくらい、いいよね。


 彼は悪い人ではない。今までの愚痴をずっと聞いてもらったお礼だ。

 私はわざと猊下にはお伝えしなかった。買い物なら心配しなくてもその内戻ってくるだろうし、昼になって戻って来なければ伝言を伝えればいい。


 そう思っていたのだが、聖女様はお昼になっても戻ってこなかった。


 もしかしたら話が長引いているのかもしれない。もう少し待ってみようかな。


 そんな風に考えていたから、城から使いが来た時は心臓が飛び出るくらいびっくりした。この時ばかりは解雇の文字が 頭にチラついたが、猊下に少しお叱りを頂いただけで済んで本当によかった!


 聖女様はとてもやっかいだ。猊下のお心を必要以上に乱す。たまにわざとやっているのでは、と思ってしまうくらいだ。


 今日もそうだ。聖女様は護衛騎士を連れていたのというのに、ふらっと歩き出し突然消えたらしい。

 猊下は兵に動揺を与えない様にと、護衛騎士や兵団長の部隊など限られた兵で森をさがしまわった。

 私はウィリアムと一緒に探すことになった。


「ちょっとウィリアムちゃんと探してよね!聖女様がそんな所にいる訳がないでしょう!?」


「もしかしたら、ということがあるではないか。頭っから除外して探していては見つかるものもみつからないだろう?探しているのはあの聖女様なんだぞ!」


 それは正論だが、流石に聖女様も片手鍋の中には居ないと思う。



 森の中の探索もウィリアムは率先して前を歩いて道をつくってくれた。中々に優しい男である。


「あっ、そこカマキリの卵があるぞ。踏み潰さなきゃように気をつけろ」


「きゃっ。もっと早く言いなさいよ。踏む所だったじゃない、気持ち悪い」


 私が悪態をつくと彼はため息をついた。

「あのな、俺たちが彼らの住処に入ってるだぞ。必要以上に踏み荒したら可哀想だ」


「私は虫には慈悲の心は必要ないと思ってますの」


「シスターっていっても色んなのがいるだな」


「私には夢を見ないことですね」

猊下以外には別にどう思われ様が気にしない。

「それは大丈夫。初日に打ち壊された」


 どういう意味だ。


 するとベルの音がりーんと森に鳴り響いた。何かあった時の合図だ。私達がベルの鳴る方へ向かうと開けた場所に猊下とベルを持っているダニエル、集まった兵達がいた。

「何かわかりましたか?」



「何かを見つけた訳では無いのだが、チェルシーのステータスがおかしい。どんどん減っていくんだ。この減り方は毒かデバフをかけられている。魔物と遭遇している可能性が高い」


 集まった皆の表情は固い。

「急いで探すんだ。チェルシーがダメージを追う魔物だ、油断するな。僕も回復魔法をかけながら探す」

「はっ!」

 先程とは打って変わって皆に緊張感が漂った。兵士や騎士達は方々に散っていく。


 兵団長は伝令の者に、近くに強い魔物がいる可能性があることと野営地の者にも警戒を怠らない様にすることを伝えろと指示を出していた。


「ウィリアムとダニエルは僕の護衛。オリビアは僕の側を離れないでくれ。」


 私達は頷き、四方を警戒した。

 猊下は回復魔法をかける。どこにいるかわからないチェルシーに魔法をかけれるのは〈情報共有〉で繋がっている猊下だけだ。


「どういう事だ?」

 驚きに満ちたその顔に私は少し不安を覚える。

「いかがなさいました?」


「回復させても、それを上回ってHPが減っていく」

「猊下の魔法でもですか?」

 ウィリアムは驚き聞き直した。枢機卿である猊下の回復魔法は伊達ではない。


「〈解毒〉《ディトクシフィケーション》」


 次に猊下は解毒魔法を使った。


「!?なぜ効かないんだ!」

 猊下の顔に焦りが見える。


 猊下にこんな顔させるなんて!聖女様は一体何をしているの。


 何もできない自分が歯痒い。役に立たない自分が悔しい。


 今まで考え込んでいたダニエルが意を決した様に口を開いた。

「猊下、私も噂で聞いただけなのですがここから離れた東の森に変わった実をつける魔物がいると聞いたことがあります。その実をぶつけられたものは体力をほぼ削られ、解毒魔法もきかないとか」


「噂か……いずれにせよ、体力が無くなれば死んでしまうし、敵からの攻撃も危ない。もう彼女の残りは4分の1をきっている」


 猊下のその言葉にダニエルは息を飲んだ。ダニエルは彼女の戦闘能力をとても評価していたからだ。何が起こっているのだろう。


「〈体力回復〉《フィジカル リカバリー》」

「〈体力回復〉《フィジカル リカバリー》」

「〈体力回復〉《フィジカル リカバリー》」

 猊下は目の前に見えているステータスを見ながら回復魔法をかけ続けがその顔はだんだん絶望に染まる。



「猊下、そんなにしてはお体が」

 私は見ていられなくて声をかけた。

「私の体など……。今助けられねば彼女は死んでしまう!」


 猊下は薬で魔力を回復しながら回復魔法を限界まで魔力を使われた。

「チェルシー!チェルシー!」

 猊下はがくっと膝を落とした。顔色は真っ青だ。

 私はその顔に胸が締め付けられる。


「はやく、猊下をテントへ運んでください!お休みして頂きませんと」

 私は護衛達に目で訴える。

「いい!」

「でも猊下!」

「チェルシーの顔を見るまでは戻らない」


「そんなこと……だって」

 聖女様がどの様なお姿で戻っていらっしゃるかも、わからないのに……。


 猊下は彼女のステータスがあるべき空間を見つめる。彼女が死なない様見守っているのだ。少しでも見逃さない様にと猊下は瞬き一つせずその空間を見つめ、握りしめた手は爪が食い込み血が滲んでいる。

「猊下!」

 それに気がついた私は彼の手をとり握る。私の魔法では一瞬で癒してあげる事など出来ない。

 彼の目から光が消えていく。

 私はその顔に胸が締め付けられる。


 聖女様、一体何をしているのですか。


 すると猊下はハッとした顔で立ち上がった。

「彼女は首の皮一枚でまだ生きている。はやく探さないと。何処にいるんだ」

 歩き出そうとする猊下は体がフラフラしている。それを見たウィリアムが猊下の前に立った。

「私共にお任せください。猊下まで危険な目に合わせるわけには参りません」

「どけ、ウィリアム。命令だ」

「退きません」

「退くんだ!チェルシーが…….」


 そう言って猊下はチェルシー様のステータスをちらっと目に移すと同時にダニエルの方に倒れた。

「猊下!?」

 私達はギョッとする。

「大丈夫だ。多分もう大丈夫」

 猊下は眼を瞑りそう呟いた。



 聖女様はどうにか切り抜けた様だ。

 私はホッと息を吐く。聖女様がいなくなった猊下を私はとてもじゃないが見たくない。彼にはいつでも笑っていて欲しい。

 私は聖女様と唯一の同性だ。猊下がフォロー出来ない分は私が勤めよう。

 私が一番の猊下の理解者なのだから。



 だから、帰ってきた聖女様は猊下と同じテントで寝るのが嫌だと怒っていたら、言いくるめて一緒のスペースに寝る。今は猊下のお役に立てるならそれでもう満足だ。


 ウィリアムは、私が猊下を止めないことに意外そうにしていたのは見ないふりだ。


 そう、だからこれも見ないふりができれば良かった。話は最初を戻し、今は今日の明け方だ。カサカサと布が擦れる音を聞いて私は、目をうっすら開ける。


 するとそこには、聖女様を抱いた猊下がいた。聖女様を寝台に戻している様だった。

 私はあまりのことに目を見開き、じっと見つめてしまった。

 私視線に気づいた猊下は、聖女様に布団を被せ、口元に人差し指を当て、静かにのポーズを作った。


 私は口に手を当てこくこく頭を縦にふる。


  えっ、これってそういう?


 色事に耐性の無い私は、途端に顔が赤くなって爆発する。

 私は教会の人間として苦言すべきか、猊下の側近として黙っておくか。


 私には荷が重すぎると思う。


 そして、私はやはり何も見なかった事にしようと、猊下がパーテーションの奥に消えた後布団を出た。


 お2人が起きてくる前に支度を整えなければ。


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